п»ї 成果のない安倍元首相がなぜ国葬?-「外交」淡い願望の惨めな結果 『山田厚史の地球は丸くない』第217回 | ニュース屋台村

成果のない安倍元首相がなぜ国葬?-「外交」淡い願望の惨めな結果
『山田厚史の地球は丸くない』第217回

7月 22日 2022年 政治

LINEで送る
Pocket

山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

安倍晋三元首相の葬儀は「国葬」になるという。吉田茂首相を最後に、政府は「国葬」をやめていたが、復活して行う、という。

どのような人物なら税金を投じる「国葬」に値するか、基準はない(制度がないから規定などない)。政治家の国葬はさしずめ「国民栄誉賞・政治家部門」ということだろう。

岸田首相は、①憲政史上最長の8年8か月にわたり卓越したリーダーシップと実行力をもって総理大臣の重責を担った②海外でも知られ高い評価を得ている③凶弾に倒れ非業の死を遂げた――などを理由として挙げた。

「権力の座に長くいた」「外国の首脳からたくさんのお悔やみが寄せられた」「暴挙を許さぬ姿勢を示そう」ということである。

◆安倍の「歴史に残る実績」は何か?

政権に長くいたことが「偉業」と言えるだろうか。選挙に強く、不人気だった自民党を政権に復帰させたことは、自民党にとっては功績かもしれない。ならば盛大に「自民党葬」をやればいい。外国からの「お悔やみ」も、気の毒な事件へのリアクションだろう。故人を持ち上げる社交辞令もあるだろう。許し難く残念な死ではあったが、「犯罪被害者」を、国を挙げて弔うというのは筋が違うように思う。

政治家の「国葬」なら、多くの国民が納得できる「歴史に残る実績」があってこそ、ではないか。

吉田茂は戦後日本の礎となる「憲法」を定め、諸外国と講和を果たした。次の鳩山一郎はソ連(当時)との国交回復、岸信介はアメリカとの安全保障条約を締結、池田勇人は高度成長に道筋を付け、田中角栄は日中国交回復を成し遂げた。戦後史に刻まれる業績を残した首相は少なからずいるが、吉田を最後に国葬はない。

あえて国葬を復活するのならば、歴代首相をしのぐ「政治家としての実績」が必要ではないか。

安倍晋三元首相の業績とは何か? 財務官僚は「消費税を2度上げて10%に引き上げた」と指摘する。これは国葬に値する業績だろうか。アベノミクスでデフレからの脱却を図った。10年経っても「道半ば」とされるが、成果の前に「財政・金融同時破綻(はたん)」が心配されている。

外国からの評価はどうだろう。各国首脳から温かいメッセージが届いている。仲がよかったアメリカのトランプ前大統領、ロシアのプーチン首相や、戦略的互恵関係という微妙な距離感を保った中国の習近平主席から「お悔やみ」が寄せられた。

安倍外交は「プーチン命、トランプべったり、付かず離れず習近平」だった。

◆「北方領土の返還」に野心

ロシアを11回訪れ、27回会談したプーチンとの関係が安倍外交の軸だったと思う。政治家・安倍晋三は後世に残す仕事として、「北方領土の返還」に野心を燃やしたのではないか。だが、ロシアを危険視するアメリカを甘く見ていた。

プーチンはリアリスト(現実主義者)である。安倍の誘いに乗るように見せかけ、日本から経済協力を引き出し、対ロ経済制裁に風穴を開けた。

安倍は2020年、ロシア憲法が書き改められて「領土割譲禁止」が盛られるまで、プーチンに淡い期待をつないでいた。

外務省がプーチンの真意に気づいたのは、2016年の「長門会談」の前後とされる。

アメリカが首を縦に振らない限り交渉は進まない、と気づきながら、「トランプさえ口説き落とせば道は開ける」と諦めない「安倍官邸」を止めることはできなかった。

2018年11月のシンガポール会談で「4島一括返還」を諦め、歯舞・色丹の2島の返還でもいい、と安倍は譲歩したが、ロシアは態度を変えなかった。緊張をはらむ米ロ関係の現実を考えれば、「返還された島に米軍施設ができるようなことはない」と安倍が言ったところで空念仏に過ぎない、決めるのは米国である。

