п»ї 「地政学」について考える(その1)『視点を磨き、視野を広げる』第52回 | ニュース屋台村

「地政学」について考える(その1)
『視点を磨き、視野を広げる』第52回

7月 07日 2021年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

◆はじめに――国は引っ越しできない

「自由で開かれたインド太平洋」という日本発の外交構想がある。2016年に当時の安倍首相(第2次)が提唱したもので、米国をはじめ国際的な支持の広がりが見られ、日本外交の成果とされる。中国の海洋進出を念頭に置いたものであり、日本の外交戦略に地政学的視点が導入された例として知られる。

近年、国際的な緊張の高まりを背景に、地政学の「復活」が言われている。そこで、今回は地政学をテーマにしたい。地政学の説明で一番気に入っているのは――人は引っ越しできるが、国は引っ越しできないので地理的条件で国際関係を考えること(*注1)――というものだ。日本は米中ロの間に位置し、友好的な隣国はないという厳しい環境におかれている現実を直視した、地政学的思考が求められているのである。

関心の高まりを背景に、地政学を扱った書籍が数多く出版されているが、本稿ではその中から『新しい地政学』を選んだ。理由は、グローバル化以降の新しい地政学を模索した意欲的な本だからである。国際政治学における日本の第一人者で政策への影響力を持つ北岡伸一(国際協力機構理事長)と細谷雄一(慶応大学教授)が編者となって、各分野の学者を集めて地政学を多面的に論じている。

拙稿第46回から第51回にかけての「MMTを考える」では、中野剛志著『富国と強兵――地政経済学序説』で展開される地政学的論考を検討した。そこから導かれる中野の「富国と強兵」論は、日本の「覚醒」――国民国家としての原点に戻って対米従属から自立した国家への転換――を訴える。ナショナリスト(国民主義者)を自称する中野は、日本が直面する地政学的状況に強い危機感を抱いているがゆえに日本の自立を説くのである。ただ、その結論には、やや性急さが感じられた。

そこで、バランスを取るために、主流派による地政学の本を基準にすることにしたのである。本書が言う「新しい」地政学――リベラルな価値観に基づく国際的規範の確立――は可能なのかについて考えたい。なお、『新しい地政学』を中道とするならば、少しリベラル寄りの『教養としての地政学入門』(出口治明立命館アジア太平洋大学学長著)、右寄りの『(さくっとわかるビジネス教養シリーズ)地政学』(奥山真司青山学院大学講師著)も併せて読んだので適宜比較したい。

◆地政学の定義

まず地政学を定義しておきたい。地政学のキーワードは、「地理」と「歴史」であるが、『新しい地政学』においては、ストレートに――「地理」と「歴史」で世界を理解すること――と定義している。「新しい」とする理由は、古典的地政学がパワーポリティクスの世界を前提としていたのに対し、新しい地政学では民主主義、人権、法の支配といったリベラルな価値観の共有と国際的な規範(ルール)の確立を目標としているからである。これが本書のテーマであるが、それはまた現実主義と理想主義の相克という問題を提起しているので後述したい。

一方、『教養としての地政学』では、広辞苑の定義――政治現象と地理的条件との関係を研究する学問――を挙げつつ、「国は引っ越しできない」ので地政学が存在するとする。そして続けて、「サンドイッチ論」を唱える。これは、対立する国を挟んで向う側にある国と同盟を結ぶことで、「サンドイッチの具」にしてしまう戦略である。逆に自分の国がサンドイッチの具にされないためには、なによりも隣国と仲良くすることが重要である。「具」にされないように「世界史の権謀術策は繰り広げられてきた」として、出口が得意とする歴史解説が盛りだくさんで楽しめる。

これに対して『(シリーズ)地政学』では、地政学の定義において「他国との関係性や国際社会での行動を考える」点に重心を置き、「自国を優位な状況に置きながら、相手国をコントロールするための視点」だと表現している。政治的立ち位置は右寄りであり、最も現実直視派といえる。

