トランプについていくのか?
日本外交におとずれた転機
『山田厚史の地球は丸くない』第291回

6月 27日 2025年 国際, 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「戦争にもルールがある」と言われるが、ルールは、強い国が勝手に決める。そう言わんばかりの武力行使を公然と見せつけたのが、アメリカのイラン攻撃だ。

武力介入によって、ひとまず停戦となったが、状況は予断を許さない。紛争再燃の恐れだけではない。イスラエルとアメリカは国際社会が積み上げてきた秩序や慣行を無惨に破壊した。主要国は「暴力による決着」に黙認し、あるいは称賛するという異様な空気が世界に充満している。

◆国連憲章違反のイスラエル

ことの始まりは6月13日、イスラエルによる先制攻撃だ。200機を超える戦闘機がイランに侵攻、核施設やミサイル基地などを空爆した。時同じくしてテヘランなど市街地では、軍の最高幹部らが次々と殺害された。

イスラエルの諜報機関モサドが、あらかじめ所在を確認し、ピンポイントの攻撃がドローンによって行われた。標的となったのは、革命防衛隊(イランの精鋭部隊)司令官、軍参謀総長、軍最高司令官ら軍指導者、原子力庁長官を含む多数の核科学者らだった。

イスラエルは「自衛の措置」と主張した。イランは遠からず核兵器を完成する。イスラエルを攻撃するための核武装だ。準備が整う前に核施設、科学者、軍指導者を排除することがイスラエルにとっての自衛であるという理屈だ。

その不安は理解できても、他国に侵入し、爆撃を繰り返し、要人を暗殺する。そうした身勝手な国家の暴力が許されていいのか。少なくとも今は、いかなる国も主権が認められ、互いに尊重する、というのが国際なルールだ。

言うまでもなく、武力で他国を襲うことは国際法違反になる。国連憲章2条4項には、こう謳(うた)われている。

「すべての国連加盟国は、他国の領土保全、又は政治的独立に対し武力による威嚇(いかく)又は行使をしてはならない」

ただし、「正当な武力行使」とされる例外がある。

1つは自衛権(国連憲章第51条)。条件として、急迫性、必要性、均等性が求められる。差し迫った攻撃に緊急に対処する場合に、相手の攻撃に対し、応分の反撃は許されるが「予防的自衛」や「事前攻撃」は認められない、というのが一般的な解釈だ。

もう1つの例外が「国連安保理の決議に基づく武力行使」(国連憲章第42条)だ。国連の安全保障理事会が平和と安全の維持に必要と判断した場合に限り武力行使を認めている。

イスラエルの攻撃はこの条件を全く満たしてはいない。イランから差し迫った攻撃があるわけではない。一方的な先制攻撃であり、国連の安保理の承認も得ていない。明らかに国連憲章違反である。

◆トランプのあからさまな脅し

パレスチナのガザ地区では無抵抗の市民に対し、イスラエルによる空爆が繰り返されている。病院や避難所も「イスラム組織ハマスの施設」と見なされ攻撃を受けている。食料の供給を絶たれ、餓死の危険にさらされている住民に容赦なく攻撃が行われ、すでに5万人を超える命が失われた。

国際社会の非難を受けるイスラエルは、目先を変えるかのように戦線をイランへと拡大した。

こうした暴挙が可能なのは、アメリカが後ろ盾になっているからである。EU(欧州連合)もイスラエル側に立った。ドイツのメルツ首相は「イスラエルは誰もしたがらない汚れ仕事を引き受けてくれた。感謝している」と語った。

米国のトランプ政権はイスラエルの軍事行動を「自衛」と支持、あろうことかイランに対して「2週間以内に無条件降服しなければ、米軍が介入する」と威圧した。

「2週間の猶予」を与えたかのような発言だったが、その2日後、トランプはイラン国内の核施設3か所を空爆した。岩盤を貫通する高性能爆弾バンカーバスターを使った攻撃である。

「無条件降伏に応じなければ、さらに悲惨な目に遭うだろう」と警告を発し、イランの最高宗教指導者であるハメネイ師の名を挙げ「どこにいるかわかっている」と述べ、いつでも命を奪うことができると言わんばかりの脅しをかけた。

イランはカタールにある米軍基地に形だけの報復攻撃を行い、攻撃を打ち切った。

アメリカがイスラエル側に立って参戦したことで、正面から戦争すれば、壊滅的打撃を受け、体制維持も困難になる、と判断したのだろう。

国力の差は、いかんともし難い。GDP(国内総生産)で比べれば、アメリカは29兆ドル、イランは4000億ドルでしかない。軍事費はアメリカが9000億ドル、イランは100億ドルである。しかも今や核保有国であるイスラエルが前面に立っている。ハメネイ師も国家体制の維持を優先し、ひとまず引き下がった。

◆トランプ時代の国際秩序「むき出しの暴力」

米軍の軍事介入はイスラエルと同様、国連憲章違反になるのは濃厚だ。しかしG7(主要国首脳会議)でも NATO(北大西洋条約機構)の首脳会議でも先進国は押し並べてトランプに好意的だ。イランを厄介者と見て、イスラエルに味方してイランを叩(たた)いたトランプの決断をたたえた。

「イランでの決断ある行動に対し、祝意と感謝を申し上げます。本当に並外れたことで、他の誰にもできなかったことです。おかげでわれわれは皆、より安全になりました」(NATOのルッテ事務総長)

イランは、精強な陸軍を要し、 中東では軍事国家として一目置かれていたが、米軍を相手に戦争をできる国ではない。要求を飲まない限り、国民は戦争に巻き込まれ、戦いが長期化すれば政権を維持することが難しい情勢になっていた。

アメリカの軍事行動は、イスラエルに連携して、邪魔もの(イラン)を叩き(空爆)、殺し(要人殺害)、脅し(体制を崩壊させる)て、屈服させるやり方だ。これがトランプ時代の国際秩序ということなのだろうか?

