古川弘介(ふるかわ・こうすけ)
海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。
◆はじめに
日本の財政赤字は慢性化し、債務残高対GDP(国内総生産)比は2倍を超えて先進国中最悪の状態である。にもかかわらず、財政破綻(はたん)の兆しはなく、長期金利の高騰も見られないのは「謎」であると言われて久しい。
標準経済学は「謎」に対する納得のいく答えを出せていない。一方、「謎」は存在しないと言うのは、MMT(現代貨幣理論)である。MMTは「自国通貨建て国債はどれだけ発行してもデフォルト(債務不履行)の心配はない」と主張する。そして、標準経済学の「貨幣は商品から生まれた」とする貨幣観(商品貨幣説)を、貨幣の起源は債権・債務関係にある(信用貨幣説)として批判する。
経済学は、学派に分かれている。ここでいう標準経済学(主流派経済学)は新古典派経済学を指す。対抗するのがケインズ経済学(非主流派経済学)である。新古典派とケインズ経済学は、貨幣観が異なる。なお、MMT派はケインズ経済学の一学派(ポスト・ケインジアン左派)である。
貨幣論をめぐる論争は、信用貨幣説の方が説得力がある。しかし、MMTの主張には違和感がある。そこで、同じ信用貨幣説に立ちながらMMTとは異なる見解を探そうとして、下記の3冊の本を見つけた。
・人類学者のデヴィッド・グレーバーの『負債論―貨幣と暴力の5000年』
・経済学者の金井雄一(名古屋大学名誉教授)の『中央銀行はお金を創造できるか―信用システムの貨幣史』
・英国の中央銀行であるイングランド銀行の公式本『経済がよくわかる10章』
3冊の本は、それぞれ「人類学」、「経済学」、「金融実務」から貨幣を捉えており、「信用」に軸足を置く点が共通している。すなわち――(人類学の視点→)貨幣の始まりは「信用」/(経済学の視点→)貨幣を「信用」から捉える/(金融実務の視点→)「信用創造」と「信用システム」を重視――である。これらのつながりを検討することで、もう一つの選択肢の存在が姿を表す。キーワードは「信用」だ。
全体の構成は――(1)信用貨幣とは何かを明らかにする(2)信用の視点から主流派経済学の貨幣観の問題点を検討する(3)信用の視点からMMTに内在する問題点を考察する――である。複数回に分けて考察したい。本稿は全体の概論であり、3つの視点について説明したい。
◆人類学の視点
⚫️グレーバー『負債論』
デヴィッド・グレーバー(1961〜2020年)は米国の文化人類学者である。社会問題に対する積極的な発言で知られており、2011年の「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動では指導的な役割を果たし、「私たちは99%だ(We are the 99%)」 のスローガンを考案したとされる。本書を含めて著書はいずれも注目を集めたが、惜しくも2020年に59歳で亡くなった。
グレーバーが、本書を『負債論』と題したのは、貨幣は債券・債務関係から生まれたと考え、その本質を「負債(債務)」に見るからである。彼は、約5000年前の古代メソポタミアの粘土板に書かれていたのは、大部分が信用の記録、すなわち、信用による貸借、神殿による支給の配分、神殿領地の地代、穀物と銀の価格であったことを示す。
それが意味するのは、銀を計算単位として穀物などの信用による取引が行われていたことである。銀貨は存在せず、(銀ならいくらという)価値の尺度として機能していたのである。これを「イマジナリーマネー」(観念的にしか存在しない貨幣)と呼ぶ。農民は、収穫期に穀物を神殿の倉庫に預け、それを貸したり何かと交換したりしていたと考えられる。現代の銀行口座のような機能があったのである。
では、硬貨はいつできたのか。現在確認されている世界最古の硬貨は、紀元前7世紀に小アジアのリディア王国(現在のトルコ西部)で発行された「エレクトロン貨」である。メソポタミアの信用貨幣の時代から3000年近く後であり、歴史的には信用貨幣が先行していたことは明らかである。
アダム・スミス(1723〜90年)の時代には知られていなかった歴史的証拠を示すことで、グレーバーは、スミスが貨幣の起源とする「物々交換」説を、物語に過ぎないとして否定する。それによって、スミスを継承した主流派経済学の経済理論の「前提」に疑問を投げかけるのである。さらに、MMTの中核理論の一つである表券主義(国家が税を課すことで貨幣が成立する)に対しても批判を加える。
⚫️グレーバーが言いたいこと
グレーバーが最も重視したのは、計算も交換もしない人間関係、すなわち「コミュニズム(=基盤的共産主義:相手が必要としており、自分に能力があれば助けるという原理)」である。そこから(信用)貨幣が生まれたと考えるのである。
