п»ї 日本とタイの産学連携の試み ―中間報告―『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第147回 | ニュース屋台村

日本とタイの産学連携の試み ―中間報告―
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第147回

7月 12日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

「イノベーション(技術革新)を起こす企業家の創造的破壊が、経済発展の原動力になる」というテーゼを導き出したのは、20世紀の偉大な経済学者であるオーストリアのヨゼフ・シュムペーターである。マルサスの均衡論をベースとしながら、「イノベーションがなければ、いずれ取引価格は利潤ゼロの世界に収れんする」として、この視点から企業資本主義の限界を考え、不況メカニズムを分析した。シュムペーターはイギリスのジョン・メイナード・ケインズと並び20世紀を代表する経済学者であるが、残念ながら現代の主要な経済理論とはなっていない。むしろシュムペーターの理論は、彼の友人の息子で同じウィーン出身の経営学者ピーター・F・ドラッカーに引き継がれていった。

ドラッカーは彼の幾つかの著作の中で「いかにして技術革新が起こってきたか?」を分析している。ドラッカーによれば、技術革新を起こすためには「人口動態」や「技術の変遷」などに注意を払う方法がある。しかし私が特に気に入っているのは「あとから考えれば『なんだ、あんなことか?』と思うような、簡単な発想の転換が技術革新の大半である」という彼の分析である。

こうした技術革新を起こすためには異業種、異分野の人間が集まり、積極的に意見交換をしていくことが望ましい。こうした信念で私はバンコック銀行日系企業部の顧客を巻き込んだ幾つかの私設部会を開設し、定期的に会合を開いている。「観光部会」や「新技術部会」など現在五つの私設部会があるが、この私設部会の中でかなり苦戦を強いられているのが「産学連携部会」である。前置きが長くなったが、今回はこの産学連携部会での試みと、自分なりにわかってきたことを紹介したい。

私設の「産学連携部会」

まず私たちの「産学連携部会」のメンバーを紹介したい。タイ側からは、泰国経済技術振興協会(TPA)、泰日工業大学(TNI)、チェンマイ大学、コンケン大学、ソンクラー大学、スラナリ工科大学、タイ投資委員会(BOI)。日本側からは在タイ日本大使館、日本貿易振興機構(JETRO)、海外産業人材育成協会(AOTS)、日本学術振興会(JSPS)。この他、とりまとめ役としてバンコック銀行が参加している。

おかげさまで多士済々のメンバーに集まっていただけたため、日タイ間にまたがる産学連携にまで幅広く議論が出来る素地が出来上がっている。バンコック銀行日系企業部は在タイ日系企業の3分の2以上の会社と取引があり、在タイ日系企業へのアクセスが可能である。更に日本の銀行から20人以上の出向者を迎え、出向者の母体行を通じて日本各地の企業や大学にアクセスが出来る。バンコック銀行日系企業部としてはこの強みを生かして各業界の人たちに集まっていただき、意見交換と施策作りを進めている。

さて、こう意気込んでみたのはいいものの、何かを成し遂げるのは容易なことではない。「日タイ間の産学連携に関して我々は何が出来るのか?」。私の頭で当初、考えついた案は以下のようなものであった。

1.タイの大学と在タイ日系企業の共同研究斡旋(あっせん)

2.タイの大学と日本の大学の共同研究斡旋

3.タイの大学と日本の大学間の交換留学生の推進

4.タイの大学生のインターンを日系企業で受け入れ(日本及びタイで)

5.日本の大学生のインターンを在タイ日系企業で受け入れ

「こうした日タイの大学間及び大学と企業を結びつける作業は、バンコック銀行日系企業部のネットワークがあれば比較的うまくいくのではないか?」と簡単に考えていた私は、ことの難しさを全く理解していなかったのである。

羊頭狗肉の共同研究

まず、産学連携の王道である大学と企業の共同研究である。残念なことに、タイに進出している日系企業の中で研究開発機関までタイに移転している企業はほとんどない。自動車関連会社の中には、研究開発部門をタイに持っている企業が少なからずあるが、その大半はアジアモデルのデザイン開発や設計などであり、基礎技術の開発ではない。この点では大学との共同研究の必要はほとんどない。

タイの大学と在タイ日系企業の結びつきについて言えば、日系大手企業がチュラロンコン大学やタマサート大学などの有名大学に講師を派遣したり、資金を提供し「冠(かんむり)講座」を開講したりしている。しかしこの主要な目的は、将来的に自らの企業や業界で必要とされる技術者の育成やそれら学生の採用のようである。

