п»ї 時間を「分配」することで社会に向けた適切な準備を『ジャーナリスティックなやさしい未来』第226回 | ニュース屋台村

時間を「分配」することで社会に向けた適切な準備を
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第226回

1月 24日 2022年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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◆特別支援学校の3年間

特別支援学校を卒業後、障がい者雇用で一般企業に働いたものの、新型コロナ禍による業績悪化で雇用止めに遭い、再就職できないケースを最近立て続けに見てきた。障がい者雇用で働いていた環境から社会に放り出され、何もない状態の不安の中で周囲との人間関係につまずき、精神的にダメージを受けるケースとなる。

事情を聴きながら、当事者と接してみると、特別支援学校高等部の3年間にもう少し、社会に対応する力を身に着けることはできなかったのかとの思いに至ることがある。特別支援教育の「教育年限延長」の主張をしていた、障がい者の教育を保障しようとするグループの考えである。

昨今の「分配」を語る政権は所得を視野に政策を展開するのだろうが、機会の分配という視点で、この「年限延長」もまた、障がい者の社会での自由な活動を保障するための策として考えられないだろうか。「分配」の一環としてとらえることができれば、多くの可能性を喚起していくはずなのだが。

◆「時間がない」問題

文部科学省が掲げる特別支援教育の理念では「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取り組みを支援するという視点」に立つことが前提にある。主体的な取り組みの先にはその人らしく生きる力を身に着けることが目標としてある。

特に特別支援学校高等部の場合は、社会の一歩手前にいる当事者をその人らしく主体性を持つ状態にするのが責務ではあるが、この理念を十分に形にするには3年間で十分なのだろうか、との疑問符がつく。

少人数制で教員と密なコミュニケーションを取りながら3年間を過ごせるという保障はあるものの、生徒自身がゆっくりとしたスピードで、「自分」を確立していくという特性の人が多い中では、自分を確立するのは、関わる人も大事ではあるが、その「時間」を保障することも重要だ。実際、当事者の保護者との話では、次の進路までの「時間がない」という話はよく耳にする問題である。

◆仕事と学ぶで社会の接点

今年度、私は埼玉県立蓮田特別支援学校の就労支援アドバイザーとして、保護者への進路の可能性についての説明や教員向けの研修を行い、去年12月初めには生徒向けに「学び」の面白さを体験する授業も実施した。

ここは肢体不自由者の病棟も併設する学校で、18歳以降の進路は生活介護などの支援サービスを受けることが基本であるという考えが根強く、そこから仕事や学びで社会との接点を持つイメージはない。

それは重度障がい者の方が、社会での可能性を開かせる、に向けたサービスがこの社会にないことが原因であり、そのようなサービスの必要性を社会が認識してこなかったことは大きな欠陥ともいえる。

ここで「分配」の考えを当て込むのであれば、誰もが「その人らしく」機会を保障されている中で、機会の分配こそが国の責務と認識してほしい。障がい者にとっての最適な分配は、社会に出るための「時間」を与えることである、と。

◆じっくり考える機会

時間の「分配」の一つとして教育年限の延長もあるかもしれない。冒頭の話を例にすれば、特別支援学校の高等部を3年としていることで、拙速に社会に出ることを余儀なくされる状況を生み出しており、ここに必要な時間を分配できないだろうか。各人の障がい特性の差はあれど、自我の芽生えとともに、少しずつ主体的な学びができるようになった時期に3年間で次の進路を決めて社会に出される、もしくは福祉サービスを受ける生活に移行するのは、時間が足りない。

私も高等部3年生の親御さんと話をしていると、あっという間に3年生になり、実習を積み重ねて次の進路を選んでいくプロセスに乗ってはいるものの、ドタバタした感覚であることは否めない。

じっくり考える機会を与えること、じっくり育てる時間を提供すること、これこそが社会に出る障がい者への最適な「分配」だと考えながら、私は日々、やはりドタバタしながら、当事者と向き合い、学びと支援の中を行き来している。

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