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日銀の「基調的な物価上昇率」は本当に基調的なのか
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第77回

9月 09日 2024年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

日本銀行は、2016年以来、「生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価」(いわゆるコアコア消費者物価、以下「コアコア指数」)を「基調的な消費者物価」と呼び、重視する姿勢を示してきた。

「展望レポート」(経済・物価情勢の展望)の物価見通しにも、従来の「生鮮食品を除く消費者物価」(いわゆるコア消費者物価、以下「コア指数」)に加え、20年4月からコアコア指数を参考指標として掲載してきた(ただし、21年4月からの1年間は掲載せず)。

24年3月の金融政策決定会合では、消費者物価の基調的な上昇率が「物価安定の目標に向けて徐々に高まっていく」としたうえで、「見通し期間終盤(筆者注:2026年度)にかけて『物価安定の目標』が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」との理由を挙げ、異次元緩和を解除した。

しかし、物価の動向を客観的に眺めれば、コアコア指数が物価の「基調」を表しているようには見えない。エネルギーや生鮮食品を計算から除外するために、物価の判断が歪(ゆが)められているように見えてならない。

◆異次元緩和を正当化した「コアコア指数」

まず、経緯を簡単に振り返っておこう。日銀が「物価安定の目標」という場合、対象とする物価指標は基本的に消費者物価指数(総合)である。消費者の生活に最も密接に関連する指標だからだ。

ただし、指数を構成する品目の中には、価格が不規則に変動するものがある。例えば野菜や果物の価格などは天候の影響を受けやすい。そこで、その時々の金融政策の判断に当たっては、一時的な価格変動を起こしやすい品目を除く指数を重視してきた。

この政策フレームワークで、その役割を担ったのが「生鮮食品を除く消費者物価」すなわちコア指数だった。

2016年9月、日銀は、この指標を上書きするかたちで、コアコア指数を「基調的な物価上昇率」と定義した(「総括検証」<「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証>による)。その結果、コア指数とコアコア指数の位置付けが変わり、以後、後者を重視するウェートが増した。

金融政策の運営に当たり、どの物価指標を重視するかは、もっぱら実践的、実証的な課題である。適切な検証を経て得られた結論であれば、指標の変更に特段の問題はない。当時は、エネルギー価格の振れが強く意識されていたのだろう。

だが、16年9月は微妙なタイミングだった。当時の日銀は、13年4月に掲げた「2年程度で物価目標2%を実現する」との目標をいっこうに達成できないでいた。政策手段として導入した量的緩和も限界に達し、16年1月にはマイナス金利、9月にはイールド・カーブ・コントロールの導入に追い込まれていた。

そうした中でのコアコア指数の強調だった。総括検証では、コアコア指数の前年同月比が2年半以上にわたりプラス圏で推移しているのを根拠に、「『物価が持続的に下落する』という意味でのデフレではなくなった」と、異次元緩和を高く評価した。日銀にとって、コアコア指数は異次元緩和の成果を示す重要な指標だった。

では、それまで日銀が重視していたコア指数の動向はどうだったか。参考1が、コア指数とコアコア指数の上昇率の推移である。コア指数は、15年夏から前年比マイナスに転じ、総括検証を行った16年中は一貫して前年割れにあった。

このタイミングでのコアコア指数の強調は、日銀にとって都合のよい話だった。従来のコア指数のままでは、異次元緩和の成果を誇ることはできなかった。以後、日銀の物価見通しと金融政策の判断は、コアコア指数の動向を中心に述べられることとなる。

(参考1)コア指数、コアコア指数の前年同月比推移

(出所)総務省「消費者物価指数」をもとに筆者作成

◆4年後、コアコア指数もマイナスに

しかし、コアコア指数も、約4年後の2020年8月には前年比マイナスに陥り、20カ月もの長期にわたり前年割れに沈んだ(前掲参考1)。「総括検証」に掲げた日銀自身のデフレの定義に従う限り、4年前の宣言は拙速だったことになるだろう。

「デフレでなくなった」と本当に言えるとすれば、世界的に物価が高騰した22年春以降のことであり、それも今後を確認しないと断言できない。

もちろん、20年8月からの前年割れには、新型コロナの感染拡大という特殊要因が影響している。しかし、それを言うならば、白川日銀時代の物価も、リーマン・ショックや東日本大震災という特殊要因の影響を強く受けていた。白川日銀時代の物価下落を強く批判して始めた政策であった以上、異次元緩和の期間だけ特殊要因を強調するのはアンフェアだろう。

◆なぜ「基調」を表しているとは言い難いのか

かくしてコアコア指数は日銀の物価判断上、大きなウェートを占めるようになった。しかし、この指数は本当に「基調的な」物価上昇率を表しているのだろうか。

物価の「基調」を把握する目的で、消費者物価(総合)の計算から除かれるべき品目は、2つの条件を満たす必要があると考えられる。第1に価格の振れが大きいこと、第2にその品目に強い上昇トレンドや下降トレンドがないことである。

第2の条件を補足しておこう。分かりやすくするために、極端な例を考えてみる。物価目標2%のときに、価格の前年比が+10%から+30%の間(平均+20%)で大きく振れる品目があるとしよう。消費者物価指数(総合)からこの品目を除いた指数を作成すると、この指数は消費者の生活の実態から大きく乖離(かいり)してしまう。

