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軽自動車に手を伸ばすTPP―米国圧力、陰に国内大手の思惑
『山田厚史の地球は丸くない』第7回

10月 04日 2013年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「消費税8%」で新聞が大騒ぎした2日、朝日新聞の片隅に「TPP要求項目、米が具体的提示」というベタ記事が載った。

TPP本交渉と並行して進んでいる日米の二国間協議で米国から具体的要求が示された、という。その中に「やはり」と思う項目があった。

「軽自動車の優遇税制の見直し」。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は国民の交渉の中身を教えない秘密交渉で、役所の担当者は「守秘義務」を盾に何が話し合われているか開示しない。取材する記者が取れるのは「こんなことが議題になった」という項目だけだ。

明らかになったのは「軽自動車」が議論のテーブルに乗った、ということ。日本独特の軽自動車という制度を米国は壊そうと動き出したのである。

◆TPP交渉の「人質」に取られた自動車、保険

軽は日本の「国民車」である。電車やバスが便利でない地方で、人々の足になっているが軽だ。二台目のクルマ、とされていたが、いまや都会でも一台目が軽というユーザーは珍しくない。排気量660ccでも馬力や居住性は良くなっている。その軽を米国政府は「アンフェア」と言っているのである。

軽は普通車に比べ税金が安い。アメ車の不利益につながっている、というのである。TPPの交渉分野でいえば「競争政策」で問題、という主張だ。市場で特定のクルマが税の優遇を受けるのは、競争上好ましくない、という。

この理屈は無理がある。同じようなクルマを米国メーカーが作っているのに日本の軽だけを優遇するなら競争上不利益が生じるが、軽の優遇は外国車を排除するものではない。

「日本のクルマ市場が排他的だからアメ車が売れない」と米国は言うが、それは言いがかりで「売れるクルマ」を米国メーカーは作っていない。BMWやベンツ、VWなどドイツ車は日本で存在感を増している。ユーザーに受けるクルマを売っているからだ。

米国政府の後ろには全米自動車協会(AAC)がいて、「日本市場の開放」を叫んでいる。閉鎖的な市場を打破するため、一定の台数を輸入するよう日本政府から確約を取れ、と求めている。市場競争で勝てないから、政府間交渉で活路を見いだそう、というのだ。TPPが錦の御旗にする「自由貿易」と相いれない自分勝手な要求である。

日本政府は「いい加減にしろ」と一喝すればいいのに、言えない。TPP交渉への配慮である。安倍政権が守りたい「農産品5品目」の関税交渉で米国に強硬な姿勢をとってもらいたくないため、自動車は「人質」に取られている。理屈に合わないことでも、こちらで譲れば、コメの自由化に手心を加えてもらえるのではないか、という情けない交渉姿勢である。

自動車だけではない。保険でも日本郵政が全国の郵便局でアフラックのがん保険を売る。日本郵政の子会社であるかんぽ生命は、がん保険は日本生命と提携して商品開発する、と決めていたが、米国から横やりが入り、日生との提携を断念し、アフラックに郵政ネットを差し出すことになった。これもTPP交渉の「人質」である。

◆トヨタ、日産との共闘という深謀遠慮

話を軽自動車に戻そう。軽の税制優遇が仮になくなっても、アメ車が売れるわけがない。軽と競合するような小型車はアメ車のラインアップにはない。強いて言うなら2000cc以下にシボレーのソニックというクルマがあるが、名前も聞いたことのないクルマである。

米国はなぜ軽にこだわるのか。実はそこに米国の深謀遠慮がある。

結論から言うと、トヨタ、日産との共闘である。特にトヨタは「軽の優遇はく奪」に関心を抱いている。

時間を2000年に戻すとこんなシーンがあった。日本自動車工業会会長に就任した奥田碩トヨタ社長(当時)は、業界の課題として「軽自動車を含む税制の改正」を挙げた。軽の優遇税制を廃止して普通車と同じにしよう、という発言だった。

スズキの鈴木修会長が「聞き捨てならぬ発言」と怒った。「トヨタの社長としての発言ならいざ知らず、自動車工業会は軽を含むメーカー代表する組織。トヨタの都合で税制を変えようなどとはもってのほか」と反撃した。自工会の理事会でも問題になり、「自動車税制を平準化するなら、普通車の税制を軽並みに下げることを目指すべきで、軽の税金を引き上げる、という方向で議論するのはこのましくない」という申し合わせとなった。

奥田氏は02年の自工会会長を退任する記者会見で「やり残した仕事は?」との質問に「自動車の税制改正」を挙げた。小泉首相と近く、剛腕とされた奥田氏でも国民車「軽」の税制優遇に手をつけることはできなかった。以後、トヨタのトップは表向き「軽の優遇廃止」を言わなくなった。

◆経産省は「外圧による国内市場の打開」期待?

デフレで消費者の財布のひもは固くなり、ガソリン価格は高騰、クルマの保有コストは暮らしの重荷になっている。売れ筋は燃費がよく安い小型車だ。メーカーは小さなクルマで利益を上げたいが、軽の存在が価格の重しになっている。

トヨタは軽市場ナンバーワンのダイハツをグループに抱えているが、トヨタ本体にとって軽は目ざわりな存在である。税の優遇がなくなればカローラをはじめとする小型車群の収益が上がる。

米国は国内勢の対立に手を突っ込んで、軽の優遇削除に協力するから、アメ車の拡販に手を貸せ、という戦略のようだ。年間8000台から1万台程度しか売れていないアメ車が5割増しになっても4000-5000台である。30万台ぐらいある外車市場で見ればわずかの数字だ。その代償として、宿願の「軽の優遇廃止」に道が開ければ、悪い話ではない。

奥田氏のように正面から主張すればユーザーからも怨嗟(えんさ)の声が上がるだろう。国内の反対を抑える外圧利用は、経産省がこれまでしばしばやってきた手口である。

経産省とトヨタは切っても切れない関係だ。豊田章男トヨタ社長は「軽は国民車、税制改正の必要はない」と低姿勢だが、本音では「外圧による国内市場の打開」を期待しているのではないか。

軽の優遇税制を守ってきたのは政治力に定評のあるスズキの鈴木会長だ。「修さんの目の黒いうちは」、と言われてきたが、すでに83歳。メーカーの争いはさておき、軽自動車は日本の文化が生んだ世界に誇れる産物ではないのか。小さく、美しく、仕上がりがいいクルマ。そんな誇りがTPPという舞台に上がり「秘密交渉」のベールの陰に入ってしまった。大味なアメ車のちっぽけな野心で軽文化が消されていいのか。

消費税の次は軽増税などという事態にならないよう、見守る必要がある。

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