◆地政学の基本的知識

地政学の前提となる基本的な概念について確認しておきたい。上記3冊の本は同様に、重要な概念として、ランドパワーとシーパワー、ハートランドとリムランドを挙げている。

●「ランドパワー」と「シーパワー」

「ランドパワー」とは、ユーラシア大陸にある大陸国家で、現在ならばロシア、中国である。「シーパワー」は海洋国家のことで、米国である。歴史的には、ランドパワー優位の時代とシーパワー優位の時代が繰り返されている。シーパワーの代表的存在であったかつての大英帝国は、ランドパワーの代表であったドイツと対立し二度の世界大戦に至ったように、ランドパワーとシーパワーは両立できないとされる。大戦争にならなくても、ランドパワーとシーパワーが対立した場合、周辺地域で国際紛争が起こる原因となることが多い。逆に言えば、中東やアフリカで起きている国際紛争は、複雑でわかりにくいが、その背後にはランドパワーとシーパワーの対立があると考えて分析するのが、地政学なのである。

●「ハートランド」と「リムランド」

「ハートランド」とは、ユーラシア大陸の中心部を指す。「リムランド」は、ユーラシア大陸の沿岸地域で、欧州から中東、インド、東南アジア、北東アジアと広域にわたり「弧」状に連なる地域である。地政学では、ハートランドを拠点とするランドパワーが、リムランドに侵攻して国際紛争が起こると考える。その時代に有力なシーパワー国が存在すれば、ランドパワーとシーパワーのリムランドを舞台とした紛争が起きやすくなる。朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東での諸戦争などがそうした例であり、リムランドは現代においても依然として紛争多発地帯を多く含んでいる。

こうした概念を打ち出した地政学者として、アルフレッド・セイヤー・マハン(1840〜1914)とサー・ハルフォード・ジョン・マッキンダー(1861〜1947)が知られる。マハンは米国の海軍軍人でシーパワーの概念を唱え、マッキンダーは英国人の地理学者、政治家で、シーパワーとともにランドパワーの重要性を論じた。

◆国際情勢の現状認識

●地政学の復活

近年地政学の復活が言われるのは、国際情勢の緊張が高まりつつあるという認識が広がっているからである。現状を地政学的にみれば、覇権国である米国に、新興国である中国が挑戦している構図である。『新しい地政学』においては、米ソ冷戦終結後の世界では、「新しい世界秩序を生み出そうとする高揚感」、すなわち――「ジャングルの掟(おきて)(弱肉強食のパワーポリティクスが支配する世界)」から「法の支配(ルールに基づいた国際秩序)」へという「新世界秩序」形成への期待――が高まったとする。

しかし、そうしたリベラルな国際秩序の確立は実現しなかった。その結果、覇権国である米国を含め、自国の国益や国家安全保障を実現することを目的に外交を行うべきというリアリズム的な思考が再び強まった。そして、「国家の重要性、地理の重要性、地政学の重要性」が増した。これを地政学の「復活」と呼んでいるのである。

●主流派の現状認識

『新しい地政学』においては、中国の台頭を地政学的に次のように解説する――中国は大陸国家(ランドパワー)として、ユーラシア大陸の「ハートランド」における影響力を拡大しつつある。また21世紀に入って海洋進出を加速しており、東アジアにおける地域覇権を目指すシーパワーとしての地位も手に入れようとしている――。

そして、米中の関係は――地政学的にはかつての米ソ関係のようにシーパワーとランドパワーの対立の構図になりつつある――と分析する。続けて――地域におけるシーパワーとしての日本の役割がいっそう大きくなりつつある――とする。

さらに――大国の究極の目標は、他の大国よりも支配的な立場を得ることにあり、支配力を得ることは自国の生き残りを保証するための最も有効な手段となる。そうした「最高の強さ」を希求する中国と米国の衝突は必然である――と分析するのである。

●出口の冷めた現状認識

出口は、日本を地政学的にみれば――周辺の国々(ロシア、北朝鮮、韓国、中国、台湾)のすべてと領土上の懸案を抱えている歴史上まれな国で、ロシア、中国という大陸の二大国家が太平洋に出ていく障害となる絶妙な位置に列島が連なっている島国――とする。日本は島国なので安全だと思いがちであるが、地政学的にみると実に難しい場所に位置しているという認識を持つことが大切だというのである。

