п»ї 再現された「いちご白書」米国に吹く大学闘争の風 『山田厚史の地球は丸くない』第262回 | ニュース屋台村

再現された「いちご白書」
米国に吹く大学闘争の風
『山田厚史の地球は丸くない』第262回

5月 03日 2024年 国際

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

全米各地で大学紛争が起きている。ハーバード、イェールなど「アイビーリーグ」と呼ばれる東部の名門校から、西海岸のカリフォルニア大やスタンフォード大まで、「パレスチナとの連帯」を掲げるデモが頻発し、座り込みのテント村がキャンパスに広がった。

ニューヨーク市内にあるコロンビア大学では、大学当局がテント村の学生に退去を命じ、期限が来ても撤収しない学生に対し警官を導入して排除した。100人を超える逮捕者が出たが、学生は構内にあるハミルトン・ホールを占拠、バリケードを築いて立てこもった。50余年前、このホールで同じような出来事があった。

◆無視できない「全米ユダヤ人協会」の存在

映画になって日本でもヒットした「いちご白書」(ジェームズ・クネン作)は、コロンビア大学で起きた大学紛争が舞台だ。ベトナム戦争、人種差別という抱えきれない課題を背負った若者が、闘争の中で思考を深めていく姿を鮮明に描いている。映画のクライマックスは彼らがこもる大学のホールに、警官隊が突入するシーン。警棒で乱打され血を流す恋人の姿を見て、主人公は警官に飛び掛かる……。

1968年の「ベトナム反戦闘争」は、戦争推進のジョンソン大統領(当時)を追い詰め、この年の民主党予備選で出馬を断念させた。大統領になった共和党のニクソン氏は、ベトナムから米軍を完全撤退させ、73年にパリでベトナムと和平条約を結んだ。若者の運動が戦争を止めたのである。

バイデン大統領も、全米に広がる「パレスチナ支援」の動きに神経を尖(とが)らせている。

平和を求める動きが強まると、支持母体の民主党に亀裂が入る。下手すれば選挙運動が失速しかねない。

民主党は「全米ユダヤ人協会」と強く結びついている。いや、民主党に限らず、アメリカの歴代大統領はユダヤ・ロビーと切っても切れない関係にある。共和党のトランプ前大統領は、ユダヤ人である娘婿のクシュナー氏を通じて親イスラエル路線をひた走った。ユダヤ・ロビーは味方にすれば頼もしいが、敵に回すと恐ろしい。そうやって親イスラエルの勢力が政策の舵(かじ)を裏から握ってきた。

イスラエルは米国の支援なしに存続は難しい。強靭(きょうじん)な軍事力があっても、人口が1000万人足らず(955万人、2022年現在)の国家が、イスラム諸国に囲まれて安定的に存在するのは容易でない。第2次世界大戦後、建国されたイスラエルは世界に散らばったユダヤ人の協力によって成り立つ国家なのだ。

イスラエルの次に数多くのユダヤ人が住んでいるのがアメリカだ(750万人、2020年現在)。ウォール街やハリウッド、メディア、不動産などで固い人脈を築いた。束ねているのが「全米ユダヤ人協会」だ。今回のハマスとの戦いで、アメリカはイスラエルの後ろ盾となり、国際社会で孤立するイスラエルを支援してきた。

◆「シオニズム」背景にイスラエル批判に及び腰

しかし、圧倒的な武力によって破壊し尽くされたガザ地区や、幼い命まで容赦なく奪う無差別爆撃の映像は、アメリカでも「反イスラエル」の空気を醸し出した。いたたまれなさを感じる若者たちは、イスラエルの暴虐を批判するが、身の回りを見ると、就職先となる金融界や実業の世界はユダヤ・ネットワークと無縁ではない。自分たちの大学そのものがユダヤ系の財団や個人からの寄付に頼り、研究の成果がイスラエルとの繋(つな)がりのある企業や団体に流れる構造が垣間見える。

学生たちは、パレスチナでの暴挙を非難することと並行して、大学当局に「イスラエル系資本との絶縁」「関係の透明化」を求め集会を開き、デモで盛り上がった。

こうした真っ直ぐな怒りは、全米各地の大学へと伝播(でんぱ)したが、世間は簡単に受け入れはしない。パレスチナは遠く、被害者はイスラム教徒である。9・11同時多発テロの記憶がいまも残り、イスラム教への違和感は少なくはない。キリスト教が日常に根を降ろす米国で、パレスチナ支援の声を跳ね返す分厚い壁はあちこちにある。

最大の壁は「シオニズムの信奉者」である。迫害を受け続けたユダヤ人は「かつて祖国があったパレスチナの地に戻ることは神の定め」という思想に立つ人々で、アメリカ社会の指導的な地位に就いている。彼らにとって、イスラエル批判は「反シオニズム」「反ユダヤ」であり、認め難い主張だと拒絶する。アメリカだけでなく、欧州のキリスト教国の多くが「シオニズム」を受け入れている。そのためイスラエルへの批判は及び腰だ。

◆米社会の「ユダヤ問題」を可視化した大学の混乱

アメリカの名門大学は私立で、財団や個人の寄付で経営が成り立っている。学生が「ユダヤ資本と関係を断て」と求めても、大学の理事会は同意できない。その一方で、大学は政治的圧力にさらされる。

昨年12月から連邦議会の上下両院で「公聴会」が開かれ、大学での「反シオニズム」を総点検する動きが強まった。ハーバード大学の学長らが公聴会で尋問さながらの追及を受けて「謝罪」に追い込まれるなど、宗教裁判を思わせる光景が繰り広げられた。こうした状況が学生の怒りを煽(あお)り、一方で政治的圧力に逆らえない大学は、警官を導入して学生を排除する強硬手段に出る、という悪循環を生んでいる。

大学の混乱は、アメリカ社会の「ユダヤ問題」を可視化した。今までタブー視されてきたユダヤ・ロビーの動きを顕在化させ、権力化した「シオニズム」の弱点をさらす結果となった。ユダヤ人社会の中からも「イスラエル批判を『反シオニズム』として封ずることは正しくない」という声が上がるようになった。

かつてベトナム戦争に反対したアメリカの学生たちは、いまパレスチナの惨状に「NO」を突きつけ、「ウォール街を包囲せよ」と「反貧困」の声を上げた若者たちが「ユダヤ資本」のあり方に疑問符を突きつけた。「平和」「反戦」「貧困」「差別」――。時代のテーマは一貫している。

1968年のスチューデントパワーは世界に伝播した。「いちご白書」を再現した米国で吹く風は、日本にも及ぶだろうか。

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