夏越の大祓と茅の輪くぐり
『四方八方異論の矛先-屋台村軒先余聞』第20回

6月 26日 2025年 国際, 社会

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元記者M(もときしゃ・エム)

元新聞社勤務。「ニュース屋台村」編集長。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は3年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。

一年のうちで日照時間が最も長くなる夏至(今年は6月21日)が過ぎて、今年もまもなく折り返し。私が住む街のお宮さんでも、30日に行われる「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」の神事を控え、夏至の日から境内に「茅の輪(ちのわ)」が設けられている。

今年前半の罪や穢(けが)れを清めて災厄(さいやく)を払い、今年後半もまた無事に過ごせるように、と祈りながら毎朝夜明け前、茅(ちがや)というイネ科の植物で編んだ直径1.8メートルほどの輪を左回り→右回り→左回りの順で計3回またいでくぐり、本殿にお参りする。

午前3時半すぎの境内は人気(ひとけ)がなく文字通り神聖で、家族一人ひとりの顔を思い起こしながら柏手を打つと心が落ち着く。コロナ下の在宅勤務をきっかけに始めた夜明け前ウォーキング。その途中のお参りはいまや生活の一部になった。定年退職後の日々の生活は極めて単調だが、So far, so good. 心身ともにまずまず順調で、ストレス皆無の生活にいまだに思わずひとりほくそ笑むことさえあり、飽きはまったく感じない。

松戸神社の境内に設けられた「茅の輪」 2025年6月24日午前3時48分 筆者写す

◆ラオスで知るポーランドの一端

今年は2月から4月まで、ラオスとタイに滞在していた。手袋をしてダウンジャケットを着込んで羽田空港に向かい、バンコク・スワンナプーム空港に降り立ち、外に出ると、ムッとする息苦しくなるような熱気と排ガスの臭い、喧騒(けんそう)が待っていた。これだ、これっ。視覚や聴覚、嗅覚(きゅうかく)を通じて、また戻って来ることができた喜びを感じた。

今回のラオス行きは、妻の姪(めい)の結婚式に参列するのが主目的だった。姪はビエンチャン生まれだが小学生の時に豪シドニーに移住し、現在もシドニーに住んでいる。新郎は大学の同級生で、知り合ってから10年以上になり、私たちとも旧知の間柄である。新郎はポーランドからの移民2世で、ビエンチャンでの式にはポーランドからも大勢の親せきや友人が参加した。

ビエンチャン市内のホテルで行われた式はラオスとポーランドの文化様式を取り入れた国際交流の場とも言うべきにぎやかな宴となり、陽気な歌と華やかな踊りが夜遅くまで続いた。

式の翌々日から、私たちは新郎新婦が企画したラオス観光3泊4日の旅に出た。「ラオス中国高速鉄道」(LCR)に乗って観光地のバンビエン、古都ルアンパバーンを巡る旅である。

LCRは2021年に開業し、現在はビエンチャンと中国・雲南省の省都・昆明(クンミン)の全長約1035キロを結んでいる。バンビエンに1泊、ルアンパバーンに2泊。一行は新郎・新婦側からそれぞれ20人ずつ計40人で、私は初めてポーランド人と直に知り合えるチャンスがうれしくて、ポーランドの概要について密かに予習して参加した。

新郎側の参加者の大半はラオスが初めてだったが、バンビエンもルアンパバーンも都会の喧騒を離れて、豊かな自然と墨絵のような景色にすっかり魅了された様子だった。

一行の中には、親族がアウシュビッツで殺された人もいた。私はLCRやワゴン車での移動中、日本の教育システムや政治経済などについて質問攻めにされた。私もロシアの侵攻に伴うウクライナからの難民受け入れによる影響や、首都ワルシャワ市内を走る車事情などについて聞いた。

NATO(北大西洋条約機構)とEU(欧州連合)に加盟しているポーランドはロシアの侵攻後、ウクライナから100万人以上の避難民を受け入れているが、他の欧州諸国と同様に移民受け入れを拒否する勢力が増加傾向にある。今月行われた大統領選挙の決選投票では、トランプ米大統領の自国第一主義を支持する右派の野党候補が「ポーランド・ファースト」や「主権の回復」といったスローガンを掲げ、保守層やEU懐疑派の支持を得て右派ポピュリズムの波に乗る形で勝利している。

私は最近、ラオスでの観光旅行をきっかけにフェイスブックでつながった新郎側のポーランド人の夫婦がこの野党候補を支持していたことを知った。内心少し複雑だが、せっかく親しくなれたこともあるし、ポーランド国民の世論の潮流だから仕方ない、と受け止めるようにしている。

◆タイの物価高と中国人観光客の激減

タイでは、バンコクに住む長男夫婦の自宅を拠点に、北部の古都チェンマイや東北部ウドンタニ、中部プラチュアップキリカンにある王室の保養地ホアヒンなどを巡った。

円安と現地の物価高のため、「タイは安い」というイメージは自らへの戒めとともにすっかりぬぐい去った。特に食費の高さはあきれるばかりで、物によっては日本のほうが安い。帰国後しばらくの間、日本のスーパーに行くたびに頭が「バーツ換算」で働いていたが、来日する外国人観光客が日本の物の安さにニンマリしつつ大量に買って帰る現状がすんなり納得できた。日本にいれば到底実感できない円安のダメージに加え、所得増にほぼ見合う形のタイの物価高は、日本でしきりに言われている物価高に対する感覚をはるかに上回っていて、タイを訪れる日本人観光客にはまさに脅威である。

