п»ї NHK人事案は差し替えられた 再任された「官邸の代理人」 『山田厚史の地球は丸くない』第191回 | ニュース屋台村

NHK人事案は差し替えられた 再任された「官邸の代理人」
『山田厚史の地球は丸くない』第191回

7月 02日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

NHK内部がざわついている。4月にあった役員人事で、異常事態が起きた。前田晃伸(てるのぶ)会長(82)に次ぐ高齢の実力者・板野裕爾(ゆうじ)専務理事(67)を「退任」とする人事が経営委員に出されたが、直前に取り消され、「再任」となった。毎日新聞(6月28日付朝刊)が内幕をスクープし、衝撃が走った。

板野専務理事といえば、「NHKと政権」の接点にいて、首相官邸の覚えめでたい人物と定評がある。NHKの役員人事は、経営委員会に諮り、承認を得て会長が任命することが放送法で定められている。理事の任期は「2期4年」が通例、板野専務理事は3期目で4月末に任期を終えることになっていた。

毎日新聞の記事によると、4月6日の経営委員会に向け、前田会長が決めた人事案が封書に入れて2日付で委員に郵送された。この時点で板野氏は「退任」となっていた。記事は「6日の直前になって各委員に『無かったことにしてほしい』と事務方から連絡があり、6日の会合では理由の説明なしに人事案の文書は回収された」と書いている。

 経営委員会はNTT西日本社長だった森下俊三(しゅんぞう)氏が委員長を務め、財界人や学者など12人で構成されている。委員会は隔週火曜日に行われる。

4月6日の会合は役員人事の承認が予定されていた。文書が回収されたため、役員人事は審議されなかった。次の会合となった20日直前、新たな人事案が示された。人事の差し替えや板野氏の再任に異論が出た、という。人事案には井伊雅子・一橋大大学院教授、渡辺博美・福島ヤクルト販売会長の2委員が板野氏の再任に「若返りに逆行」などを理由で反対したが、賛成多数で承認された。

◆「べったり否定」の前田会長も

 板野氏は1953年生まれ、父は元KDD社長を務めた板野学氏。77年早稲田商学部からNHKに入り、経済記者から経済部長、経営会議事務局長などを経て2012年理事に就任、14年専務理事に昇格し、番組全般を統括する放送総局長を2年間務めた。安倍政権で集団自衛権など安保法制の賛否をめぐりメディアが揺れていた時期。毎日新聞は、当時の板野氏を「NHK関係者によると、15年には『個別の番組で政治的公平性を保つのが難しい』との理由で安全保障関連法案に関する複数の放送を見送るように指示し、16年3月には政権の方針に疑問を投げかける『クローズアップ現代』の国谷裕子キャスターの降板も主導した。NHK内では、いずれも当時の安倍首相の意向があったとみられる」と報じている。

 こうした振る舞いに当時の籾井勝人(もみい・かつと)会長も「やりすぎ」と警戒していたようで、板野氏は16年6月、子会社「NHKエンタープライズ」の社長に出された。ところが、会長が上田良一氏に変わると、専務理事に返り咲いた。この時も「官邸の差配」がうわさされていた。

 19年12月、会長に就任した前田氏は、記者会見で政権との距離を聞かれ、「どこかの政党とべったりする気はない」と語り、20年2月の副会長人事では安倍官邸の意向だった「板野副会長」を実現させなかった。

今回の人事差し替えについて、毎日新聞の記事は「放送行政に詳しい複数の自民党国会議員は『板野退任の人事案を知った首相官邸の幹部が、再任させるよう前田会長に強く迫ったと聞いている』と証言した」としている。

「政治と距離を置く」という姿勢を見せていた前田会長も抵抗できなかったということか。菅政権になってNHKへの風圧が一段と強まっていることが「人事差し替え」は物語っている。

◆NHKの黒川弘務

「NHKでの板野裕爾は、検察の黒川弘務(ひろむ)のようなもの」という話をNHKの人から聞いたことがある。最後は賭けマージャンで辞任に追い込まれた元東京高検検事長だが、現役時代は、官邸にとって検察を都合よく動かす大事な駒だった。

国有地格安払い下げや公文書改ざんが起きた森友学園事件、安倍首相の私物化が問題になった桜を見る会、首相と親しい記者が逮捕も起訴も免れた「詩織さん事件」など、度重なる検察の「甘い決定」の裏に当時の黒川検事長がいた。

検察もNHKもピラミッド組織である。現場を仕切る管理職には上層部の意向を忖度(そんたく)する輩(やから)が少なくない。「上がこう言っているから」という言葉が頻繁に飛び交うのが大組織だ。「官邸の代理人」を枢要ポストに置くことで、政権の意向を番組や事件捜査に貫徹させる。日本学術会議でも会員候補の任命拒否など、菅政権の特徴は強引な人事介入だ。

支持率が低下し、補欠選挙など国政選挙で敗北を重ねる菅政権にとってメディア対策は重要な課題になっている。普通ならできない東京五輪をあえて開催し、世の中の気分を一変させて総選挙になだれ込むという大博打に打って出た首相にとって、オリンピック報道がどうなるか、コロナ禍の五輪をメディアがどう描くかは「政権の維持」にとって重大は関心事となっている。

「大会が始まれば人々は熱狂する」と首相周辺は期待するが、そうなるにはNHKの「協力」が必要だろう。

前田会長がいったん決め、経営委員に送った人事案を撤回させる。そうまでして板野専務理事をNHKに残すことが政権にとって必要だった。いったい、誰がどのように前田会長に圧力を掛けたのか。

◆始まっている「犯人探し」 

NHKでは、かんぽ生命の不適切販売を報じた「クローズアップ現代+」に日本郵政から圧力が掛かり、経営委員会がその片棒を担ぐということも問題になった。

 今回の「人事差し替え」が表沙汰(ざた)になったのは、裏で巧みに行われる政治介入に抵抗する力がNHK内部に残っているということでもある。犯人探しが始まっているだろう。

筋が通らないことが、当たり前のように行われ、抵抗する者は排除する。そうした不正義を監視することは報道の役割ではないのか。

NHKは誰のためにあるのか。毎日新聞だけでなく、多くのメディアがこの問題に突き刺さることが、NHKを真の公共放送に立ち返らせることにつながるのではないか。

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