コミュニティーの成員が、コミュニズムに基づき他の成員が欲する何かを(例えば余分な肉を)与えたとする。与えられた人は収穫期に大麦が獲れたらそれでお返しをする。いつでも良いが何かでお返しをするというのは、コミュニティー内の暗黙の了解(道徳的な義務)である。この関係は、時間差があるので物々交換ではない。ここにグレーバーは、信用の原型を見いだすのである。このような人と人の間の「貸し」の状態を、「信用(Credit)」と言う。
ただ、このケースのような「お返し」は数量化できない。したがって負債(Debt)ではない。負債は厳密に数量化できなければならない。そのためには計算単位としての貨幣が必要である。「貨幣こそが負債を可能にする」のである。貨幣が生まれたことで、本来コミュニティー内の暗黙の了解が負債に転化していく。「債務」「信用」は負債と同義になる。貨幣は、人間の生活を便利にしたが、一方で負債としての側面が人間を苦しめるようになっていくのである。
◆経済学からの視点
⚫️貨幣の起源:「物々交換」説
経済学において、貨幣はどう位置付けられているのだろうか。「経済学の祖」とされる英国のアダム・スミスは、「物々交換」から貨幣が生まれたと説いた。物々交換においては、自分が持つ物と相手が持つ物が一致する(「欲望の二重の一致」と呼ぶ)のは多くの労力を要するので、不便を解消する商品(モノ)として貨幣が生まれたと考えるのである。
貨幣は市場で(自然に)生まれたという物語によって、市場を「見えざる手」を持つ自然的存在と位置付けたのである。後述する前田裕之(学習院大学客員研究員)は「(重商主義に対抗してスミスが目指す)自由放任の経済活動が(神の)見えざる手に導かれて利益が生まれる過程を示したのが『国富論』である」と述べている。スミスは経済学という学問を創設するにあたって、「市場」という存在を必要としたのである。グレーバーは、「市場」における物々交換が貨幣を生み出すという物語によって、「市場の自律性(自発的秩序)」という認識の普及に成功したのだと捉えている。
この物々交換の物語は世界中に広められて、今ではわたしたちの頭に刷り込まれている。商品貨幣説においては、貨幣はそれ自身が価値を持った「商品(モノ)」である。貨幣に適したモノとして、最初は貝や布、大麦、貴金属などが利用され、最終的に交換に最適なモノとして貴金属(金銀など)が選ばれた。その後、貨幣(硬貨)は進化して信用貨幣となり、我々が知る現在の姿となったと説明するのである。このような貨幣観は「商品貨幣説」と呼ばれる。
⚫️経済学の学派と貨幣観
アダム・スミスの時代の経済学は「古典派経済学」と呼ばれる。古典派は新古典派に継承された。それを批判して登場したのが英国のジョン・メイナード・ケインズ(1883〜1946年)である。こうして経済学には、新古典派経済学(ミクロ経済学)と、ケインズ経済学(マクロ経済学)という2つの大きな流れができた。その後の歴史的な経緯を経て、現在の新古典派は主流派経済学(多数派という意味)の地位にあり、ケインズ経済学は非主流派と呼ばれている。両派の違いと貨幣観について確認しておきたい。
といっても、経済学者ではないわたしたち一般の人間にとって、学派の違いを知った上で経済理論の内容を理解するのは容易ではない。そこで、前田裕之著『経済学の壁―「教科書」の前提を問う』を参考にしたい。前田は、日本経済新聞の記者出身の研究者で、一般の人たちが経済学に対してとっつきにくさを感じていることを知っており、経済学との付き合い方を提言するために本書を書いたという。前田はわたしたちに、経済学の各学派には「前提」があるので、それを知った上で経済学と付き合うことを勧めている。なお、同書以外にも参考にした本があり、巻末に記した。
ミクロ経済学は、家計や企業など経済の小さな単位の行動や市場の動きを分析する。これに対して、景気や失業、貿易といった国全体や国際経済を分析するのがマクロ経済学である。新古典派はミクロ経済学である。そこで、米国のケインジアンが中心になって新古典派とケインズ経済学を折衷する手法(新古典派総合)がとられた。その流れから、現在の新古典派(ミクロ)、ニューケインジアン(マクロ←新古典派に基づくミクロ的な基礎づけを行ったマクロ経済学)が形成され、主流派経済学の地位にある。
ケインズ派のうち、主流派に加わらなかったケインズ経済学者は、非主流派と呼ばれている。ケインズという名がついていても主流派と非主流派に分かれており、主張も異なる点に注意が必要である。
