п»ї 銀行員の基本技能を習得するために「小澤塾」のノウハウ(上) 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第249回 | ニュース屋台村

銀行員の基本技能を習得するために
「小澤塾」のノウハウ(上)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第249回

9月 08日 2023年 経済

LINEで送る
Pocket

小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新入部員向けの研修プログラムとして「小澤塾」なるものがある。私の退職を控えて現在はその名称を「レクチャー」に変えているが、銀行業界の一部では「小澤塾」の名前で知られており、今回はこの名称を使わせていただく。「小澤塾」は研修内容の厳しさからか、提携銀行の頭取から「小澤ヨットスクール」と揶揄(やゆ)されたこともある。「小澤塾」の卒業生は日本人だけですでに100人を超えており、タイ人を含めると200人以上になる。

残念ながら、小澤塾の日本人卒業生も1割強は、古巣の提携銀行から転職をしている。先日、転職した小澤塾の日本人卒業生数人から妙な話を聞いた。いずれも日本のメガバンクもしくはその関連企業に転職した人たちである。転職に際しての面接で「バン銀の小澤塾で何をしてきたのか?」と、根掘り葉掘り聞かれたというのである。面接での質問はこれだけで、いずれの卒業生も小澤塾のことを話しただけで無事に転職を果たしている。

彼らからは「小澤塾で学んだおかげで転職できました」と感謝の言葉をもらった。日本のメガバンクの人たちも「小澤塾」の存在は知っているようである。「小澤塾」に特に秘密はない。私に言わせれば、「当たり前のことを当たり前にやっている」研修制度である。しかし、一般の研修のやり方とはかなり異なるようである。今回は「小澤塾」のノウハウを公開したい。その手法が少しでも日本企業の参考になれば幸いである。

◆英語で週2回講義

「小澤塾」を開設したのは2011年。バンコック銀行日系企業部が提携銀行から本格的に出向者を受け入れ始めた時期である。「タイの銀行業務を全く知らない人たちをいきなり顧客訪問に出してよいのだろうか?」。単純にそう考えて始めた研修制度である。

最初の講義は3か月程度であったと思う。バン銀の商品内容を英語で教えるだけであった。私は、日本の提携銀行からの出向者も「せっかくタイに来たのだから、せめて英語ぐらいしっかり学んでいってほしい」という気持ちで、タイ人の新入行員と合同で英語で講義した。しかし、何回か開催するうちに色々なことに気付いた。

それは、出向者は日本で銀行員の経験はあるが、基本的に商品そのものをわかっていない▽貸し出しについても、銀行が用意するスコアリングシートを記入するだけで自ら貸し出し判断ができない▽意見を求めてもコピペの回答は用意するが、自分の判断は避けようとする▽自分の出身地や所属する銀行がある地域の特徴や歴史を知らない▽そもそも英語ができる人が極めて少ない――などである。こうした問題を解決するために、改善に改善を重ねた結果、「小澤塾」の現在の姿がある。

まず「小澤塾」の研修プログラムの構成を説明しよう。内容としては

①銀行商品(預金・貸し出し・CMS〈キャッシュ・マネジメント・システム=資金管理〉・外国為替・海外送金・クレジットカード・年金信託)の理解と融資(貸し出し)の基本的考え方の理解

②経営・マーケティング関連の本3冊の読書と講義での発表

③日本の地域分析を通した科学的手法の取得とそれに基づいた産業(半導体・自動車・飛行機・鉱山・漁業など)や世界の地域経済(アフリカ・中東・インドなど)の分析レポートの作成

など盛りだくさんである。このうち①と②は英語で行われる。英語での講義は週2回、半日だけだ。それでも、出向者が緊張してこの研修に臨むのも無理からぬ話かもしれない。

◆商品内容を理解  営業方法を抜本的に変える

まず、①の「銀行商品の理解」についてもう少し詳しく見ていこう。対象商品は、日系企業向け法人商品は、前述の預金など7商品だけである。しかし銀行商品の最も基本である「預金」についても、銀行には個人向け・企業向けに分け、それぞれ10種類近くの商品がある。これらの商品内容をきちんと理解している人はほとんどいない。