北方領土に目を付けたのは、当時の首席秘書官、今井尚哉(たかや)とされている。「歴史に残る業績」は当初、「拉致被害者の救出」だった。政治家として注目を集めたのは、拉致問題での強硬姿勢だった。拉致被害者を取り戻せるのは安倍、という期待感があった。ところが、北朝鮮は一切、相手にしなかった。

2006年の日朝平壌宣言を受けて一時的に帰国した拉致被害者を日本に留め「北朝鮮への帰国」を阻んだのは、ほかならぬ当時の安倍官房副長官だった。

交渉の現場にいた両国の外交官は立場がなくなり、信頼のパイプは途絶えた。側近だった北村滋内閣情報官や小泉首相の秘書官だった飯島勲内閣官房参与などを送ったが、「安倍は約束を守らない政治家」とする北朝鮮は動かず、交渉の糸口さえ見いだせなかった。

北方領土への関心は、窮余の一策だった。エネルギー畑の経産官僚だった今井は、資源が豊富なシベリアは日本の新天地と考えた。安倍は祖父・岸信介が商務大臣のころ、満州経営に乗り出した縁もあり、今井の大風呂敷に乗った。

2014年2月、冬季五輪が行われたソチでプーチンと会い、経済協力を提案した。シベリアは歴史的にも中国とロシアが争ってきた大地だ。人口がまばらで投資も少ない。放置すれば中国主導の開発になりかねない。プーチンは日本の資金と技術をほしいに決まっている。そこに勝機がある、と経産官僚らしい発想だった。

ソチ会談の直後、ロシアはクリミアに侵攻し、第1次ウクライナ紛争が勃発する。先進国は対ロ経済制裁を断行。ならば日本は、直前に提案した経済協力を取り下げるのが常道だが、安倍は逆に舵を切った。経済制裁は形だけにとどめ、窮地に立つプーチンに助け舟を出した。「領土交渉」を有利にしようとしたのである。

プーチンは喜んだが、アメリカのオバマ大統領は激怒したという。日本は制裁破りでシベリア権益を狙っている――。

2016年5月、安倍は再びソチでプーチンと会う。アメリカの制止を振り切って首脳会談を行い、「経済協力8項目」を提案する。資源開発からロシア人の健康寿命の増進まで、プーチンを喜ばす援助政策を並べた。

外務省は、安倍官邸がプーチンにのめり込むのを冷ややかに見守った。外交の主軸は日米だ。アメリカの感情を逆立てる領土交渉はやがて行き詰まる、と見ていた。

◆「交渉が続いているふり」

「プーチンを籠絡(ろうらく)すれば北方4島は返ってくる」。「シンゾウ・ウラジーミル」の関係でロシアに「ウン」と言わせる。周りにおだてられ、安倍は盛り上がる。ゴールは2016年12月の「長門会談」。選挙区の山口県長門市の温泉旅館にプーチンを招き、酒と料理でもてなして「ウン」と言わそうという接待大作戦である。

暗転は、準備会合で起きた。安倍の名代・谷内(やち)正太郎国家安全保障局長(元外務次官)が11月、モスクワを訪れた。交渉相手はプーチンの腹心・ペトロシェフ国家安全保障会議書記。「返還される島に米軍施設ができることはないだろうね」と念を押したペトロシェフに、谷内は「ないとは言えない」と答えた。

日米安保条約に伴う日米行政協定で、「米国は日本の施政権が及ぶ地域に軍事施設を置くことができる」となっている。米軍が、返還された島に、基地を造ることを安保条約は認めている。