タイではまた、中国人観光客がかなり減っていることも気になった。バンコクの観光地や大型ショッピングセンターに行っても観光客らしき大勢の中国人を見かけることはなかったし、チェンマイでは「中国人が来なくなって商売上がったり。日本にいい働き口はない?」と嘆くタクシーの女性運転手に出くわした。

タイ中央銀行はこのほど、2025年にタイを訪れる中国人観光客予測を700万人から500万人に下方修正した。中国人観光客の減少は、中国経済の減速に加えて、タイの安全性に対する中国人の信頼感低下が主な原因とみられている。

中国の若手俳優が今年1月、タイ経由で誘拐されてミャンマーに連れて行かれ、オンライン詐欺の実行役を強要される事件がきっかけという。タイの報道によると、ミャンマー東部カイン州のタイとの国境付近はミャンマーの少数民族武装勢力が支配し、主に中国人が主導する犯罪組織の拠点が複数ある。日本人も含め多くの外国人が同様の被害に遭い、監禁されているとみられる。

さらに、3月28日にミャンマーを震源とするマグニチュード(M)7.7の大地震が発生し、バンコクで建設中だった、中国の建設会社が施工を担当していた高層ビルが倒壊した事故も追い打ちをかける形で中国人観光客の足をタイから遠のかせてしまった。

タイ政府は「サワディー・ニーハオ」キャンペーンと銘打った中国人観光客呼び戻しのためのイベントなどを行っているが、早期の回復は期待薄との悲観的な見方もある。

◆夜明け前ウォーキング

東京はまだ梅雨の時期なのに、このところ梅雨明けのような猛暑が続いている。タイからの帰国後しばらくはのんびり起きてシャワーを浴びた後、午前10時すぎにウォーキングに出かけていた。しかし、6月に入ると日中、体温並みの気温になる日が多くなり、さすがに歩きながらバテてしまった。

そこで、暑くなる前に歩き終えようと、午前3時過ぎに起きて歩き始めるようにしたら、すこぶる快調で足取りも軽い。

江戸川を挟んで、自宅のある千葉県松戸市から、葛飾大橋を渡って東京都葛飾区側に進み、江戸川沿いに埼玉県三郷市まで北上し、上流の上葛飾橋を渡って再び松戸に戻って来る1都2県を巡る全長約13キロの独自のウォーキングコース。同じ道をもう5年、ある時は柴又の帝釈天や水元公園まで足を延ばすこともあるが、空模様や沿道の景色は一日として同じ日はなく、飽きることがない。土砂降りの時はさすがに休むが、少々の雨なら傘を差して歩く。スマホの雨雲レーダーの精度はかなりのものだ。

辺りがまだ暗いうちはイヤホンでNHKラジオの「ラジオ深夜便」を聴きながら歩く。午前4時台のプログラムは「あすへの言葉」。直近では6月20日に放送されたプロデューサー・残間里江子の話がおもしろかった。歩き歩き、ちょうど1冊の本を読み終えたような満足感である。

この時期、午前4時20分を過ぎると、そろそろ夜が明けてくる。朝焼けの濃いピンク色の雲海が望めるのは滅多になく、運良く見ることができてもほんの一瞬だ。でもそんな時に出合えた朝は、「ラッキー!もうけた」と思う。

ほかにも、沿道にはこの時期、トウネズミモチ、キョウチクトウ、キスゲ、アジサイ、アスター、ハナショウブ、タチアオイ、ペンタス、セイヨウキンシバイ、シロバナヨウシュチョウセンアサガオ、ポピー、ユリ、イエローキングハンバート(カンナ)、ムラサキクンシラン……など数え上げれば切りがないほど、色とりどりの多種多様な草花が咲いている。立ち止まって「Googleレンズ」でそれらの名前を確認するのも「スマホ音痴」の私には密かな楽しみである。

さらに、日によっては、江戸川の土手でアオサギの群れが見られるし、水元公園東金町地区にあるナショナルトレーニングセンターのスポーツクライミング強化拠点施設のそばの草むらを根城とするブチネコがじゃれついてくる。

◆人並みの感覚はどうにか維持

「夏越の大祓」の時期が過ぎると、今年もいよいよ後半。これから梅雨が明けて、本格的な夏を迎える。それにしても、気温の異常な上昇に加えて季節が移ろうタイミングが年を追うごとに早まっているような気がするが、今年は特にそう感じる。温暖化による異常気象のせいだろう。

世の中の動きをできるだけ迅速かつ正確につかもうと、かつては高く張っていたつもりだった情報のアンテナはいまやすっかり低く、感度もかなり鈍くなってしまった。それでも特段困ることはない。トランプの馬鹿さ加減をアホらしく思い、大谷のホームランに手をたたいて歓喜している。おそらく、人並みの感性と感覚はどうにか維持できているとは思う。

年金生活3年目。ストレスがないのが一番の幸せだ。6月30日に最後の「茅の輪くぐり」をした後は、9月から11月まで滞在するシドニー行きの準備を少しずつ始める。現地は春になり、やがて初夏を迎える過ごしやすい時期だ。退職前に夢見ていた「4か国回遊生活」は3年目に入った。

※『四方八方異論の矛先-屋台村軒先余聞』過去の関連記事は以下の通り

第8回「中国が仕掛けた罠から逃れられないジレンマ―『4か国回遊生活』ラオス再訪編」(2023年8月23日付)

https://www.newsyataimura.com/kisham-10/#more-14124

第7回「新たな発見と感動の連続―『4か国回遊生活』タイ再訪編」(2023年8月16日付)

https://www.newsyataimura.com/kisham-8/#more-14103

第6回「見たい、知りたい、感じたい―『4か国回遊生活』への道」(2023年8月9日付)

https://www.newsyataimura.com/kisham-7/#more-14066

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