異次元緩和の理論的支柱とされるリフレ派は、学派ではない。ニューケインジアンの中でリフレ政策(*注1)を唱える学者・エコノミストをそう呼んでいるだけだ。リフレ政策は積極的な金融緩和政策を特徴とする。そのリフレ派が積極財政を掲げる高市政権の発足とともに復権している。積極財政をリフレ派が支持している(ように見える)のは、名目経済成長率が名目金利(長期金利)を上回っている間は財政指標が改善するので、その間に財政支出で供給力を強化すべきと考えているからだと思われる。リフレ派はMMTではない。貨幣論が異なる。したがって、現在の財政規律派(主流派)と積極財政派(リフレ派)の対立は、主流派内部での意見対立である。
主流派の商品貨幣説に対して、すでに述べた信用貨幣説(貨幣は債権・債務の関係から生成)の他に、表券主義(貨幣は国家の創造物)という貨幣観がある。ケインズはドイツの経済学者ゲオルク・フリードリヒ・クナップ(1842〜1926年)の表券主義の影響を受けて、貨幣の本質は、「計算単位」であると考えていた。信用貨幣説と同じである。実際ケインズは、当時の経済システムの中で流通している貨幣の大部分が信用貨幣(銀行預金)であることを重視しており、信用貨幣説を支持していた。したがって、信用貨幣説と表券主義(国家貨幣説)が融合した貨幣観を持っていたと言え、商品貨幣説には否定的な立場であった(*注2)。
現在の非主流派のケインズ経済学は、ケインズの貨幣観を継承している。ただケインズは膨大な論考を残しており、どれに焦点を当てて、どう解釈するかで学派が分かれている。MMTもケインズ経済学の流れのなかにあるが、その貨幣論は表券主義に重点を置いていることが特徴である。その点に関し、ケインズ派の多くは批判的である。次に述べる金井もそうであり、信用貨幣説を掘り下げて研究することで、主流派経済学の商品貨幣説だけではなく、MMTの貨幣理論も批判している。
⚫️金井の信用システム論
信用貨幣説と商品貨幣説は、貨幣がどこから供給されるかに関して見解が対立する。信用貨幣説における「貨幣は経済の内部で創(つく)られ、内部で消滅する」という見解は、内生的貨幣供給論(内生説)と呼ばれる。これに対して、主流派経済学(商品貨幣説)は、経済の実物部門と貨幣を分けて考える「貨幣の中立性」の命題に立つので、「貨幣は経済活動の外部で創られ、外部から経済内部に投入される」と考える。これは外生的貨幣供給論(外生説)と呼ばれる。
金井は内生説が正しいことを実証するために「信用の先行」という視点から貨幣を考察していく。ここでいう信用の先行とは、歴史的にみた信用貨幣の先行ではなく、信用取引が先に行われて初めて信用貨幣が生成されることを指す。
中世から近世にかけて、ヨーロッパでは物の移動と決済に時間差が存在する信用取引が広く行われるようになっていた。しかし最終的な貨幣による決済(債権・債務関係の解消)は困難が伴った。なぜなら貨幣は国によって異なるため、両替商や出納業者が活躍したが、商工業者が求める貨幣単位の統一や安定した決済が十分とは言えなかったためである。
この問題を解決したのが、「口座振替による決済サービス」であった。すなわち――銀行は商工業者から様々な種類の貨幣を預金口座に受け入れ(帳簿上の数値がバンクマネー)、口座間の振替機能を使って決済する仕組み――である。最初はアムステルダム銀行、そのモデルを発展させたのがイングランド銀行である。
バンクマネーはイマジナリーマネーである。その価値は安定していた。帳簿上の想像物であるバンクマネーの方が安定的な決済を可能にすることが認識され、イングランド銀行による近代中央銀行制度創設に繋(つな)がっていったのである。
今日の信用システムも基本原理は同じである。中央銀行に民間銀行が当座預金口座を持つことで、銀行間の振替決済システムが機能するようになる。企業や家計は民間銀行に預金口座をもてば、(同じように口座を持つ)他の企業や家計と振替決済が可能になる。取引銀行が違っても送金によって決済が可能である。
また、民間銀行は貸し出しをすることで預金貨幣が生成される。これを「信用創造」と呼ぶ。銀行の与信行為の制約は、与信リスクを取りうること、金利や期間等の条件で合意することである。なお、企業・家計に信用への需要がないと取引は成立しないことはいうまでもない。この信用需要がないと貨幣は生成されないというのが、内生説の中核概念である。
このような「信用創造」理解は、次に述べる金融実務派、すなわちイングランド銀行が認めている。
◆実務派の視点
⚫️イングランド銀行の貨幣観
「通貨の番人」と言われる中央銀行は、貨幣についてどう考えているのだろうか。イングランド銀行は、2022年に一般向きの『経済がよくわかる10章』を出版している(*注3)。同書が説明する“お金の歴史”は5000年前のメソポタミアから始まる――古代メソポタミアでは貯蔵した穀物を介する金融取引制度が発達していた。今日の近代的な銀行口座のシステムとまさに同じことが行われていた――。
同書ではその後に貴金属についても「数千年にわたって支払い手段として使われた」のであり、そこから一定の形と大きさの貨幣に鋳造し、刻印を押すことで人々が信用して使うことができるようになった画期的な発明(前述のリュディア硬貨)だとしている。