次に日タイ間の大学の共同研究である。この3年間、日本出張の際には日本の提携銀行の支援を仰ぎ、20校近くの大学を訪問してきた。日本の国立大学は第2次安倍内閣による2013年の「日本再興戦略」及び「教育振興基本計画」に連なる国立大学改革プランの中で、「大学研究の民間技術への活用」と「グローバル化」などを迫られている。産学連携の成果が出なければ、研究室の研究費や大学運営費の減額といった国からの鞭(むち)が振られる。国立大学も民間企業との接点を図るべく、自らの大学の研究内容を「シーズ集」として小冊子にまとめて、慌てて民間企業に配布したりしている。

私は多くの日本の国立大学にこうした「シーズ集」があることに目をつけ、訪問した大学からシーズ集をもらい、タイの大学に配布して共同研究の可能性を探った。ところが、これらのシーズ集は政府の鞭におののいた大学が日本の民間企業との協業のために作られたものであり、英文のものは少ない。よしんばあったとしても通り一辺倒の解説しかされておらず、研究者の興味を引くレベルにはなっていない。

後日、日タイの大学を訪問していくうちにわかったのは、日タイ間の学術研究は「師弟関係」という個人の関係の中で構築されているようだということである。すなわち、かつて日本に留学したタイの学生が帰国して大学教授になった後、日本の大学や大学院で師事した日本の教授との間で共同研究を開始するという形態である。

日本学術振興会からのヒヤリングでも、資金支援をしている共同研究の大半はこうした形で成り立っているようである。取引先企業間の商売を斡旋する「ビジネスマッチング」において、単にリストだけを配布してビジネスマッチングを成就させることはほとんどあり得ない。日本のほとんどの銀行がやっている間違いである。これと同様に、「シーズ集」を配布しただけで大学と企業及び日タイ間の大学の共同研究など出来るわけがなかったのである。

学期の違いと学費面での問題

日タイの大学間の交換留学生の問題点は三つある。

一つ目は2国間の学期の違いである。日本の大学もタイの大学も2学期制を敷いているが、日本の大学の第1学期は4月初旬から8月中旬、第2学期は9月中旬から2月中旬である。ところがタイは5月中旬から10月初旬が第1学期、11月初旬から3月中旬が第2学期となる。両国とも学期の最後に期末試験が控えているため、微妙な日程の違いも交換留学においては大きな障害となる。

二つ目は資金面である。タイ人が金持ちになったとはいえ、タイの1人あたりの国内総生産(GDP)は日本のおよそ6分の1のレベルである。階級社会であるタイには金持ちもたくさんいるが、総体的には日本より貧しい。こうした中で、タイの一般学生が日本に留学するのは資金的に苦しい。日本の大学の中にはコスト削減のため、学生寮を廃止したところも多く、タイ人学生は日本に到着後、住む所から探さなくてはいけない。日本政府も財政面の制約から、タイ人留学生への資金支援プログラムを廃止してしまった。

私は、中長期に日本のファンを増やす「国費留学生制度」は国の重要施策であるべきだと考える。ところが、日本政府はこの施策の優先度は低い。タイが現在、日本の親密国である大きな要素は、タノン・ビタヤ元副首相、タリサ元タイ中央銀行総裁、ボンゴット投資委員会副長官、バンディット泰日工業大学学長など、日本への国費留学生に支えられている。タイから日本への留学生が今後さらに減少していく中で、タイが親日国としてあり続ける保証はないのである。

日本からタイへの留学生についても資金面の影響は大きい。日本学生支援機構(JASSO)の2016年度の調査によると、奨学金を受給している日本の大学生の割合は昼間部で48.9%、大学院修士課程で51.8%、博士課程で56.9%となっている。この数字を見ても、現在の日本の大学生に海外留学する余裕はあまり残っていない気がする。現に今月発表された内閣府調査でも、日本の大学生の海外留学希望は32.3%と、比較した7か国中最低であった。

内向き?消極的?日本企業の現状

タイの大学生を日本でインターンとして受け入れるプログラムについては、私どもバンコック銀行としても限定的ではあるが実績がある。私たちの「産学連携部会」に参加していただいている泰日工業大学(TNI)は、同じく部会メンバーである海外産業人材育成協会(AOTS)資金支援のもと、日本へインターン生を派遣している。

