次なる進出有望国インドの攻略法(1)
国土の概要と経済の全体像
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第317回

5月 08日 2026年 国際, 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

日本は高度成長を成し遂げた1980年代ごろから、企業の海外進出を活発化し始めてきた。第2次世界大戦からの復興を力強く成し遂げてきた日本企業は、さらなる販売先を求めてまずは米国に。さらに安価な労働力を求めて台湾、メキシコ、東南アジアと次々に生産拠点を拡充してきた、また、92年に中国の最高権力者であった鄧小平による「南巡講話」によって経済開放政策にかじを切った中国に対しては、販売・製造の一挙両得を狙って進出を果たした。

高度経済成長によって生産コストが上昇し、かつ97年の生産年齢人口のピークアウトによって国内市場が頭打ちとなった日本企業にとって、海外進出は「勝利の方程式」となった。さらにアベノミクスによって円安誘導が図られてからは、日本企業の海外で計上される収益が「円安効果」で雪だるま式に膨張。現在でもタイをはじめとする東南アジア収益が、本体の連結決算の過半を占める日本企業は多くある。

ところが、中国政府は日本・米国・欧州企業の自国進出を巧みに誘導。中国企業はこれら海外企業の持つ技術力を模倣(もほう)し、中国は世界最大の製造技術と工業生産力を持つ国となった。日本企業はいまや生産能力、製造コストさらには製造技術の面まで、中国企業の後塵(こうじん)を拝する状況となっている(残念ながら多くの日本人はこの現実を見ようとしない)。また、中国国内の深刻な経済不況とトランプ関税の回避を目的に、中国企業が近年大挙して東南アジアに進出。日本企業にとって金城湯池であった東南アジアが、中国企業に席巻され始めてきているのである。

海外進出にしか勝利の方程式を見いだせない日本企業は、中国企業の攻勢を避けるため近年次なる進出候補国として、インドをターゲットとしている。たしかにインドは14.5億人の人口を有し、国内総生産額(GDP)でも日本を凌駕(りょうが)するほどの経済大国に成長してきた。一方で、貧富の差も激しく安価な労働力も期待できる。さらに昔からインドと中国は仲が悪く、インド国内では中国の存在感が薄い。一見すると、日本企業にとって最適な進出場所に見える。

ところが話はそう簡単ではない。複雑に入り組んだ人種・宗教・部族・職業規制などが存在し、一筋縄ではいかない国である。体系だった理解がなければインド進出は必ず失敗する。今回は、日本企業の復活を願ってインドに関する解説を4回に分けて紹介する。インド進出への一助となれば幸いである。

第1章 インドの概要
表1:インド概況

(出典)JETRO、在インド日本国大使館、World Bank Dataより作成

① インドは日本の約8.6倍にあたる広大な国土を有し、人口は14.5億人を超える世界最大の国家である。首都はニューデリーであり、公用語としてヒンディー語と英語が使用されている。宗教はヒンドゥー教が約8割を占め、イスラム教、キリスト教、シーク教、仏教など多様な信仰が共存しており、社会や文化の多様性を形成している。

② 経済規模は2024年時点でGDP約3.9兆ドルに達し、世界有数の成長市場である一方、1人当たりGDPは約2,970ドルと日本の12分の1にとどまっている。しかし、国際通貨基金(IMF)の「World Economic Outlook」によると、インドの名目GDPは2025年度に約4.2兆ドルに達し、日本を上回り、世界第4位となる見込みである。

第2章 インド経済の全体像
第2章ではインドの経済上の特徴を把握するため、アメリカ、中国、ドイツ、日本、ブラジルとの各種指標の比較を行う。
(1)GDP、人口、政府財務残高の比較
表2:人口・名目GDP・1人当たり名目GDP・政府債務残高・対GDP比率の比較(2000年・2024年)

(出典)World Data Bank、IMF、BISより筆者作成
※アメリカ、ブラジルの政府債務残高につき2001年度データ使用

①インドは2024年に人口14.5億人を超え、6か国中最大の人口規模を有している。名目GDPは約3.9兆ドルで5位に位置し、1人当たり名目GDPは約2,970ドルと最下位にある。人口は2000年比で+37.1%増加し、名目GDPも+735%と大幅に拡大したが、依然として1人当たりの所得水準は小さい。

