п»ї 香港のリセッションへの懸念 『国際派会計士の独り言』第38回 | ニュース屋台村

香港のリセッションへの懸念
『国際派会計士の独り言』第38回

1月 14日 2020年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

photoオーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

香港の大みそかは、ビクトリア湾に映る花火と「100万ドル」と称される夜景との競演も相まって世界中のカウントダウンの中でも華やかさでは屈指のものだと思います。また、香港で一般的に話される広東語、英語など様々な言語が入り乱れて若者達を中心にビール片手に熱狂の中で祝うというのも、ランカイフォン(蘭桂坊)など香港の繁華街の暮れの風物詩とも言えます。毎年大みそかに数十万人の観客を集めて恒例となっていた、ビクトリア湾の年越し花火が昨年暮れは、治安面を考慮して中止となり、香港市民を落胆させました。

筆者は昨年12月初旬に香港を訪れました。本稿では、混乱が続く香港の政治的な側面ではなく、経済面の状況を、香港経済とは切っても切れない不動産市場からの視点を含めて紹介したいと思います。

◆正月恒例のデモ行進に100万人超

昨年は、春に提出された香港政府による逃亡犯引き渡し条例改正案から始まった多数の市民の反発に端を発して、更に強硬な学生など若者を中心とした民主化デモとそれを取り締まろうとする警官隊の小競り合い、そして過激な運動に転換した学生達の拘束など騒動が数か月も続いたことは、国際的な注目を集めた懸念の一つでした。

11月末に行われた香港区議会選挙は香港市民の注目の高さを示し、71%を超える投票率を記録。結果として民主派が勝利し、香港メディア「香港01」によると、452議席中388議席を獲得し、民主化を望む香港市民の民意を示しました。拘束されていた学生達も解放されたもようで、民意の支えもあって12月中の民主派と警官隊の衝突は小競り合い程度に終わり、いくぶん鎮静化しているように感じられました。

しかし、正月恒例のデモ行進は、最初は平和的に行われていましたが、主催者発表で103万人超が参加。元日のデモとしては1997年の中国返還後、最大規模となりました。警察とデモ隊の衝突に発展し、警察は420人を拘束するなど新年から荒れる展開となりました。現在はやや落ち着きを取り戻しているようですが、騒動の本質的な問題解決にはなっていません。

香港は一国二制度の下で独自の通貨や法制度もあり、世界有数の国際金融都市としてその地位を維持してきましたが、その地位が揺らいでいるのかもしれません。一昨年来の米中貿易摩擦や民主化要求デモが大きく響いたようで、去年の第3四半期(7~9月)の経済成長率はマイナス3.2%と景気後退局面に入っています。

◆損なわれつつある経済の強み

こうした要因の一つに、中国本土からの旅行者の激減にあると思います。2018年度の香港への中国人訪問者数は5100万人(このうち日帰り訪問者は3100万人)です。筆者が以前香港に行った時の印象では、繁華街やデパートなどは中国本土からの短期旅行者であふれかえっていました。中国本土からの旅行者の消費が、金融業や運輸・物流業とともに、香港経済の柱の一つになっていたと思います。

ところが、昨年11月に訪問した際はデモによる混乱などにより、中国本土からの旅行者はほとんど見かけませんでした。香港商務経済発展局によれば、2019年第3四半期の香港への訪問者数は前年同期比で26%減でした。これにより、小売業、宿泊業、外食産業、テーマパークなどの娯楽業などがかなり打撃を受けているとみられます。

長い間高止まりしてきた香港の不動産取引も、多少影響を受けているもようです。住宅用不動産の下落率は1%以下程度で、デモの影響は他のセクターなどと比べるとまだ軽微だと言えそうです。ただ、中古不動産市場は15%ほど下落しているとの報告もあります。これに対し、高級住宅用不動産は、取引数量が少ないという懸念材料はあるものの相場は維持しているといいます。デモに伴う混乱にもかかわらず香港の不動産には一定程度の中国マネーが入っているもようで、不動産セクターへの影響はこれまでのところ小さいとみられます。

視点を変えてみると、長らく国際金融センターの一角として位置付けられていた香港の基盤が揺らいでいるのかもしれません。香港の金融保険業の多くは従来から地域統括拠点的な位置付けで、特に中国本土へのゲートウェーとして情報と資金が集まり、それを再投資するなどして利用することが強みの一つでした。

資金面で言うと、米ブルームバーグ通信は、4000億円以上の香港系を含むヘッジファンドなどの資金が香港からシンガポールへ流出したのではないかと報道しています。人の動きの面では、香港には、香港市民約750万人に対して約70万人の外国人が主に企業の駐在などで住んでいます。そのうちのかなりの人数が金融保険関係に従事していると考えられ、一部はシンガポールへの転勤や母国への帰任を望んでいるという声も最近聞きました。

このように、大きな影響を受けている業界とそうでもない業界のまだら模様がありますが、全体的にみると経済的な打撃は大きく、香港経済は一連の騒動によって景気後退局面(リセッション)に陥っていると言えます。

過激化する民主派の抗議デモと、治安維持を錦の御旗に取り締まりを強化する警官隊との衝突で、香港がこれまで有していた経済的な強みが徐々に損なわれていくのではないかと危惧(きぐ)します。中国政府が影響力を行使する香港政庁とデモを主導する民主化を求める市民との対話がスムーズに進み、香港が従来の輝きを取り戻すことを切に願っています。

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