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タイへの投資は日系企業にとって最適解か?
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第256回

12月 22日 2023年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

最近になり、大手日系企業数社から「タイとASEAN(東南アジア諸国連合)の将来性について、またそれを踏まえてタイへの投資適格性についてヒヤリングしたい」という相談を受けている。日本本社の企画部門や地域本部からの訪問で、2~3時間の長丁場のヒヤリングになる。ヒヤリングの具体的な目的は各社異なるものの、ロシア・ウクライナ戦争、米中緊張、ガザ紛争などの地政学的なリスクへの対応と、電気自動車(EV)、半導体、生成AI(人工知能)などの新技術への対応などが根底にある。タイへの投資の必要性については、既に拙稿第221回「タイへの投資拡大を今こそ考えよう」(2022年7月1日付)と第248回「タイ側パートナーとの上手な付き合い方―『低コストの生産拠点』見直す時」(23年8月25日付)で取り上げた。今回は、大手日系企業との議論も踏まえて、「タイへの投資適格性」について改めてお話ししたい。

◆長期施策の早急な導入を迫られる日本企業

まず、前述した拙稿の要約を以下にご紹介させていただく。第221回では、

①昨今のロシア・ウクライナ戦争や米中経済対立などの地政学上の対立を考えると、製品製造に際してはグローバルな部品の最適調達から「Just in Case」を想定した地域内が必要になっている

②タイは世界の中で中国に続いて日系企業の集積度が高く、かつ後背地にASEANという今後も発展が期待できる市場を持っている

③地政学的な優位性としては米国・中国・ロシアなどと国境を共有せず、また植民地化を免れてきた歴史を持つ優れた外交力を持つ

といった観点から、昨年初めより「タイへの投資の優位性」を説いてきた。また、第248回では

①1997年のアジア経済危機による外資規制の緩和策などにより、在タイ日系企業の業績は急回復し、2008年のリーマン・ショック以降は世界の中で最も儲かる拠点に変貌(へんぼう)

②在タイ日系企業が重要拠点化する中で、日本本社の管理が強化されタイ拠点の独自性が消失。世界中で最も儲かる拠点となったタイ拠点からの収益を最大限とするため、タイ人パートナーからの株式買い戻しの動きが出ている

③日本人駐在員はタイ側パートナーとのコンタクトが希薄となり、タイの生きた情報が入らなくなってきている

といった問題点を指摘した。今回は、日系企業数社の戦略企画部門との議論を踏まえて、もう少し議論を深めてみたい。

最初に指摘したのが、「タイの日系企業が世界の中で儲け頭になるに従って、中国など他国企業との競争力を失っている」といった点である。日本本社の管理が強化されたタイ拠点は短期的収益の最大化を求められている。このため、

①投資抑制による設備投資の遅れ―これに伴い生産効率や製品の品質が中国企業など他国製品対比で劣化しつつある

②日本型人事制度の押し付けによる現地従業員の雇い負け―優秀なマネージャークラスは中国やタイ企業に4、5倍の給与で引き抜かれる

③日本人の人件費抑制から熟練労働者派遣が見送られ、オペレーションが弱体化―タイのローカルスタッフとの意思疎通不足が発生し、工場運営にも支障が出ている

④交際接待費抑制から日系企業間の交流減少―企業間の協業が減少

といった弊害が発生し、中国やタイ企業との競争力を失ってきている。日本企業は短期的な収益達成を棚上げし、長期施策を早急に導入しなければならない瀬戸際に立たされている。このままでは日本が自滅していくに等しい。

◆市場寡占化こそ利益を最大化する王道

次に地政学的観点の議論を振り返ってみたい。2年ほど前から地政学的緊張の高まりを背景に、私は日系企業のタイ投資を推奨してきた。しかし残念ながら、直近の日系企業のタイ投資状況は芳しくない。この間隙(かんげき)をぬって積極的にタイに投資したのは、中国、台湾、米国の各企業である。

22年のタイへの外国資本投資額(認可ベース、タイ投資委員会データ)を見ると、①日本16%②中国13%③台湾14%④米国12%⑤香港7%――と表面上は日本が最大の投資国となっているが、日本からの投資は主に設備更新などで、前向きな投資とは言えない。10年ほど前は日系企業のタイ投資額は、外国投資全体の50%を超え、圧倒的な1位だった。さらに22年の数字を詳細に見ると、中国と香港を合わせると20%と、日本を超える。そして23年は、中国がタイへの投資国第1位になる見込みである。