②各国の実績値をみると、中国やインド、ブラジルは人口規模の拡大と1人当たり所得の上昇が同時に進み、名目GDPが増加している。一方、日本やドイツは人口規模が比較的小さいものの、1人当たりの所得が高いため名目GDPが大きい。

③ 1人当たり名目GDPに着目すると、インドは依然として最下位ではあるものの、2000年比で大幅に増加した。一方、日本は2000年には6か国中首位であったが、唯一数値が減少し、2024年には3位に後退した。その結果、2000年時点で日本とインドの間に約88倍あった格差は、2024年には約12倍へ縮小し、両国の経済水準の差が急速に縮まっていることが示される。

④日本は複数の指標で他国と異なる動きを示している。政府債務残高対GDP比は2024年に236.7%と最も高く、人口は2000年比で2.9百万人減少した。一方、名目GDPは6か国で唯一減少している。日本以外の国は、名目GDPが全体として増加し、政府債務残高比率の変化も日本ほど大きく変化していない。日本は政府債務残高を増加させているが、名目GDPが縮小している。

(2)名目GDPの項目別分析
表3:主要国の名目GDP主要需要項目比較(2000年・2024年)

(出典)World Bank Dataより筆者作成
※ドイツの家計消費、中国の家計消費・投資は2023年、日本の輸出・輸入・投資は2023年、家計消費は2022年のデータを使用

①インドの名目GDP構成を見ると、2024年は家計消費2.4兆ドル、投資1.2兆ドル、輸出0.8兆ドルとなる。依然として家計消費が全体の60%超を占める一方、投資と輸出はいずれも金額・比率ともに上昇しており、内需中心の構造を維持しつつ、需要項目が幅広く拡大していることが確認できる。

②米国、中国など名目GDPが大きい国では家計消費や投資も大きく、総需要の規模が経済規模と対応している。各国2000年初頭から24年にかけて名目GDPが増加しているが、日本のみ減少。内訳を見ると家計消費、投資、貿易収支いずれも減少している。

③各国の需要構成を比べると、家計消費と投資の比重に国ごとの差が見られる。アメリカやブラジルは家計消費の割合が高い一方、中国は投資の比率が高く、都市開発等の公共投資主導型の経済成長を実現させている。インドは依然として家計消費の比率が高いが、相対的に投資の比率が増加しており、投資主導の経済成長を目指しているように見える。

④貿易収支の動きは国によって異なる。中国は世界の工場としての地位を確立し、輸出が増加、世界最大の黒字幅を計上している。一方アメリカは基軸通貨としてのドルを世界へ配布する為、積極的に家計消費を拡大。これに伴い輸入が増加し、赤字幅も拡大している。インドは経済発展の進展と共に輸出入が増加しているが、赤字幅は縮小していない。

(3)教育と所得水準
表4:人口・就業者数・1人当たり名目GDP・平均寿命・平均就学年数・所得の比較(2000年・2024年)

(出典)World Data Bank、IMF、UNDP、WIDより筆者作成
※中間40%所得シェアにつきWID記載上位 10%、下位 50%の所得シェアデータより、100%と2指標の合計との差分を使用

①平均就学年数の増加が大きいインド、ブラジル、中国は、1人当たり名目GDP、平均寿命が伸びており、教育の重要性がうかがえる。例に中国は、1人当たり名目GDPが+1272%と比較対象国の中で最も大きく増加し、平均寿命も72.2歳から78.0歳へ上昇している。中間40%所得シェアは低下しているものの、所得分布の変化が大きく急速に進展していることがうかがえる。

②中間40%シェア率を見ると、2000年から24年にかけて各国シェア率を落としている。中間層が没落し、上位層への比重移動が確認できる。一方で例外的に日本のみ下位50%シェア率が拡大している。

