п»ї 表の顔と裏の顔(バンコク編)『アセアン複眼』第15回 | ニュース屋台村

表の顔と裏の顔(バンコク編)
『アセアン複眼』第15回

12月 18日 2017年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

『アセアン複眼』
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。自社ニュースブログ(asiarisk.net)に、一部匿名ライターによる東南アジアのニュースを掲載中。

日本でいう暴力団のような組織だった犯罪者集団は、東南アジアでは稀(まれ)と言われる。しかし犯罪者はいるし、彼らが「案件」に合わせてグループを組むこともある。シンガポールで刑事裁判を専門にする弁護士に聞いたところ、「薬物の売人がいい例だ。どこから来たクスリをどうやって売りさばくかで、個人の犯罪者がくっついたり離れたりしている。日本みたいなorganizedされたやつは聞いたことはないな」。後で別の人から、この弁護士の自宅は数年前に放火され、奥さんを亡くしたと聞いた。この別人は「ある裁判で恨みを買った」と断言する。真相は分かっていないが、社会の裏側が顔を見せた瞬間である。

◆「その世界」で有名な御仁

タイ・バンコクは風俗を含めた一大歓楽産業を抱え、これを生業(なりわい)にする犯罪者(集団)がそれを支えていることはよく知られている。日本から暴力団が入っていることも周知の事実だ。タイ政府は、こうした歓楽街の撲滅(いや、少なくとも目立たなくすること)を目指して都市部の大開発を進めているが、外からうかがう限りシンガポールに比べて法執行は緩く、一網打尽に摘発されるという風でもない。

「その世界」では有名な御仁の名前を聞く機会があった。Mia Yeon(仮名)。70歳はとうに超えているらしい。筆者の仕事で、某タイ企業との接点を持つ人物として浮上したことから、その存在が分かった。タイ人によると、もともと密造酒の販売から始め、今では歓楽街を牛耳る人物として、「知っている人は知っている」という類いの人のようだ。タイ語でインターネットを検索しても、あまり情報は出てこない。御仁の名前は32年前に変えたものだ。

断片的だが、Mia Yeonの業務はこんな具合だ。バンコクの歓楽街を構成する通りの一つにNew Phetchaburi Roadがある。Phetchaburi Roadの中でも、西はスクンビット・ソイ3から東はエカマイ通りのあたりまで約5キロを指す。風俗店がひしめく地区で、ここのいくつかをMia Yeonが支配しているというのだ。配下店として具体的に上がった店だけでも、7店舗が確認できた。

警察はもちろん、軍では特に陸軍、与野党問わず政界にも強い人脈を持ち、5人いる子どもは政官界の要職に就いて、結果的に父のビジネスを庇護している。

Mia Yeonが少しだけ表に顔を出したことがある。5年ほど前、違法操業の自動車ローン業者からのローンで自動車を買い、返済が滞ったことから業者が差し押さえた自家用車数百台をバンコクの警察が押収する事件があった。事件のうち表面化した部分は「ローン・シャークの悪行」程度の話だが、捜査に手を緩めるよう外部から圧力があった疑いが浮上。圧力を受けた警察高官は、このローン業者と癒着していたのではないかといわれたのだ。その業者の自動車差し押さえに関与していたのが、Mia Yeonの親族だったことから、警察はMia Yeonの事件への関与も捜査しているとされた。

◆金と力に吸い寄せられて

Mia Yeonには資金源がいる。その一人がタイ政界に籍を置いたこともある国内屈指の富豪Qである。前記の風俗店も、そのかなりはQからの出資で開業にしたというのだ。両親は、中国移民3代目の華僑。先代はケシ(要は麻薬)の製造販売で財を成したが、Qの表の顔は至極真っ当だ。商務省のデータ上、タイ証券取引所上場企業を含めて現在20社以上の役員を務め、中には日本企業と関係のある先もいくつかある。表舞台にもしばしば出てくる人物で、タイでは他にも著名な富豪RやSと共同事業を展開、ニュースになることも多い。Qの英語表記の名前をインターネット検索すると、数百のヒットがある。

Q以外にもMia Yeonを支えた「表の顔」は過去に多くいる。その誰もが、Mia Yeonの持つ金と力に吸い寄せられ、うかがいしれない理由でその元を去っていった。

この話のオチは単純だ。QやMia Yeon自身が持つ政府関係者へのコネクションのおかげで、彼らが捜査対象になることは、少なくとも当分はない、というものだ。タイ警察はもちろん2人のことは分かっていて、Mia Yeonには警察内で別名が付いている。

バンコクの歓楽街は何もNew Phetchaburi Roadだけではない。Mia Yeonのような多くの人物がその世界の支配にしのぎを削り、隠然たる力を誇示し、そこに吸い寄せられる表の顔が表の経済を駆使して、裏を潤している。裏と表のつながりが比較的分かりやすいのがタイ、引いては東南アジアのあちこちで見られる事象である。

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