п»ї 役人とワイン 内閣広報官が堕ちた接待の罠 『山田厚史の地球は丸くない』第183回 | ニュース屋台村

役人とワイン 内閣広報官が堕ちた接待の罠
『山田厚史の地球は丸くない』第183回

3月 05日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

内閣広報官だった元総務官僚・山田真貴子さんは、こんな形で官僚人生を棒に振るとは思ってもいなかっただろう。放送関連会社「東北新社」との会食は「1回だけ」。しかも、同社に勤める菅義偉首相の長男の誘いである。断り切れないから会食に顔を出しただけ、こんなことで辞めるなんて納得いかない。そう考えたとしても不思議ではない。

◆「ワイン好き」は接待慣れの証し

世間の反応は全く違った。1人当たり7万4203円という金額に注目が集まった。他の官僚への接待と比べて際立って高額。「家庭なら1カ月分の食費」という声も上がり、どんな料理を食べるとこんな金額になるのか、と憤慨を浴びた。メニューは牛肉のステーキと海鮮料理などだったという。そう聞いて、「高いワインを飲んだな」と納得した。思い当たることがあった。遠い昔、大蔵省を担当していたころのことだ。

世話になった官僚が転勤することになり、2人だけの送別会を催した。赤坂のイタリアンレストランだった。1人当たり7000円くらいの料理を奮発した。勘定書を見て仰天した。2人で4万円を超えていた。飲んだワイン2本が金額を跳ね上げていた。

酒の注文を聞かれた時、「何にします?」と相手にワインリストを渡した。「お好きなワインをどうぞ」と勧められた、と受け取ったのだろう。ワインに詳しい相手は、少しは気を遣ってくれて中ぐらいの値段帯のものを注文したが、それでも自腹の接待には重すぎる値段だった。

大蔵官僚の接待汚職が表面化する前のことである。担当した銀行局、証券局、理財局、国際金融局は証券会社や銀行との接点が多く、官僚たちは毎日のように会食の席に出かけた。局長や審議官など上層部には「ワイン通」とされる人がいた。「味がわかるようになるには、良いワインをたくさん飲んで舌に覚えさせることが大事だ」と教えてくれた人もいた。

東北新社では菅首相の長男が接待のお膳立てを務めたが、銀行には「MOF(モフ)担」と呼ばれる大蔵省担当の若手がいて、宴席をセットする。役人の好みを調べ上げ、喜んでもらえるなら何でもするのが彼らの仕事だ。ワイン好きには上等なワインを用意し、うんちくを語ってもらう。

週刊文春によると、NTTの澤田純社長による山田総務審議官(当時)の接待では1本12万円のシャトー・マルゴーが振る舞われた、という。産地の風土、製造年の天候、葡萄(ぶどう)種、製法などで味や香りは様々で、奥深い。「違いがわかる」ワイン通になるには、旨(うま)いワインを飲み慣れなければたどり着けない。それは官僚の給料では無理というもので、「ワイン好き」は接待慣れしている証しでもある。

◆偉くなったと勘違い、接待に溺れた役人

自分で払わなければ、「おいしいワインを飲んだ」という記憶は残っても「高額接待を受けた」という実感はないだろう。「大事な時間を割いてあげた」「会ってくれと言いうから会ってあげた」と思っているのが本心で、酒食を共にしたのはその対価、というのが偽らざる実感だろう。

接待する側も楽しんでいる、払うのは大きな財布を持つ会社なのだから、申し訳なさなど感じない。相手が知りたい情報や許認可権限を自分たちは持っている。その優越的地位が役人の頭を高くする。

越後屋とお代官様の時代から連綿と続いている関係は、逮捕者や自殺者まで出した大蔵省(当時)の接待汚職で清算されたのではなかったか。のど元過ぎて熱さを忘れたのか。郵政省という内向きの官庁は、自治省と合体して総務省という大きな役所になった。そのうえ、さらに放送や通信がデジタルの波に乗って脚光を浴びる。電波の割り当て、料金認可という権限の値打ちが上がった。おいしい料理や高いワインでもてなされる。偉くなったと勘違いした役人が接待に溺れた。

新型コロナの感染が広がり、病院、老人施設、飲食店や観光地が大変なことになっているというのに、総務官僚は、鉄壁の縦割り行政のおかげで接待にどっぷり浸かるゆとりがあった。携帯電話料金引き下げ、ふるさと納税拡大、NHK受信料値下げ。いまや総務省は首相案件を推進する官庁である。「史上初の女性首相秘書官」と写真入りで育鵬社の教科書に載った山田広報官は、記者会見で首相が答弁に詰まることがないようお守りするという重要ポストに就いた。接待に誘われた官僚は首相に連なる人脈、陽の当たる道を歩いていた人たちだ。

◆忘れられた「国民全体の奉仕者」の戒め

官僚は誰のために仕事をするのか。思い出したのが公文書の改ざんを強いられ、自らの命を絶った財務省近畿財務局元職員の赤木俊夫さんのことだ。妻の雅子さんはお会いした時、「夫が定期入れに入れていつも持ち歩いていたものです」と、一枚のカードを見せてくれた。「国家公務員倫理カード」と書かれ、「倫理行動基準セルフチェック」として以下のような項目が並んでいた。

国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか?

職務や地位を私的利益のために使っていませんか?

国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはいませんか?

倫理研修で配られたという。赤木さんは「私の雇主は国民です」と、常々言っていたという。

辞職した山田内閣広報官らも「倫理カード」を受け取っていたと思う。セルフチェックをしていたら、などと考えるのは、ないものねだりということだろうか。

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