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変貌する地方・大都市間の人口移動 「20年までに東京圏への転入超ゼロ」の達成絶望的に
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第7回

2月 06日 2019年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

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オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

「地方創生」には、いくつかの成果指標(KPI)が掲げられている。「東京圏への人口転出入を2020年時点で均衡させる」は、その一つだ。すなわち、東京一極集中の是正である。

「地方創生」が開始される直前(2013年)の東京圏への転入超数は、9万7千人だった(日本人移動者、注1)。その後の5年を経て、1月末日に公表された2018年の実績は、13万6千人の転入超を記録した。ゼロに向かうどころか、4割も拡大した(参考1)。今後多少の変動があるにしても、「2020年までに転入超ゼロ」の目標達成は絶望的といってよいだろう。

(注1)総務省「住民基本台帳 人口移動報告」は、2014年以降、外国人を含む移動者総数を公表しているが、本稿では過去と比較するため、日本人移動者のデータを用いている。

「地方創生」の開始に当たり、政府は地方自治体に地域の人口ビジョンをまとめるよう求めた。これを受けて多くの自治体が、政府目標の「東京圏への転入超ゼロ」を前提に地域ビジョンを策定した。いったい、何の意味があったのだろうか。

人口移動の問題は事実を積み上げたうえで、理解する必要がある。実は、地方・大都市間の人口移動は、2010年代に入ってかなり変貌(へんぼう)している。にもかかわらず、全体では大都市圏への転入超は加速した。その背景は何だろうか(注=本文中の図表は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものを見ることができます)。

(注)日本人移動者。中核7都府県は、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)、大阪府、愛知県、福岡県 (出所)総務省統計局「住民基本台帳・人口移動報告」を基に筆者作成

◆社会移動は個々人のライフサイクルを反映

人口の移動には、個々人のライフサイクルを反映した基本的なパターンがある。要約すれば、次のようなものだ。

① 0歳台……大都市圏から地方圏へ :大都市圏での子育てを回避

② 10歳代後半……地方圏から大都市圏へ :就学

③ 20歳代~30歳代前半……地方圏から大都市圏へ :就職

④ 50歳代、60歳代……大都市圏から地方圏へ  :退職後の里帰り

⑤ 70歳代以上……地方圏から大都市圏へ :医療や介護サービスを受けるため

このうち、絶対数は②、③の就学、就職に伴う移動が圧倒的に多い。④退職後の里帰り率は、就学、就職で大都市圏に移動した者のうち4、5人に1人の割合にとどまる。他はそのまま大都市圏に定住する。これが、大都市圏が「転入超」となる理由である。

◆大都市圏への移動は、10歳代後半が減少、20歳代が激増へ

こうしたライフサイクルに伴う人口移動の基本パターンは、いまも変わらない。しかし、年齢層別にみると、2010年代に入り中身が大きく変わっている。

中核7都府県への転出入数をみると、(1)10歳代後半の大都市圏への移動が減少(2)20歳代~30歳代前半の大都市圏への移動が激増(3)60歳代の地方圏への移動が減少している(注2、参考2)。

(注2)「東京一極集中」という表現はミスリーディングである。いま日本で起こっているのは、大都市、中核・中堅都市といった狭い圏域への人口の凝縮であり、都道府県単位でみれば、東京圏(東京都、神奈川県<東部>、埼玉県<南部>、千葉県<北西部>)、大阪府、愛知県、福岡県の中核7都府県への凝縮である。

(参考2)中核7都府県への年齢別転入超数推移

(注)日本人移動者 (出所)総務省統計局「住民基本台帳・人口移動報告」を基に筆者作成

このうち、(1)10歳代後半の大都市圏への移動減少は、少子化の結果だろう。少子化は、人口移動の絶対数を若年層から順次縮小させる効果をもつ。

他方、(3)60歳代の地方圏への移動減少は、団塊世代の高齢化に伴うものだ。2010年代前半には団塊世代の里帰りが増えたが、彼らも70歳前後に達し、里帰りも一巡した。

こうしたなかで、(2)20歳代~30歳代前半の大都市圏への移動の激増ぶりが目立つ。これは大都市圏の人手不足の強まりを反映したものだ。2018年中の東京圏や中核7都府県への転入超数は、リーマン・ショック直前以来の高水準にある。バブル期の水準にも近い。これらは、大都市圏への人口移動が人手不足と密接に関連していることを示唆している。

大都市圏の労働力の再生産能力は低い。出生率が低いために、域内で新たな労働力を生み出す力が弱い。一方、団塊世代が引退の時期を迎え、労働市場からの退出数が増加している。この結果、大都市圏が地方圏に人材を求める圧力はどんどんと増す構図にある。

労働力は、基本的に賃金の高い地域や産業に移動する。大都市圏と地方圏の間には賃金格差があるため、日本全体の人手不足が強まれば強まるほど、大都市圏への人口移動が進む理屈となる。これが、2010年代に20歳代~30歳代前半の移動が加速した背景である。

◆就業人口の拡大、大都市圏の出生率向上こそが課題

大都市圏への人口移動の加速が示唆するのは、日本全体が抱える労働力不足の問題だ。これを「地方衰退」の観点だけから捉えるようであれば、処方箋(せん)を誤りかねない。例えば、人為的に大都市圏への人口移動を制限するようなことをすれば、日本経済全体の成長力の低下は避けられない。経済的な裏付けのない段階で「東京一極集中の是正」を掲げるのは、危うい。

問題の根源が深刻な労働力の減少にあることを踏まえれば、目指すべき方向ははっきりしている。第1は、高齢者、女性、外国人を中心に、就業人口を増やすことだ。第2は、出生率の引き上げ――とくに大都市圏――である。東京圏の大学の定員を制限することよりも、大都市圏の保育環境の整備が重要であることは明らかだろう。

施策の効果が出るには時間がかかるが、いずれ大都市圏の人手不足が緩和されてくれば、地方圏から大都市圏への人口移動もおのずから減速することになる。

そのうえで、地方圏が新たな人口流入を生み出すには、地方の産業が大都市圏に匹敵する成長力を備え、賃金格差が縮小する必要がある。地方には、観光業や農業、製造業のように、潜在力のある産業が存在する。それらの生産性をいかに高めるかが、決定的に重要である。

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