消費者にとっては、平均+20%で上昇する品目も生活費の一部である。これを除いて計算した指数を実態とみなせば、インフレの過小評価に陥る。

参考2は、コアコア指数とエネルギー、生鮮食品の各指数の推移である。グラフから分かるように、エネルギーも生鮮食品も価格の安定期は、1990年代から2000年代前半の一時期に限られ、その後は振れを伴いつつも、明瞭な上昇トレンドにある。

(参考2)コアコア指数、エネルギーおよび生鮮食品の指数の推移

(出所)総務省「消費者物価指数」をもとに筆者作成

エネルギーや生鮮食品の価格指数がなぜこのような強い上昇トレンドを示すかは、必ずしもはっきりしない。エネルギーは、地政学リスクや保護主義の高まり、あるいは円安傾向から強い影響を受けている可能性がある。生鮮食品は、気候変動の影響を受けているのかもしれない。

ともあれ、強い長期トレンドをもつ品目を計算から一律除外すると、実態から遠のく。現在のコアコア指数は、上述の第1の条件は満たすものの、第2の条件を満たしていない。第1の条件は、統計的な「外れ値」(注1)を取り除く趣旨だが、品目の価格の動向に明瞭なトレンドがある場合には、外れ値だからといって安易に取り除いてはならないということだろう。
(注1)「外れ値」とは、データの中で他の値と極端に離れた値をいう。

目標とする物価の指標と、消費者が現実に直面している物価との間に乖離が生まれれば、金融政策の判断に歪みが生じる。グラフを見る限り、現時点で最も適切な物価指標は消費者物価指数(総合)に見える(注2)。
(注2)後述参考3のグラフが示すように、消費者物価指数(総合)とコア指数の間の乖離は小さい。問題は、消費者物価指数(総合)とコアコア指数の間にある乖離である。

もちろん、エネルギーも生鮮食食品も価格の振れがあるので、月々の消費者物価(総合)の動向を鵜呑(うの)みにすることはできない。だが、除外すべきは、エネルギーあるいは生鮮食品といった品目全体ではなく、それぞれのトレンドからの乖離値でなければならない。必要ならば、統計技術的な工夫を凝らして、そうした計算を行うことも可能だろう。

しかし、物価目標はもともと柔軟に考えるべきものである。そもそも目標の「2%」に、絶対的な根拠があるわけではない。異次元緩和のように、物価目標を絶対視する政策姿勢の方がむしろ不自然だった。消費者物価指数(総合)の動向を基本に据えつつ、様々な情報を勘案して柔軟に判断する姿勢が重要である。

◆3%近い上昇が続いてきた日本の物価

参考3が足元の物価上昇率の動向だ。最近は、消費者物価(総合)とコアコア指数の前年同月比の乖離が著しい。エネルギー価格が大きく上昇したからだが、上述のとおり一定の上昇トレンドをもつことを踏まえれば、コアコア指数を「基調的な」物価上昇率とみなすのは危うい。

(参考3)消費者物価(総合)、コア指数、コアコア指数の前年同月比推移

(出所)総務省「消費者物価指数」をもとに筆者作成

消費者物価(総合)は、2022年春以降、おおむね前年比3%前後の上昇を続けている。

筆者はもともと「物価2%」を高すぎる目標とみているが、それは別にしても、消費者物価指数(総合)は日銀のいう目標値(2%)を長く上回り続けていることになる。

考えてみれば、世界の物価が劇的なインフレに見舞われてきた時期に、日本の物価だけが低位で落ち着いているとみなす方が不自然だったのではないか。日本も十分なインフレ状態にあったと理解すべきだろう。

日銀は24年7月の展望レポートで、コアコア指数の前年度比見通しを24年度+1.9%、25年度+1.9%、26年度+2.1%とした。3か月前の見通しと全く同じ値にとどまった。にもかかわらず、日銀は、同月の金融政策決定会合で利上げを実施した。その理由に、輸入物価の上昇リスクを挙げた。

輸入物価の上昇リスクを反映しているのは、コアコア指数の見通しでなく、消費者物価(総合)の実績の方である。消費者物価(総合)は、足元、前年度比2%台後半で下げ止まっている。コアコア指数にこだわったために、インフレを過小評価し、正常化のタイミングが遅れた可能性を示唆している。

これは、次の正常化のタイミングを失するリスクにもつながる。参考3が示すように、コアコア指数は、消費者物価(総合)やコア指数に対し、半年から1年程度の遅行性がある。

もし将来、コア指数の前年比が2%を割れるようなことがあれば、どんなにコアコア指数が2%を超えていても、正常化への次の一歩を実行するのは難しくなるだろう。これまでコア指数とコアコア指数を使い分けてきた日銀だが、それが裏目に出てくるということだ。

もとを正せば、異次元緩和を正当化する指標として、コアコア指数を「基調的な物価上昇率」と定義したことから始まった。「基調的な物価上昇率」と呼ぶにふさわしい物価指標は何か。さらなる検討が待たれる。

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