腕っぷしが強い者が、世界を支配する「むき出しの暴力」が、国際社会の新たな秩序となるというのか。歴史を逆行させる動きでもある。

NATOはアメリカの要求に従い、防衛予算をGDPの5%に引き上げることを決めた。5%のうち3.5%は軍事予算、残りの1.5%は防衛関係の公共事業に当てることになっている。

トランプ政権は、日本に対し非公式に「GDPの3.5%の防衛予算」を求めている。日本は長い間「GDPの1%」だった。それがアメリカの要請によって岸田首相の時代に2%を約束させられた。年々予算の積み増しが行われ、米国産の戦闘機やミサイルなど「兵器の爆買い」に励んでいる。

石破首相は「防衛費の増額は、他国から言われてするものではない。日本の判断で行っている」と繰り返し述べているが、アメリカから要求を突きつけられている現状をどう説明するのか。「3.5%への引き上げ」は、石破政権にとっても難題であることは間違いない。

◆揺らぐアメリカの基本理念

世界の安全は米国の軍事力によって保たれており、各国はタダ乗りすることは許されない、応分の負担を行うべきだというのがトランプの考えだ。言葉を考えれば、アメリカの軍事行動を財政面からも支援し、共同歩調を取ることを求めている。

日本の外交・安全保障政策は、日米同盟を基軸として進められてきた。その前提には、アメリカの基本理念である「人権の尊重」「自由で開放的な経済」「法による支配」を共通の価値として認めていたからだ。

トランプの登場で、その前提は大きく揺らいでいる。国内での移民排斥や性的少数者排除など「人権」への配慮は希薄になった。高関税など保護貿易に傾斜し、国際法を無視する武力介入に至っては「法による支配」を自らが踏みにじっている。

日本国憲法は前文で「国際紛争を武力で解決する道は選ばない」と謳い、それを実践してきた日本の基本姿勢と相いれないことは明確だ。

アメリカが「国際紛争を武力で解決する国」であることは、ベトナム戦争や、イラク・アフガニスタン侵攻などで明らかになっていたが、そうした本音を覆い隠す理屈をさまざま用意していた。トランプの登場は、そうした建前さえ脱ぎ捨てて、暴力を誇示する「ディール(駆け引き)」があからさまになった。

「何をするかわからないトランプ」に世界は警戒している。「自国第一」のトランプが、日本にどのような要求を吹きかけるかわかったものではない。少なくともトランプは信頼できるパートナーではない、と政府関係者の間でも懸念が高まっている。

これまでのように、ただアメリカに付き従っていれば良いという時代ではなくなった。トランプに付き従っていたら、どこへ連れて行かれるか、場合によっては戦争に巻き込まれる。アメリカへの幻想は急速にはげ落ちている。

◆「トランプのアメリカ」との関係見直す時

「外交の基本方針は、アメリカ追従」という日本にとって、「トランプのアメリカ」との向き合い方を考え直すことが求められている。

アメリカは「最大の競争相手は中国」と位置付け、台湾海峡の軍事バランスを重視する。フィリピンから日本列島につらなる「第一列島線」に長距離ミサイルを並べ、中国に対抗する準備を進めていた。自前でミサイル網を整備する計画だったが、日本が「自発的に」ミサイル網を整備することになったので、米軍の計画は取りやめになった、という。

日本は、「敵基地攻撃用ミサイル」の配備に、兆円単位の予算を注ぐ。いわばアメリカの肩代わりだ。

米国は、中国を仮想敵国と見ているが、日本は、尖閣列島の問題はあるにせよ、中国との軍事的緊張は希薄だ。多額の血税を投入しミサイルを配備して威嚇する政策が必要なのか。

日本のGDPは600兆円超。1%で6兆円。3.5%なら21兆円だ。こんな要求をのむのか。国政選挙で問われる課題である。「防衛予算」「兵器爆買いの実態」は、政府自民党にとって「そっとしておきたい難題」だったが、トランプの傍若無人によって、「見過ごせない課題」になってきた。

「減税」が叫ばれ、「消費税」や「財源問題」が選挙の争点になっている。背後に、物価に追いつかない賃金という暮らしの問題がある。このままでは、医療や介護など「安心の仕組み」が持たない。そんな時に、GDPの3.5%を防衛費として差し出せ、というトランプの要請は、考えることを避けてきた「武力への税金投入」を有権者に意識させることになる。

ガザでは幼い命が失われている。イランでは「武力で他国を屈服させる」ことがまかり通っている。多くの人が死に、多額のカネを投じた施設や街並みが無惨に壊される。戦争は始まると止まらない。武力によって一時的な停戦はあっても、問題は解決しない。戦争などあり得ない国と国の関係をどう作るのか。

参議院選挙は7月20日に決まった。選挙を前に、私たちが考えることはたくさんある。(文中一部敬称略)

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