この派遣先の選定にあたってバンコック銀行日系企業部の提携先銀行である千葉銀行、山梨中央銀行、山形銀行、日本政策金融公庫などの協力を仰ぎ、10社ほどの会社を推薦していただいた。最終的には4社にタイ人インターン生の派遣のお手伝いをさせていただいた。ただ、このAOTSのプログラムは日本政府の資金支援を前提としているため、参加希望者も多い。ところが自費でのインターン希望者がどの程度いるかわからないし、大学側も必ずといっていいほど、企業などからの資金支援を要望してくる。「日本の地方創生の地域がらみの支援策とならないか?」と地域を限定し、地方大学、地方銀行、県、市役所、果ては市長まで会いに行ったが、色よい返事は得られなかった。何らかの実績や保証がないものに対しては、前向きな回答が得られないのは昨今の日本である。

こうしたことからアプローチの方法を変え、タイ人インターン生を在タイ日系企業で受け入れる施策の可能性を考えてみた。タイの大学では4カ月のインターンシップは必須科目であり、全員がインターンを経験しなければならない。私たちの「産学連携部会」に参加している大学からもこうした要望があった。

早速、バンコック銀行日系企業部でお客様に毎週ご案内している「バンコック銀行回覧板」でインターン生受け入れ企業の募集をしたところ、すぐに7社が応募してくださった。ありがたい話である。この7社の「会社概要」や「学生への資金支援の有無」などの情報をすぐに5大学に送付した。ところが1年たっても、なしのつぶてである。もちろんこの間、各大学に督促もしている。しかし、単にリストだけを作成して大学に送りつけるだけでは、前述したビジネスマッチングで成果のあがらない日本の銀行と同じである。

私はこう反省し、自らこの7社を訪問して会社内容の理解と社長の意向をうかがって回った。私自身が大学に対して自信をもって推薦する必要があると考えたのである。応募していただいた7社の内訳は、製造業4社、サービス業3社だったが、いずれも真面目に仕事をされている優良会社ばかりであった。驚いたことに、7社のうち5社は既にインターン生の受け入れ実績があった。

現在、大学生がインターン受け入れ企業を探す方法は「先輩や友人に頼んで彼らが働いている先に受け入れを依頼する」もしくは「大学の教授が自分の教え子の働いている先を斡旋する」のが一般的である。4カ月の生活を送る場所であるため、どうしても身元のわかっている企業に送り込みたい、と思うのは自然の姿である。

実際に会社訪問をして得た知識を踏まえ、前回の「産学連携部会」では応募していただいた7社の会社内容を5大学の担当者に詳しく説明した。また希望があれば、私がこれらの会社をインターン受け入れを希望する大学の関係者と共に訪問して面談していただくよう申し入れた。しばらくは大学側の反応待ちである。

日本の地方創生にも必ずプラスになる

三つ目の問題が、日本の大学生のインターンを在タイ日系企業で受け入れる施策である。これも限定的であるが、私たちは対応してきている。日本の国立大学はその改革プランの中で「グローバル化」を迫られており、海外大学との提携や交換留学生の増加とともに、日本の大学生の短期海外留学を推し進めている。

日本学生支援機構(JASSO)ではこうした短期海外留学に対して資金支援をしており、タイに留学する場合は8万円の補助金が支給される。千葉大学や北海道大学では、このJASSOプログラムによる2週間のタイ留学の中に、在タイ地場企業の工場見学やバンコック銀行での講座などを組み込んでいる。工場見学先の斡旋やタイについてのレクチャーなどは、私たちがお手伝いしている。

日本の若者の国際志向がどんどん縮小している中で、大学生が海外経験の機会を少しでも増やせるのはよいことである。また、このプログラムによって、地元の大学生が在タイ地場企業の工場見学を通して、地場企業に就職してくれる可能性が少しでも増えるのは、地方創生にとっても重要なことである。

このため私としては、JASSOプログラムを通して大学生の短期海外留学のお手伝いを積極的に進めたいと考えている。今年の春の日本出張の際に訪問した7大学に対しても、私どものこうした取り組みと実績を説明させていただいた。

私たちの「産学連携」の試みは、苦節3年にしてまだこの程度のものである。しかし、現場を歩くことによってこれまで気づいていなかったことに多く気づかされている。遅きに失した気づきであるかもしれないが、多くの人とこの気づきを共有し、産学連携を少しでも前に進めていきたいと真に願っている。

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