③インドは、平均就学年数の増加と比例して一人当たり名目GDPが約443ドルから2,970ドルへと大幅に増加しており、増加率が大きい国の一つである。平均寿命も62.7歳から72.0歳へと10年近く伸びており、健康水準改善も見られる。一方、中間40%所得シェアは39.5%から27.3%へと大きく低下しており(▲12.2%)、6か国で最も減少幅が大きい。下位50%所得シェアも減少しており、中間層・下位層がともに縮小する中で、上位10%シェアが39.9%から57.7%へと大きく上昇している。(+17.8%)

(4)人口、就業者数、GDP、労働生産性
表5:主要国の人口・就業者数・1人当たり名目GDP・労働生産性の比較(2000年・2024年)

(出典) WID,World Bank Data,IMFより筆者作成
※日本、ドイツの就業者数は2022年、中国の就業者数は2023年、ブラジルの就業者数は2001年、アメリカの就業者数は2003年のデータを使用

①人口と就業者数を見ると、日本を除き各国で人口の増加及び就業者数の増加が確認できる。アメリカと中国では、人口が増加する一方就業者数の伸びは相対的に小さい。

②インドは人口と就業者数が共に大きく伸びており、6か国で最も大きな増加率を示している。一方で中国は人口の増加に対し、就業者の増加が少なく、景気後退と人口ボーナスのピークアウトが要因と考えられる。

③日本とドイツでは、人口がほとんど増加していない(日本は減少)にもかかわらず就業者数が増加している。女性や高齢者の労働参加、特にドイツにおいては移民流入が就業者数を押し上げた要因と考えられる。

④労働生産性を産業別に比較を行うと、2000年、2024年ともに各国農業の労働生産性が最も低い。工業とサービス業を比較すると2024年は中国、ドイツ、日本、ブラジルは工業がサービス業の労働生産性を上回っているが、米国及びインドでは工業よりもサービス業の労働生産性が高い。国の近代化を進展させる為には、農業から工業・サービス業への産業移転が望まれる。

(5)産業別就業者数
表6:主要国の産業別就業者数比較(2000年・2024年)

(出典) WID,World Bank Data,IMF,ILOSTATより筆者作成

①インドは総就業者数が比較対象国の中で最も大きく増加している(+155.7百万人)。この増加は「商業・宿泊・飲食」(+34.1百万人)と「建設業」(+43.4百万人)に吸収されている。また、比較対象国の中で唯一農業就業者数が増加しており、カースト制度により就業の移動が制限されていることが要因として考えられる。

②アメリカは総就業者が+23.8百万人増加したが、「公共・社会」(+10.7百万人)は高齢化による医療需要の増加に加え、移民労働力の受け皿として拡大した。「金融・ICT」(+7.9百万人)も拡大した。一方、「製造業」(▲2.3百万人)は自動化と海外移転により減少した。

③ドイツでは就業者が+6.7百万人増加し、「公共・社会」(+3.5百万人)、「金融・ICT」(+1.7百万人)、「ビジネス支援・専門」(+1.5百万人)が受け皿となった。一方、「製造業」(▲1.0百万人)と「農業」(▲0.4百万人)は減少し、特に「製造業」では工程の自動化や国際分業の深化で労働需要が縮小した。

④中国では産業間の移動が非常に大規模に進行した。「農業」は▲232.7百万人と大幅に減少し、機械化や農地集約が進む中で農村余剰労働力が都市へ移動した。流出した労働力は「建設業」(+85.8百万人)や「商業・宿泊・飲食」(+115.8百万人)に向かい、WTO加盟後の輸出拡大や都市建設投資が雇用を押し上げたと考えられる。

⑤ブラジルでは就業者が+29.1百万人増加し、「商業・宿泊・飲食」(+8.5百万人)、「公共・社会」(+8.0百万人)、「ビジネス支援・専門」(+5.3百万人)にて吸収された。「農業」は▲6.6百万人減少したが、機械化の進展で必要労働力が縮小したことが背景にある。都市部では付加価値の低い建設業が増加しており、「農業」から「建設業」への大きな移動が形成された。

⑥日本の総就業者は+3.2百万人と増加しており、主に「公共・社会」(+5.1百万人)で雇用が吸収された。「製造業」(▲2.8百万人)と「農業」(▲1.1百万人)が減少した。「製造業」においては、自動化や海外移転が就業者減少の要因と考えられる。