研修では具体的に、これら10種類近い法人向け預金種目の商品内容を自分たちで調べて、講義では英語で発表してもらう。最も重要なことは「自分たちで調べる」ことと、「つたない英語でもいいから、なんとか英語で文章を作る」ことである。

このため研修生は、毎回の講義で宿題を出して回答を準備する。「講義形式で得た知識はほとんど自分のものにはならない」というのが私の経験則である。「自分で経験する」「自分から勉強する」ことで人は物を習得していく、と私は考えている。このためまず、バン銀などのホームページを読んでもらい、わからない点などは該当の部署に出向いて担当者から直接話を聞いてくるように指示。このヒヤリング内容などを研修生に英語で発表してもらうのである。

ところが、研修生たちは「プレゼンテーションの何たるか?」を知らない。残念ながら、学校でも社員の教育でもこうしたことは十分教えられてこなかった。顧客向けの商品の内容の説明には①商品の概要②商品の特徴(預金金利や引き出し方法など)③商品の開設方法(開設場所や準備書類)④対象者(どんな人向きの商品か?)⑤自社商品の優位点⑥商品の注意事項(リスクや閉鎖方法など)――などについてきちんと説明ができなければならない。しかし実際には、こうしたことがわかっている行員は皆無と言ってもいい。

「小澤塾」では、こうした商品内容の説明方法を反復して覚えてもらっている。そして、研修生の発表内容に対して講師陣は「なぜ?」「どうやって?」「何のために?」などと次々に質問を浴びせ、研修生が本当に商品の内容を理解できるまで講義を続ける。研修生の発表が1回ですんなり終わることはない。

さらに商品によっては、タイ、日本、米国の違いを勉強してもらう。私はこれら3か国で実務経験があるので、各国の銀行商品の違いがわかっている。例えば、小切手の決済方法は、各国の銀行制度やビジネス慣行、法律の違いなどで全く異なる決済制度が生まれている。小切手の決済制度を通じて各国の違いがわかり、商品内容の理解も深めることができる。

講義は週2回だが、研修生は宿題の回答を準備するため膨大な時間を必要とする。さらに、英語で答えられるように準備しなくてはならない。研修は決して楽なものではない。

提携銀行からの出向者も、この研修を受けて初めて「自行の銀行商品」を勉強する。提携銀行をくさすようで申し訳ないが、「自分のノルマが達成できないので、何とか預金協力をしてください」といった「お願い営業」しかしてこなかった行員が大半なのである。「小澤塾」の受講者には、営業のやり方について抜本的に考え方を変えてもらうようにしている。

◆的確な融資判断の手法を学ぶ

次に「融資(貸し出し)の基本的考え方」の習得である。ほとんどの銀行は現在、融資判断に「スコアリングシステム」を使っている。スコアリングの評点によって融資先企業への融資限度額が設定される。「AI(人工知能)を使った最新のスコアリング技術」などの謳(うた)い文句は格好いいが私に言わせれば、全く非論理的な融資判断である。

融資を実行するか否かはそもそも、「貸出金額の妥当性」と「貸し出しの返済可能性」の二つから判断されるべきである。まず「貸出金額の妥当性」とは「融資金額が妥当な目的に使われているか?」を検証するものである。設備を購入する資金にしても、業務拡大のための増加運転資金にしても、会社の将来を予測して必要資金を計算しなくてはならない。スコアリングで判断できる代物では到底ない。重要な融資判断の一つを銀行が自ら放棄しているに等しい。

さらに、「貸し出しの返済可能性」。貸出金の返済原資は①利益②遊休資産の売却――などを含めて、私の分類では七つの方法がある(ただし今後研修を受ける人たちのためにここではすべてを開示しない)。この七つの返済方法を一つひとつ検証していくのが、真の財務分析である。

