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中国・習近平「3選」賭けた総力戦-強権はコロナを制圧できるか
『山田厚史の地球は丸くない』第211回

4月 28日 2022年 国際

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

中国がコロナウイルスとの闘いで苦戦している。上海の都市封鎖は1週間で終わるはずだったが、1か月経った今も解除できない。ウイルスは首都・北京に広がった。封鎖には至っていないが、2000万人を対象にしたPCR検査が始まり、陽性者が次々と見つかっている。

湖北省武漢で発見された新型コロナウイルスは地球規模の感染を巻き起こし、死者はこれまでに米国で101万9000人、ブラジルで66万2000人、インドで55万2000人、ロシアで37万5000人に上っている。あちこちの国でおびただしい死亡が確認されたが、中国は4月26日現在、わずか4825人。

人口が10分の1にも満たない日本でも死者は2万9472人に上る(4月27日現在)。死者が5000人にも満たない中国の「感染防止対策」は群を抜く成功だったと見ていいだろう。

◆延々と続く外出禁止の「悪夢」

「死者が少ないことは体制の優位性を示すもの」と習近平国家主席は胸を張る。国民の命を守ることは政治の要。党の指導で人民が一つになる政治システムが未知のウイルスに勝利した。秋に予定される、5年に一度の共産党大会で国家主席3期目を目指す習にとって、「コロナ制圧」はわかりやすい功績となる。

武漢で感染を遮断した中国は、一度は「コロナを打ち負かした」と思われた。それが感染力の強いオミクロン株が現れて状況が変わった。地球にまん延したウイルスの侵入は防げなかった。開いた窓である香港は、大陸に比べて防疫体制が緩い。たちまちに大流行が起こり、9000人が死んだ。

隣接する広東省深圳市は3月14日から、市内すべての企業で在宅勤務に切り替え、あらゆる生産・営業活動を停止した。電子機器の受託製造で世界最大手の鴻海精密工業(ホンハイ)やアップルのiPhoneを製造する富士康科技集団(フォックスコン)などが止まった。深圳の封鎖は世界規模のサプライチェーン寸断につながる。市政府は3月21日、ロックダウンを解除したが、感染状況は予断を許さない。

上海市のロックダウンは3月28日に始まった。当初は市を東西に分けてまず西側から1週間封鎖し、次に東側を1週間封鎖。これでウイルスを排除する作戦だった。ところが感染は拡大するばかり。封鎖を市全域に広げた。VW(フォルクスワーゲン)を始め内外の自動車産業が集積し、中国全体の1割以上を生産する上海で、ほぼすべての自動車工場が止まった。

西は陝西省西安(旧長安)から北は遼寧省長春まで、中国全域にウイルスは広がり、22都市(4月14日時点)でロックダウンが行われている。

大がかりな都市封鎖が頻発するのは「動態ゼロコロナ」という徹底した感染対策を進めているからだ。陽性者が見つかれば、ただちに近隣を含め居住区をまるごと封鎖する。患者を施設に隔離し、同じアパートに住む居住者全員が概ね2週間の外出禁止となる。徹底したPCR検査を行われ、誰かが陽性と判定されると、そこからまた2週間の外出禁止。陽性者が発見されるたびに、振り出しに戻り、外出禁止の「悪夢」は延々と続く。

◆ゼロコロナ政策で募る人民の不満

安徽省蕪湖市や河北省沙河市など地方の小さな市では、たった1人の陽性者で市全体が閉鎖された。党中央から「徹底したコロナ封じ込め」が指示され、感染を広げると厳しい処分を受ける。市の上層部は過敏になり、陽性者が出ると、大騒ぎになるという。

オミクロン株は空気中に漂うエアロゾルに付着するウイルスで媒介され、感染しても無症状であることが多い。重症化は少ないが、厳重な防疫体制をくぐり抜けて市中感染を広げる厄介者だ。

アメリカでは「無症状・軽症が多い」特性から「日常の回復」に配慮し、「行動規制」が撤廃された。ワクチン接種の普及とあいまって6割近い人々が社会的免疫を獲得したという。

武漢で新型コロナが猛威を振るい、死者が多発した時、中国における感染症研究の第一人者・鍾南山博士が現地に入り、徹底した検査と隔離で抑え込んだ。行動制限が威力を発揮し、欧米などではまねできない「中国式統治の優位性」が明らかになった。

感染すると重症化し、肺の機能不全から死へとつながるデルタ株のようなウイルスには「強権発動による行動制限」は有効だった。オミクロン株の登場で、「広く薄い感染」が主流になって事態は変わった。

PCR検査で陽性がわかれば直ちに隔離、という措置は、無症状で元気な人には耐えがたいストレスを与え、周辺の人まで家に閉じ込める暮らしは、社会を痛撃する。生産や流通を妨げ、経済活動を鈍化させた。中国国家統計局の発表では、1~3月のGDP(国内総生産)は前年同期比4.8%増にとどまった。

アメリカの国際政治学者イアン・ブレマー氏が率いる調査会社ユーラシアグループは、世界が2022年に直面するリスクの筆頭に「中国ゼロコロナ政策がもたらす混乱」を挙げた。武漢で成功したこのゼロコロナ方式は、今では経済混乱を招き、人々の不満をかき立てることになると予言した。

◆科学的合理性を押しのけて進む強権政策

上海など大都市では自宅に閉じ込められた人たちの怒りがSNSを賑わしている。夜中に窓を開けて叫ぶ人々の声が、高層住宅の立ち並ぶ封鎖都市に地鳴りのように響きわたる。そんな映像があちこちから発信され、当局が消しても消し切れない動画がネットで拡散しているという。

秋の共産党大会を控え、習近平体制は「統治の優位性」を示す証左として「コロナ制圧」を掲げたい。強権で都市を封鎖し、人民を自宅に閉じ込めて感染を抑える。人々の憤懣(ふんまん)と経済停滞で社会が不安定になっても、この路線は揺るぎなく続ける。

武漢制圧の功労者である鍾南山博士は「(行動制限を)長期的に追い求めるのは困難」「ウイルスの性質が変化したので、求められる対策も変わる」と政策転換を促す論文を中国科学院の学術誌に発表した。ネットでは好意的に転載されたが、当局のチェックが入り、転載記事は次々と削除された。当局の方針と異なる見解は混乱を招く、と警戒したのだろう。

科学的合理性を押しのけて進む政策は、果たして成功するだろうか。ウイルスを抑え込んできた中国は、社会免疫が十分にできていない。無垢(むく)な人体が億の単位でひしめく大国は、ウイルスにとって「絶好の培養基」だ。権力はコロナに勝てるのか。強権を振るえば振るうほど、人心は離反し、経済は停滞する。都市封鎖をあざ笑うようにウイルスは広がるかもしれない。その時、習近平政権はどうなるのか。

総力戦の結果は、党大会を待たず明らかになるかもしれない。

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