п»ї 蘇る「金丸5億円」の記憶―無理筋となった「黒川弘務検事総長」 『山田厚史の地球は丸くない』第158回 | ニュース屋台村

蘇る「金丸5億円」の記憶―無理筋となった「黒川弘務検事総長」
『山田厚史の地球は丸くない』第158回

2月 28日 2020年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「桜を見る会」に続いて「検察官の定年延長」で国会が紛糾している。新型コロナウイルスで国内がてんやわんやしている時に、国会はいつまでこんな話をしているのか、という意見もある。果たして、そうだろうか。「桜」や「定年延長」は表層に現れた「腫れ物」に過ぎない。ことの起こりは民主政治の根っこを蝕(むし)ばむ「権力の私物化」にあるから、たちが悪い。

◆「政権のいいなりの人事」

東京高検(東京高等検察庁)の黒川弘務(ひろむ)検事長は2月8日に63歳になり、定年を迎える。政府は1月31日の閣議で黒川氏の定年を半年延期し、8月7日までとした。

「重大かつ複雑、困難な事件の捜査・公判に対応するため」という。だが、そのような理由をまともに信じる関係者はほとんどいない。「政権に近い黒川氏を検事総長にするための布石だ」という。

現職の稲田伸夫検事総長は来年8月、65歳の定年を迎える。その前に勇退するのが慣例で、今年7月に検事総長は交代するとされていた。検察内部では、黒川氏は退職し、名古屋高検検事長の林真琴氏が昇格するともっぱら見られていた。

検察庁法が決める定年は「検察官63歳、検事総長65歳」である。黒川氏の定年を延ばすには、この規定を緩める理屈が必要で、法務省は法の解釈をねじ曲げた。そこまでして定年を延長するのは、黒川氏を検事総長にするため、と見られてもおかしくない。なにしろ黒川氏は、安倍政権の意向を検察に反映する「官邸の門番」などと呼ばれていた人物である。

「検事総長の人事権は内閣にある。総理大臣が好ましいと思う人物に決めてなにが悪い」という声もある。一理ありそうだが、自民党衆議院議員の中谷元(なかたに・げん)氏(元防衛相)はこう反論する。

「かつて宮沢喜一元首相が『権力者はできるだけ権力を使わないことが大事なんだ』と言われたことを思い出す。この人事も、あくまでも政治的、恣意(しい)的な介入がないようにしなければならない」(谷垣グループの会合で)

権力は自分勝手に使うと、人心が離反する、という戒めである。検察庁は総理大臣経験者を逮捕したこともあり、政治と緊張感が求められる捜査機関だ。「政権のいいなりの人事」では公正な捜査指揮が疑われる、という懸念は検察内部からも出ている。

◆「民主政治の自殺」「検察の自滅」

法務省で2月19日に開かれた法務・検察幹部が集まる会議で、検事正の一人が「検察は不偏不党でやってきた。政権との関係性に疑念の目が向けられている。このままでは検察への信頼が疑われる。国民にもっと丁寧に説明をした方がいい」という趣旨の提案をした。法務・検察の首脳陣が集まるこの会議は、凍りついたような雰囲気になったという。

関係者によると、発言をしたのは静岡地検の神村昌通検事正だという。検察の独立性が人々から疑われたら自分たちの仕事の土台が崩れる、という危機感があったのではないか。

この一件で思い出したのが、「金丸5億円事件」である。1992年8月、自民党副総裁だった金丸信衆議院議員が佐川急便から5億円の闇献金を受け取っていたことが発覚。だが金丸議員は検察の事情聴取に応じることなく、出頭しないまま罰金20万円という処分にとどまった。これに対し当時、札幌高検検事長だった佐藤道夫氏(元参議院議員)は、検察批判を朝日新聞に投稿。金丸氏は国民の怒りに押されて議員辞職に追い込まれ、翌年3月、脱税容疑で逮捕された。

自民党副総裁への遠慮から強制捜査を手控えた検察が、独立性を守れと言う内部からの声によって軌道修正された一件だった。当時と比べて今の検察庁の政権ベッタリは進んでいるように見えるが、法務・検察幹部の会同会議での異論は、この組織が「腐っても鯛(たい)」であることを示している。検察首脳が、権力に迎合すると反発のバネがはたらく。

司法権とつながる法務省・検察が、法をねじ曲げて特定人物の定年を延長し、政権に迎合する検事総長人事を強行するのは「民主政治の自殺」であり、「検察の自滅」でもある。

◆政治全体への信任崩壊の危機

「首相が主催する花見の招待客を首相が決めて何が悪い」というのが「桜を見る会」だった。しかし、税金で後援会の人たちをもてなすのはルール違反であるのは明らかで、前夜祭のホテル宴会も供応の疑いが濃い。首相が国会で強弁すればするほど、政治の道義はボロボロと崩れる。

同様のことが「高検検事長の定年延長」にも言える。法解釈の後付けは明白で、法相・首相をかばうため官僚に無理な答弁をさせている。政府の屁理屈は既に詰んでいるのだ。

無理が通れば、道理は引っ込む、と昔の人は言うが、このままでは政治全体への信任が崩壊するだろう。検察内部からも火の手が上がった「黒川検事総長」の企ては幻に終わるのではないか。

強行すれば、世間はあきれ、政権の支持率は下がる。その後の政局に響くだろう。ここまで大騒ぎしてできないなら、「政権の弱体化」が鮮明になる。

東京五輪のどさくさに紛れ、7月に検事総長の人事を発令、という作戦は、もはや無理筋でしかない。それどころか、7月に東京五輪があるのか、これも怪しくなっている。

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