п»ї 可能性残る「ちゃぶ台返し」 英国はEUから離脱できない? 『山田厚史の地球は丸くない』第132回 | ニュース屋台村

可能性残る「ちゃぶ台返し」 英国はEUから離脱できない?
『山田厚史の地球は丸くない』第132回

1月 18日 2019年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

メディアは連日、英国の大混乱を報じている。テリーザ・メイ首相が苦労してEU(欧州連合)と折り合った「離脱協定案」を下院はダブルスコアで蹴った。更に首相は不信任案を突き付け、辛うじて否決したが票差は19票。既にレームダック状態かのように伝えられる。
新聞を読みながら、本当だろうか、と疑っている。英国政界の右往左往ぶりを岡目八目で見ていると、別のシナリオがあるように思えるのだ。「再投票で離脱撤回」である。

◆民意の変化を待つ? メイ首相

多くの人は「今さらそんな」という反応だが、議会の大混乱は「もう一度国民投票を」に向けた前戯とのように見える。

「メイ首相は一度決めた事を蒸し返すようなことはしない、これは民主主義の問題だ、と言ってますよ」という人は多い。新聞もそう書いている。だから怪しい。私は3年間、ロンドンに駐在したが、英国人(特にエリート層)が公衆に向けて言うことは「きれいごと」が多い。なるほどと思わす建前論を格調高く語る。だが聞き慣れてくる「またあんなことを言って」とウンザリするのだが。

同じアングロサクソンでも率直なアメリカ人と英国のエリートは全く別物だ。

テリーザ・メイは地域の優等生を集めたグラマースクールと呼ばれる公立校からオックスフォード大学に進んだ。市民活動家だった司祭の父に影響され12歳で政治家を志したという庶民派だが、保守党で頭角を現す中で支配層のネットワークに組み込まれたのだろう。内相という重要ポストをこなすには支配層の後ろ盾が必要で、英国の保守政界とはそういうところだ。

雑貨屋の娘から身を起こしたサッチャー首相がそうだったように、庶民から吸い上げれた政治家には支配層に忠実な人が少なくない。メイ首相は内相の頃、「EU離脱」には否定的だった。首相になり、個人の考えを封印して見事なほど「離脱」に向け精力的な取り組みを始めた。彼女の言う「英国の民主主義」である。国民投票で決めたことに従うのは首相の役目という。立派な決意だが、美しい建前の包み紙のなかで彼女は何を考えているのだろう、と気になった。

最近の大混乱を目の当たりにして、「やはりメイは国民投票をやり直しさせるつもりだ」と思うようになった。

「離脱協定案」は激変緩和措置である。国境管理などヒト・モノの往来や関税処理などを円滑にするためだが、離脱派にとっては「生温く」、離脱阻止派には「認めがたい」ものだった。賛成202票、反対432票という結果は「否決されることを知りながら持ち出したダミー」でしかない、ということだ。

「EU離脱なんてとんでもない」とメイは思っているのだろう。首相になって認識が変わるとは思えない。「民主主義を尊重」「再投票はありません」と言いつつ、民意の変化を待つ。離脱がいかに利に合わないか、どんな混乱が始まるか。人々の想像力が追い付くよう布石を打ちつづける。それが首相の仕事だと考えているのではないか。

◆国民投票再実施も?

メディアは表層の「大混乱」を報ずるが、メイの仕事の半分は片付いた。世論調査で「離脱反対」が過半数を超えた。

国民投票運動の最中、労働党の女性政治家が右翼の暴徒に殺された。彼女は「離脱は英国の国益に沿わない」と訴えていた。

左翼の労働党は「離脱反対」である。保守でもシティの金融資本家や産業資本は「離脱反対」である。英国は今や「貸座敷業」が経済を支えている。金融街は米国、欧州諸国、アジア、日本の銀行証券が軒を並べ、繁栄を支える。製造業は日本の自動車や電機など外国勢が英国を拠点に大陸へ輸出する製造基地にしている。EUから飛び出せば、産業基盤は崩れてしまう。

急激に進んだグローバリズムと新自由主義に沿った政治がもたらした格差の拡大。そんな中でキャメロン政権は緊縮財政を敢行した。福祉や行政サービスを削り、セーフティネットに穴が開いた。人々の不満や不安が広がると、目先の敵を移民労働者に向け、政治が悪いのはブリュッセルに本部を置くEUの官僚に権限を持たせているからだ、と煽(あお)った。「離脱を問う国民投票」は、怒りの矛先をEUに向けるキャメロン政権の火遊びだった。

キャメロンや大学時代の仲間、ロンドン市長だったボリス・ジョンソンやデマ情報で大衆を扇動した英国独立党のナイジェル・ファラージ党首など排外主義ポピュリストが人々の不満に火をつけた。

民意の暴走が、英国の将来に関わる決定を下した。ビックリしたのは支配層だ。駐日の英国外交官なども「英国にとって離脱などありえない」と語っていた。

さて、現状の大混乱だが、労働党も保守党本流も「EU残留」である。世論はまだ真っ二つで、排外的な空気は衰えてはいない。

メイ政権は、離脱が混乱を招くことを国民に印象付けることには成功した。次は英国社会の政治的和解である。メイ政権とジェレミー・コービン党首が率いる労働党は「EU残留」では同じだが、政治的には敵対している。労働党にとって保守党を追い落とすチャンスでもある。

EU離脱の「ちゃぶ台返し」と「政権争い」がもつれるように進むだろう。

いずれにせよ、どこかで国民投票を再度行うことになる、と私は見ている。合意無き離脱に突っ込んでしまうと取り返しがつかない事態になる。3月29日の期日を先延ばしし、激情を冷まし、再投票の機会を探ることになるだろう。

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