ここで特筆すべきは、「貸し出しの返済は“将来”行われる行動である」ということだ。ここでも会社の将来予測をしなければならない。ところが、スコアリングシステムは当該企業の「過去の計数」をシステムに打ち込むだけだ。さらに、七つの返済方法をごちゃ混ぜにして貸出上限額を計算している。これでは正しい融資判断ができるわけがない。

ただ、誤解しないでほしい。私はスコアリングシステムのすべてを不要だと言っているわけではない。情実融資や不正融資を避けるために、スコアリングシステムを導入して、牽制(けんせい)機能として使う。あるいはスコアリングによる格付けで、銀行全体のポートフォリオ管理をすることには意義がある、と思っている。

今から40年ほど前、私は米国の銀行の戦略をヒヤリングするため当時、全米第4位の規模だったManufacture Hanover Trust 銀行(現在のJP Morgan Chase銀行)を訪問した。そこで「格付けによるポートフォリオ管理のコンピューター資料」を見せられてびっくり仰天したことを鮮明に覚えている。パソコンもまだ登場していない1980年代の半ばに、米銀はすでにこうした資料を用いて、銀行全体の貸出資産の質や適用金利を管理していたのである。繰り返しになるが、私はスコアリングシステムそのものを否定するわけではない。ただ、融資判断とスコアリングシステムは全く別物である、と言いたいだけである。

◆企業が収益を上げるための「解」を追求

私がここまで強気に言い切るのには、それなりの理由がある。私は45年にわたる銀行員人生の中で、返済不能となった不良債権は1件しか発生させていない。その1件も私が貸し出したものでなく、バンコク支店長として引き継ぎを受けた貸出先である。

アジア通貨危機のさなか、当該企業の業績はそこそこだったが、日本の親会社が倒産したことにより、タイの子会社も清算することになった。事前返済の交渉が成立していたにもかかわらず、返済前に親会社が倒産してしまったのである。私にとっては極めて残念な案件である。この1件が唯一、私が責任を感じている損失案件である。

では、なぜ私が不良債権を作らずに銀行員生活を今日まで送ってこられたのだろうか? それは顧客訪問を繰り返し、お客様の商売に寄り添いながら「真の融資判断」をしてきたからだ、と強く自負している。「どうやったらお客様が利益を上げられる体質になるのか?」。これをお客様と一緒に真剣に考えていくことである。なぜなら、貸出金の返済原資の最も重要で、かつ大半を占めるのが会社の「利益」なのだから。

では、一般企業はどうやったら利益を計上できるのだろうか? 研修生にこうしたことを考えてもらうために、2番目の研修プログラムとして「経営学関連の本を3冊読破する」ことを研修生に課している。企業が利益を上げるための「解」は一つではない。取り扱う商品、マーケット、商品の特性、価格戦略、広告戦略、時代背景などによって、収益を上げるための「解」は異なってくる。こうしたことを理解してもらうために経営学やマーケティングの本でを読んでもらうのだ。

経営学の本と言ってもさまざまな領域の本がある。MBA(経営学修士号)に代表される欧米流の経営学、ピーター・ドラッガーや稲盛和夫などの経営哲学、フィリップ・コトラーなどのマーケティング学、トヨタ生産方式やイスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラットの工場生産方式、さらには個別企業の成功物語などである。研修生にはこれらの中から、異なったジャンルのものを読んでもらうようにしている。さらに、こうした本の内容を発表してもらった後、「なぜこのような考え方が生まれてきたのか?」などの解説を講師陣が加えるようにしている。

人は本を1冊読んだだけで、その本の内容を盲目的に信じてしまうことがある。こうなってしまうと、良書も弊害にしかならない。本を3冊読んでもらうのはこうした弊害を避け、さまざまな考え方があることを学んでもらうためである。

そして仕上げとして、3番目の研修プログラムであるレポートの作成を課している。これについては、次回説明する。

コメント

コメントを残す