(6)労働生産性
表7:主要国の産業別労働生産性の比較(2000年・2024年)

(出典)ILOSTAT,BLS Utilities Employment,Euro Utilities Employment,MOSPI,IBGEを基に作成

①全体通して、各国工業の「鉱業」、「エネルギー」、サービス業の「金融・ICT」、「ビジネス支援・専門」の労働生産性が比較的高く、「建設業」、「商業・宿泊・飲食」、「公共・社会」が低い。一方で就業者の増加が見られた部門は、必ずしも労働生産性の高い部門とは一致しておらず、多くの国で雇用拡大は中位~下位の産業に集中していることが確認できる。

②インドでは「建設業」・「商業・宿泊・飲食」に就業者が吸収されたが。2024年の労働生産性では、「ビジネス支援・専門」が最上位に達し、研究開発・設計・解析等高付加価値工程の外注化が進んだことが要因と考えられる。「鉱業」は大型機械導入、戦略鉱物への投資増加により大きく上昇。「金融・ICT」は先端的な開発よりコールセンター業務、バックオフィス処理、データ入力等実務的な業務の比重が大きく、人手依存が強いため、労働生産性が伸びにくい。比較対象国で唯一就業者数が増加した「農業」は労働生産性が改善しているものの依然として最下位となっている。

③アメリカでは「公共・社会」、「金融・ICT」にて就業者が吸収されている一方、2024年の労働生産性を見ると、「鉱業」と「エネルギー」が突出している。両業種は2000年より引き続き上位にあり、原油価格の上昇(WTI参照2003年:31ドル⇒2024年79ドル)やエネルギー輸入依存を背景にオイル・ガス生産が拡大し設備投資が生産性を押し上げたと考えられる。外部委託の拡大で「ビジネス支援・専門」が大きく上昇した一方、金融規制と低金利、ITサービスの海外移転の影響で「金融・ICT」は水準を引き上げつつも順位を落とした。

④ドイツでは、「公共・社会」、「金融・ICT」、「ビジネス支援・専門」にて就業者が吸収されているが、2024年の労働生産性を見ると、「エネルギー」が最上位を維持しており、再生エネルギーへの投資拡大や電力・ガスの輸入依存がうかがえる。「金融・ICT」は金利低下により利ざや収益が縮小する一方、人手を要する業務が残り続けているため、労働生産性は下がっている。「公共・社会」は移民労働者の受け皿として雇用を拡大する一方、労働生産性は相対的に伸びていない。

⑤中国では、「農業」から「建設業」、「商業・宿泊・飲食」への大規模移動が続いた。労働生産性を見ると「文化・娯楽」が大幅に上昇している。映画・音楽・ゲーム・配信などのコンテンツ関連分野の発展が要因として考えられる。就業者数の増加が確認された「建設業」、「商業・宿泊・飲食」では生産性の上昇が確認できるものの、他産業比較し、相対的に低水準にとどまっている。

⑥ブラジルでは、「商業・宿泊・飲食」、「公共・社会」、「ビジネス支援・専門」を中心に就業者数が吸収された。労働生産性を見ると、最上位に位置する「金融・ICT」の生産性が唯一低下している。金融では金利・手数料の規制や競争により収益が伸びにくく、ICTでは通信・ITサービスの価格下落が要因として考えられる。就業者数の移動が確認された「商業・宿泊・飲食」、「公共・社会」、「ビジネス支援・専門」では、3部門共に生産性が上昇しているものの、「商業・宿泊・飲食」が依然として低位、「ビジネス支援・専門」、「公共・社会」が上位~中位を維持している。

⑦日本では、労働生産性の高い「製造業」の就業者数が減少、労働生産性の低い「商業・宿泊・飲食」、「公共・社会」で就業者数の拡大がみられた。また「商業・宿泊・飲食」は労働生産性につき、2024年は対2000年比で減少。給与の低い非正規雇用労働者の流入が考えられる。「ビジネス支援・専門」は生産性を上昇させ、低位から中位に向上している。コンサルティングや技術サービス分野の進展が要因として考えられる。(以下、次回に続く)

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