そうした環境にある日本の選択肢は――実効性のある同盟候補は、米国、中国、EU(欧州連合)の三つしか存在しない。中国とは過去の歴史問題があり互いの国民感情はそれほど良くないし、政治体制も異なる。また、EUは相対的に軍事力が弱く、EU側に日本と同盟を結ぶ強いニーズはない。要は、日本にとっては米国しかない――という。その通りだろう。しかし米国にとって同盟候補国はたくさんあり、中国もその一つである。そういう「恐ろしい現実」があることを、きちんと考えて生きていくしかないのが、日本の地政学的な現実だとするのである。非常に冷めた見方であるが、真実を突いている。自由と民主主義を掲げていれば、米国との同盟がずっと続くと考えるのは幻想であり、状況が変化したら米中の妥協もありえるので、どこかに保険をかけておけという警句だと考えたい。

●「(シリーズ)地政学」における現状認識

3冊の中では、最も現実直視派で右寄りである。それは「自分たちに都合のいい平和論に流されず、広い視野で、世界を捉える能力を養う」「自らの国益のためだけに領土・権力争いを延々と続ける殺伐とした世界の国々の姿」という現実認識に表れている。

したがって、政治理念や理想は語らない。現在日本が置かれている状況を――安全保障を全面的に米国に依存しており、日本経済の生命線である原油や食料の輸入を米軍が守っていることを考えれば経済も米国の力に依存している――と理解する。米国との同盟は大前提であり、日米安保の存在も必然となる。

また、米国を自由民主主義陣営、中国を専制主義陣営と二項対立的な構図で理解しており、非常に明快である。一方で、それゆえに国際情勢が大きく変化したときに備えるという洞察に欠けている印象を受ける。

◆日本の外交戦略と新しい地政学

●日本の外交戦略

『新しい地政学』では、安倍政権の外交戦略における地政学的視点の導入を評価している。そしてこうした戦略は大きく三つのプロセスを経て発展してきたとする。

①「自由と繁栄の弧」:第1次安倍内閣時の2006年に麻生太郎外務大臣によって打ち出されたもので、弧状に広がるリムランドへの日本のいっそうの支援と協力を目指した

②「国家安全保障戦略」(第2次安倍内閣):日本が「海洋国家」としての戦略の必要性の自覚を示したマハン的戦略

③「自由で開かれたインド太平洋」(第2次安倍内閣):「ルールに基づいた国際秩序確立」の重要性を訴えた

本書では、これらの政策を地政学的観点から――日本は徐々にユーラシア大陸の「ハートランド」に対して、その外縁部にある「リムランド」への影響力を拡大すると同時に、シーパワーとして「国際公共財」としての航行自由原則を維持し、確立することを試みてきた――と評価する。そして――ランドパワーとしての中国、ロシアの連携に対してシーパワーとしての米国、日本は海上覇権を維持することを何よりも重要な課題としている――と主張する。

中国の台頭にどう対応していくかという問題は、日本だけでなく、現在の世界にとって最も重要な課題となっている。日本発の一つの答えが前述の「自由で開かれたインド太平洋」構想なのである。こうした政策は、価値観外交――民主主義や人権の尊重などを価値として共有する国家との関係を強化しようという外交方針(*注2)――といわれる。外務省の資料では日本外交の新機軸と位置づけて――普遍的価値(自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済)に基づく「価値の外交」――を謳(うた)い、リベラルな価値観の共有を打ち出している。本書がテーマとする新しい地政学を反映した構想だといえる。

なお、日本外務省は、この構想は、ビジョンを同じくする全ての国に対してオープンであり、中国排除を狙ったものではないとしている。また、米中対立を「民主主義対権威主義」という二項対立的にとらえるバイデン米国大統領の議論に関しても、それは仲間作りに「有用ではない」ことを助言していくことが日本の役割としている(*注3)。中国と経済関係が深い日本としては、慎重に言葉を選びながら行動していくということだろう。

●「新しい地政学」という視点

本書では、新しい地政学が古典的な地政学と違うのは、「法の支配」や「ルールに基づいた国際秩序」「開かれ安定した海洋」といった重要なルールを確立することを目指したものであることだとしている。そして、価値観を前面に出した外交戦略が語られる。

