п»ї 民間企業に汚職防止が求められる背景『アセアン複眼』第5回 | ニュース屋台村

民間企業に汚職防止が求められる背景
『アセアン複眼』第5回

11月 21日 2014年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories 代表。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表。公認不正検査士、独立行政法人中小企業基盤整備機構・国際化支援アドバイザー。

知人の日本人ビジネスパーソンと、ミャンマーでの贈賄に関する話になった。彼は「これがいいそうですよ」と、自分の腕時計を見せてニヤッと笑った。腕時計を賄賂に贈る、という意味である。もちろん相手の公務員やビジネスパートナーに上げる際には、市場で高く売れるよう箱入り新品でなければならない。日本からの出張で数箱持ってきては臨機応変に手際良く、渡して歩く人もいるという。

東南アジア諸国連合(ASEAN)域内では、贈収賄は「business as usual」という声をよく聞く。米国の贈収賄防止法(FCPA)に代表される、いわば国内法令が域外適用され、米国と関係ない(ように見える)取引でも訴追されるのは筋が取らない、という議論もある。が、先のオーストラリアでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議でも、政治腐敗は国家の成長にとっての阻害要因である、という位置づけがなされた。新興国ではテロや貧困と関係してくるだけに、孤立主義的な主張は通らなくなりつつある。

◆たった2ドルの賄賂を払えなかったばかりに

インド北部、ネパールと国境を接するビハール州で今年9月、9歳の男の子が病院に担ぎ込まれた。ところが、医師から酸素吸収などの指示を受けた担当薬剤師がしたことは、病気の親に対する100インドルピー(1.64米ドル)の賄賂の要求だった。親はこの2ドル、たった2ドルの金銭を払えなかったために男の子は処置を受けられず、その後亡くなってしまった
https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=s7WjibIMgBQ)。
この薬剤師は、必要とされる酸素吸入に空のシリンダーをセットしたのである。

インドの1人当たりの名目国内総生産(GDP)は約1500米ドル(2014年10月、IMF)。ビハール州のそれはインド平均の約3分の1。経済発展著しいとされる州だが、長年、賄賂の悪弊に悩まされてきた州でもあった。病院の壁には「病院職員に金銭を渡さないように」という貼り紙があったという。

その後11月16日、ビハール州の州知事(Chief Minister)はメディアに対し、「政治家は皆、福祉事業を食い物にする中間業者がいることを知っている」として、政治汚職の問題により多くの調査報道をするよう呼びかけた。

◆汚職はテロと貧困を助長する

世界で汚職撲滅に活動するNGOなどは、汚職が結果的に国民の貧困を助長する、という考えを行動原理にしている。汚職で政官が肥える→利権政治が助長 →政治の不透明化→富の不分配、という構図である。

新興国では年間で1兆米ドルもの資金が犯罪者集団により詐取されている、とする統計もある。マネーロンダリング(資金洗浄)、租税回避、横領。国民の豊かな暮らしに資するはずだった資金が、一部権力層の私腹を肥やす結果になっている、また、これを許しているのは犯罪に直接、間接的に加担する政治と官僚機構、という主張だ。統計をまとめた米団体「One」(www.one.org)は、汚職撲滅に向けたより積極的な施策導入を経済協力開発機構(OECD)首脳らに働きかけていることで有名だ。

米司法省の主張も、ほぼこのロジックに沿っている。同省高官は今年10月、米国内企業向けの講演で「海外での贈賄行為の取り締まりは米企業を不利にする、という議論があるのは承知している」とした上で、政府が海外へ汚職撲滅の手を伸ばす理由に次の4点を挙げている。①汚職国は治安が悪い②汚職は国の発展を阻害する③汚職は国民の貧困を固定化する④汚職国は司法が機能しない。なにより「不安定な国家はテロを助長する」という主張だ。
http://www.justice.gov/opa/speech/assistant-attorney-general-leslie-r-caldwell-speaks-duke-university-school-law)。発言自体はアメリカ中心主義的だが、テロや貧困は日本のセキュリティーとも無関係ではない。