ただし、「貨幣の歴史は複雑で、貨幣の歴史に通底するものを洗い出すのは容易ではない」としている。歴史上、2つの貨幣が併存してきたという捉え方と理解すれば納得がいく。
⚫️信用システムの重要性
同書は、近代経済における3種類のお金として――銀行券(紙幣)、準備預金(民間銀行が中央銀行にもつ当座預金)、預金通貨(*注4)――を挙げる。そして、預金通貨が一般の人が使う通貨の大部分(日本は89%)(*注5)を占めるが、預金通貨には国家に対する請求権がないことを指摘する。それでも問題がないのは、お金とは「信用のシステム」であり、誰もが信用しているからである。その信用を維持する役割を中央銀行が担っているのである。
信用システムにおいて最も重要なのは、民間銀行の信用創造の管理である。民間銀行はお金を貸せば、その口座に預金が生まれる。銀行が貨幣を創る(信用創造)のである。したがって銀行は人々から預金を集めて別の人に貸し出すという主流派の「貸付資金説」を、イングランド銀行は実質的に否定している。銀行は信用創造を、与信リスクや条件、資金需要という制約以外は、原理的に無限に可能である。だからこそ厳しい規制(自己資本比率規制など)をかけて信用システムの安定を目指さなければならないと考えるのである。
◆第1回まとめ
▽考古学・歴史学・人類学の視点からは、初めての貨幣は、人間の債券・債務関係から生まれた計算単位であったと考えられている
▽経済学では、貨幣は市場で商品から生まれたとするアダム・スミス以来の貨幣観(「商品貨幣説」)が主流派経済学によって支持されている。一方、貨幣の本質を「債務と債権の記録(計算単位)」と見る「信用貨幣説」と呼ばれる考え方があり、非主流派経済学(ケインズ派)によって支持されている。歴史的・実証的に「信用貨幣の先行」が明らかになっているが、両派の見解の相違は続いている
▽金融実務(イングランド銀行)の視点は信用貨幣説・内生説に近い
――以上が全体像である。次稿は第2回「信用貨幣の誕生」である。
<参考とした書籍>
・『負債論―貨幣と暴力の5000年』(デヴィッド・グレーバー、以文社、2016年11月初版、原著“DEBT:THE FIRST 5,000 YEARS”2011年初版)
・『経済学の壁―「教科書」の前提を問う』(前田裕之、白水社、2022年8月初版)
・『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』(イングランド銀行〈ルパル・パテル&ジャック・ミーニング〉、スバル舎、2023年8月初版)
・『今こそ経済学を問い直す―切実な「必要」の声を聞くために』(中村隆之〈青山学院大学教授〉、講談社現代新書、2026年1月初版)
・『経済政策―不確実性に取り組む』(松原隆一郎〈放送大学教授〉、放送大学教育振興会、2017年初版)
(*注1)リフレ政策:「リフレーション(reflation)政策」の略。主に中央銀行による積極的な金融緩和を通じて景気の回復を図り、緩やかなインフレ(物価上昇)を生み出すことをめざす(出所:日本経済新聞用語解説)
(*注2)『ケインズの貨幣について』鈴木典夫(九州大学学術情報リポジトリ)研究論文1985-08-10. 九州大学大学院経済学会、『ケインズ三部作の論理構造』(滝川好夫〈関西外国語大学教授〉、ゆうちょ財団論文集、2007年)
(*注3)イングランド銀行は同様の内容のレポートを2014年に発表して話題になった。内容についてはグレーバーの『負債論』の影響があったと思われる。その時のレポートを一般向けにして出版したのが『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』である
(注4)本稿では原則「貨幣」としているが、ここでは「通貨」の方が一般的と考えた。「貨幣」と「通貨」の一般的な定義は下記である――
・「貨幣(money)」:取引の際に、商品の交換手段として使用され、人々の間で通用するようになったもの。3つの機能(価値尺度、交換・流通手段、価値貯蔵手段)を持つもの
・「通貨(currency)」:流通する貨幣。貨幣の交換や流通の手段としての機能を強調するときに使われることが多い。例えば、現金通貨(中央銀行紙幣(銀行券)、政府発行の貨幣(硬貨))と、預金通貨(普通・当座預金)を合わせて、広義の通貨と呼ぶ。(出所:金融広報中央委員会)
(*注5)現金と銀行預金の合計1097兆円、内訳は現金122兆円(11%)、銀行預金975兆円(89%)、2026年2月末(出所:日銀)











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