そうした価値観を信じることに問題があるとは全く思わない。その眼を日本国内に向ければ、格差拡大と貧困という現実を前にして、リベラルな価値の実現に向けてなすべきことは山積している。しかし、それを外交政策として発信していくこととなると、地政学の観点から若干の留保が必要ではないかと考える。すなわち価値観外交の目的が中国の海洋進出への対抗にあるならば、価値観を共有できない国とも協調関係が必要であろう。世界には経済発展による国家基盤の確立を政治改革よりも優先している段階の国も少なくない。そうした国々に働きかけを行う中で、価値観と地政学的要請との相克が起きてくる。価値観に重きを置けば地政学的戦略を効果的に展開できないし、地政学に重きを置けばその掲げる価値観自体が「欺瞞(ぎまん)」と映るだろう。

また、本書が説明するように米ソ冷戦終焉(しゅうえん)後の、リベラルな国際秩序の構築は、米国一極体制のもとにあっても実現できなかったのである。その後の中国の台頭とロシアの軍事的、政治的復活によって、パワーバランスは当時から大きく変化している。そうした環境下にあって、リベラルな価値観の正しさを主張しえても、それを実現することの困難さは増していると思われる。

本書が掲げるリベラルな価値観に基づく国際協調は、地政学的現実を前にしたとき、多くの課題が残されていると言わざるを得ない。理想を掲げつつも、現実に足場を置いて地政学的に行動する外交が求められるということだと思う。そうした葛藤は本書においても認識されており、次に説明するように北岡が書いた序章にそれが濃厚に表れている。

●新しくない地政学――伝統的地政学

北岡は、「すべての国の外交の基礎は国益である」という。そして国益とは――国民の安全、自由、繁栄、文化、伝統、アイデンティティーを守ること――だとする。世界は国益を追求する国の集合体であるとするならば、ジャングル同様に弱肉強食の掟が働くという前提で国際関係を考えることになる。グローバル化が進んでも依然として国家の役割は大きく、「国家の重要性、地理の重要性、地政学の重要性」が説かれる。序章では、こうした伝統的な地政学的前提に足場を置いているのである。続く第1章以降で展開される新しい国際秩序の確立に希望を託しつつも、その道は遠いことを北岡が誰よりも認識しているということだろう。現代においても、依然として伝統的な――新しくない――地政学は有効なのである。

それに加えて、北岡が、国内格差とアイデンティティーの問題を論じている点も興味深い。リベラルな価値観を戴き高邁(こうまい)な理想を語る先進国のエリートと、取り残されたラストベルトの住人やEU内の旧東欧の労働者を対比して、彼らのアイデンティティー希求が、トランプ現象や欧州のポピュリズム政党の伸張を生んだことを指摘する。それはあたかもリベラルな価値観を掲げて中国との違いを演出する米国や欧州は、自国内の問題を先に(少なくとも同時に)解決すべきだという自省を求める声のように聞こえる。

北岡は最後に、新しい秩序を作るための暫定的な案として、世界の紛争の現状維持を訴える。そして日本を含む主要国には、他国依存から脱して自国の安全には自国が責任を持つ体制が求められるとする。希望よりもほろ苦さが残る結論であるが、この「苦さ」こそ地政学的現実を直視した「保守」の立場だといえるのではないだろうか。

◆本稿まとめ

●現段階での地政学理解を要約すると――

◯すべての国の外交の基礎は国益であり、究極の国益とは自国の安全保障である。したがって、世界は国益のために領土や権益争いをする国の集まりだと理解すべき。頼るべきは自国の安全保障能力である。そこから出発することで、他国との実効性のある同盟が可能になる。

◯グローバル化、市場経済化が進んで各国の経済的関係が深まっても、国家の役割は変わらない。

◯日本は、地政学的には極めて難しい場所に位置しているという認識をもつべき――中国、ロシアが太平洋に進出する出口に位置し、海を挟んで米国と向き合う。歴史的事情により近隣諸国すべてと領土問題を抱える。