◆民間企業はどうすればいいか(日本政府に期待はできない)

日本の国内法で日本企業による国外での汚職を取り締まるのは、外国公務員への贈賄を禁じた不正競争防止法第18条だ。しかし施行の1999年以来、極めて限られた適用例しかない。2008年には、経済産業省が外国公務員贈賄防止条約を管轄するOECDに呼びつけられ、積極適用を求められている。

最近ではトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が、同条約の執行(実際には国内法に基づく捜査立件)状況で39か国中、日本を4ランク中最低の「little or no enforcement」に位置付けた(2014年版「Exporting Corruption」http://www.transparency.org/exporting_corruption/ 実際の日本のランキングは18位)。立件数が多ければいいというものではないが、世界の輸出(=汚職の源泉)に占める日本の割合は4%で、これに対して2013年中の日本の捜査機会による捜査開始件数は3件、立件件数は1件。ランクトップの米国(輸出割合9.8%、捜査開始件数28件、立件件数20件)、2位ドイツ(同8.2%、16件、14件)と比べると確かに見劣りする。

汚職のまん延が指摘されるインドネシアのジョコ・ウィドド新大統領は、国家予算執行状況データを電算化し、監視できるようにして汚職撲滅に取り組んでいる。インドも「Digital India」の掛け声のもと、似た政策を進めている。マレーシアでも、贈賄をはたらいた個人だけでなく、企業も責任を問われるように法改正が進んでいる。

日本の動きは、こうしたものとは対照的。捜査着手や立件が少ない理由が色々とあるのは分かる。が、政府が前進に向けて力を入れていないことは否定できない。企業が「何をすればいいのか」を指南するようなベンチマークまでは、とても当局から出そうにない。

◆「第三者の調査」で企業が出来ること

FCPAなどの関係法令(日本を除く)は、自国企業の海外ビジネスにおいて、パートナーの事前の、かつ、漏れのないスクリーニングを要請している。取引の前に、相手先に贈賄の情報があるか、軍や政府との接点(=不明朗な公共事業落札など)がないか、世界各国から制裁対象になっていたり制裁対象者との取引があったりしないか、犯罪履歴は、などを旺盛に情報収集するもので、欧米企業のビジネス・プラクティスとしては基本動作の一つだ。「取引で贈賄の情報を聞いたら報告してください。しかるべく調査します」(=時すでに遅し)というのとは訳が違う。

上記の情報収集をうまく活用すると(いわゆるデュー・デリジェンス)、実はビジネス相手候補の財務データや事業データ(=定量データ)には現れない「レッド/イエロー・フラッグ」(=定性データ)をかなりの確度で特定できる。「渡る予定でない橋を避ける」ことができる上、定性データの強みである「取引相手の具体像把握」で、よりスピーディーな決定も可能になる。将来的な「善管注意義務違反」を避ける期待もできる。

日本企業にとっては、ここは実はかなり難しい。定性データは、時に白黒はっきりしないことが多く、情報解読者に判断を求めるのだが、筆者の経験から平均値的なことを言えば、日本企業は定性データの判断に慣れていない。デュー・デリジェンスをしている企業でも、規制対応の場合、レポート様式を定め、答えを極力「はい」「いいえ」に落とし込んでしまうケースが少なくない。これでは、定性データの特徴である曖昧(あいまい)性と、これをインテリジェンスに深化させる思考作業が削ぎ落とされてしまい、結果レッド・フラッグを見落とすことになる。

私は、このレッド・フラッグを見分けるお手伝いをすることを願ってアセアンで仕事をしている。が、宿題をせずに失敗した日本企業の事例を聞くたびに、海外進出でマーケットを取り込めるのは、ほんの一握りの試合巧者ではないか、という気持ちになってしまう。

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