谷内は訪ロする前に、米国とすり合わせを行っていた。ロシアに「原則論」を主張するのは当然のことだった。

直後、ペルーのリマで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で顔を合わせたプーチンは、「君の腹心が、米軍基地ができると言った。これでは話が終わる」と告げた。あくまで原則論で、そのようなことがないようにする、と安倍は釈明したが、プーチンは応じなかった。

翌12月、長門会談にプーチンは2時間半遅れてやってきた。「返還された島の米軍基地」は進展せず、プーチンを籠絡するはずだった接待は凍りついた。

記者会見でプーチンは「あの地域には重要な軍港が二つある、その出口に施設ができたらどうなるか」と不満を述べた。

北方領土交渉は、事実上「長門会談」で終わった。その後は「交渉が続いているふり」のつじつま合わせだったが、「4島が返ってくる」という淡い幻想が振りまかれた。

◆国民への背信行為

安倍が頼ったのはトランプである。長門会談と前後してオバマは任期を終え、トランプが大統領に就いた。安倍の暴走を不愉快に思うオバマが去れば、米国の態度も緩むかもしれない。またしても、淡い期待から「トランプ籠絡作戦」にのめり込む。

2016年11月、安倍はニューヨークのトランプタワーを訪れ、特注品のパターを土産に非公式会談を行った。オバマがまだ大統領職にある時に、次期大統領に会いに行くなど、外交のルール違反である。

プーチンには「基地を造らないことは米国も了解した」と伝えたとされるが、「米大統領が署名した紙で約束しない限り信用できない」と、取り合わなかったという。

こうしたやり取りは、すべて水面下行われ、公にされることはなかった。

翌17年5月、ウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムに出席した安倍は、プーチンを前に

「ウラジーミル。君と僕は、同じ未来を見ている」「ゴールまで、ウラジーミル、2人の力で、駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか。平和条約を結び、両国国民が持つ無限の可能性を、一気に解き放ちましょう」という有名なスピーチをした。交渉は座礁したまま。何も知らない日本人向けのスピーチだった。

とっくに終わっている北方領土交渉を、まだやっているふりをする、国民への背信行為ではないか。

◆「お坊ちゃん外交」総括すべき

日米安保条約がある以上、安倍が「大丈夫」と言っても、米軍は基地を造れる。領土交渉は「日米安保」によって阻まれた。返還を実現するなら、日米地位協定を改定する強い意志が欠かせない。

この協定は沖縄や首都圏で米軍による治外法権を認める根拠となり、独立国として再検討が必要とされている協定である。

協定を書き換えて領土返還を実現したのなら、安倍晋三氏は「国葬」に値するかもしれない。

返還はプーチンの腹次第、プーチンと仲良くすれば領土が返ってくるかもしれない、と期待する未熟な外交は、国益を損なうものではないか。

交渉が破綻してもプーチンが付き合ってくれたのは、「安倍との友情」ではない。日本を引きつけておけば、先進7カ国(G7)の対ロ包囲網に穴が開く。経済協力8案件は、ロシアにとって都合がいい。

プーチンは、アメリカは領土返還を認めない、と読んだ上で、安倍の誘いに付き合い、いいとこ取りをした。外交は冷徹なゲームなのだ。

日本は島が返ってこなかっただけでなく、トランプの機嫌を取るために米国の軍産複合体が生産する兵器を爆買いした。そこまで尽くしても、トランプは「北方領土」を応援してくれなかった。米ロの緊張は首脳同士のじゃれ合いでは片付くほどの軽いものではない。トランプはほとんど関心がなかったが、大事なことには国務省が出てくる。「ウン」というハズはない。

これが安倍外交の実態だ。あちこちにいい顔をして、何も成果が出なかった「お坊ちゃん外交」を、この際、きちんと総括すべきではないか。(文中敬称略)

コメント

コメントを残す