◯米国との同盟――戦後日本は、日米安全保障条約に守られ、地政学的現実の困難さに直面せずに済んだ。また、米ソ冷戦による米国の同盟国重視政策もあって、日本は軽武装・経済重視で経済成長を成し遂げ福祉国家建設に成功した。日本は歴史の幸運に恵まれたのである。

◯米ソ冷戦の終焉――米国にとって日本の存在意義の低下を意味し、日本は経済的にも失われた30年に苦しんだ。勝利によって自信を深めた米国は、中国をグローバル経済に統合しようとして、経済発展を望む中国との「大取引」が成立した。

◯米中対立の時代――グローバル化の恩恵を最も享受した中国が経済力を蓄えて、軍事的に台頭し、米中対立の時代を迎えた。そうした環境下で、日本は今後も日米同盟を基軸にすべきである。ただし米国の力は弱まっており、将来米中の覇権を巡る妥協が成立(結果として日本は邪魔になる)する可能性は排除すべきではない。日本は現実を冷静に分析して、考えうるシナリオに対処できる長期の国家戦略を構築すべき。

●現実主義と理想主義

『新しい地政学』を、リベラルな価値観の共有による国際協調という理想主義に重心をおいているがゆえに、地政学的現実との相克に陥るのではないかと批判的に評価した。「新しい」地政学を謳いながらも、依然として伝統的地政学に足場を置かざるを得ないと考えるからである。これは国際関係論における現実主義と理想主義の二つの考え方の対立軸と関係しており、重要な問題を提起しているので、それについて説明を加えたい。

中野剛志によれば、「現実主義」とは――国際システムを無秩序状態とみなし、国際関係をその無秩序状態の中で利己的に国家同士が繰り広げる闘争として理解しようとする思想――である。一方「理想主義」とは――民主政治の広まりや国家間の経済的な相互依存の深化によって国際紛争は抑止され、平和的な国際秩序が実現し得ると考える思想――である。

理想なき現実主義、あるいは現実を見ない理想主義は論外であり、その中間のどこかで妥協するのが国際政治である。とはいえ、理想主義と現実主義のどちらが世界に平和をもたらし、わたしたちの豊かさと安全を保障するかと真面目に考えだすと、なかなかの難問であることに気づく。

「現実主義」の下では、国家は国益を守るために富国強兵に努める。自国の安全保障能力と、同盟関係を組み合わせて近隣諸国との力の均衡を維持することが、平和維持のための重要な戦略となる。米ソ冷戦終結時に高まった理想主義的な世界秩序への期待は裏切られ、むしろ米中対立が激化していることも現実主義の正しさを示しているように思える。

一方「理想主義」においては、自由と民主主義、人権、法の支配は、人類普遍の価値であると考える。この考えを拡大していくと、国際間における自由な交易、人的交流や国際協調が平和をもたらすという信念が導かれる。こうしたリベラルな価値観は個人主義と親和性が高く先進国の知識層や若者を魅了する。そして国家は、市場や個人の自由を制約する権力として理解される。

こうしてみると、理想主義と現実主義の相克の原因は、国家の位置づけの違いにあることがわかる。次稿では、国家の役割を重視する中野剛志が『富国と強兵――地政経済学序説』で論じる地政経済学の検討を通じて、地政学についてさらに考えていきたい。

<参考図書>

『新しい地政学』北岡伸一/細谷雄一編、東洋経済新報社(2020年3月初版)

『教養としての地政学入門』出口治明著、日経BP(2021年3月初版)

『(サクッとわかるビジネス教養シリーズ)地政学』奥山真一著、新星出版社(2020年6月初版)

『富国と強兵――地政経済学序説』中野剛志著、東洋経済新報社(2016年12月初版)

(*注1)出口治明『教養としての地政学入門』より

(*注2)出所:Wikipedia。なお、本書では価値観外交という言葉を使用していない

(*注3)2021年6月30日「NHKニューウォッチ9」で放送された「自由で開かれたインド太平洋誕生秘話」で同構想のキーマンである外務省の外務省市川恵一北米局長がインタビューで語っている。詳しい内容が同日付けのNHKマガジン特集記事(Web版)で読める

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