日本のタイ投資が停滞している間に中国、台湾、米国の各企業が積極的に投資を行ってきている。このためタイの工業団地販売各社は、23年の販売額が過去最高を記録。現状では、販売できる土地の在庫もない。中国、台湾、米国の各企業が積極的に工業用地を買いあさっているからである。これらの国・地域は、現在進行するデカップリングの当事国・地域である。こうした国・地域が地政学的なリスクを避けるため、タイを選択している。欧米諸国との連帯を明確にしている日本も、地政学的なリスクに大きくさらされていが、その対応において中国、台湾、米国に大きな後れを取っている。繰り返しになるが、タイは中国、台湾、米国など海外諸国・地域から、地政学的なリスクを避けることが可能な最適国と見られているのである。

3つ目に指摘したいのが、「日本人の価値観が他国の価値観と異なってきている」ということである。日本企業は株主資本主義の名の下、大株主であるファンドの意向を尊重し、短期的利益の計上に奔走している。そのため前述に通り、投資の抑制などを行い、結果として基礎的体力が落ち込んでしまった。

それだけでない。ROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)の指標に縛り付けられ利益率の確保を目指している。ところが、国家体制を敷く中国企業やオーナー企業であるタイ企業はこうした縛りがなく、柔軟に戦いを挑んでくる。タイに進出した中国EVメーカーのBYDの責任者は「1ドルでも利益が出るならその価格で売り出す」と、バンコック銀行の担当者に語った。市場占有が至上命題なのである。

これは中国企業に限ったことではない。GAFAなど米国企業も同様な動きをしている。Amazonはインターネットを使用したEC(電子商取引)で競争優位な地位を確立。さらに確固たる優位性を獲得するため、自社で航空貨物機やコンテナ船を保有し、世界最大の物流業者に変貌しようとしていることはあまり知られていない。Googleも世界最大のクラウド会社としてだけではなく、今や世界最大の海底ケーブル運営会社になろうとしていることも知られていない。市場の寡占化は利益を最大化する王道なのである。ところが、日本企業はこうした戦い方をしていない。

◆タイは世界の動きを知る上での重要拠点

価値観の違いはこれだけではない。最近になり、タイの自動車市場における中国企業の進出は著しく、今年10月の自動車販売台数のうち15%を占めるまでになった。昨年実績の4.5%と比べても急速に増加していることがわかる。中国メーカーはEVを積極的に投入しており、直近でタイの自動車販売の10%はEVである。

今年9月ごろから、タイの日系自動車メーカーの幹部は頻繁に中国を視察に訪れている。その幹部の方々にうかがうと、「中国車は自動車の上にタブレットを乗せているのではなく、タブレットから自動車を作っている」という表現を使う。自動車の概念は「移動手段」から「居住空間」と大きく変貌している。ある幹部は「動くラブホテル」とまで指摘していた。

ここで重要なことは、こうした新しい概念が積極的に中国の人に受け入れられているという点である。最近ではこうした中国車に試乗した日本人も、静寂性や加速走行性を含めて中国車の優位を認め始めている。中国人はかなりの「新しい物好き」である。中国でEVを売るにあたっては、東風汽車や広州汽車などの既存の自動車メーカーでも新ブランドを立ち上げないと売れないようである。

「安心・安全に基づいた実績」よりも「新しいファッション」のほうが重要なのである。こうした傾向は、米国も同じであるとも聞いた。世界で戦う上で、「日本人の価値観とは異なるものがある」ことを私たちは強く認識する必要がある。日本にいてはこうしたことに気付かない。世界中の人や文化を積極的に受け入れるタイは、世界の動きを知る上で重要な拠点となりつつある。

◆日本人がタイ人から学ぶべきことは多い

さらに私が気がかりなのは、日本人がタイ人やタイ企業を過小評価している点である。タイの1人当たりGDP(国内総生産)は依然として、日本の5分の1しかない(2021年)。しかしこれは、都市と地方の貧富の差が大きいからであり、バンコクに限ってみると福岡県のそれとほぼ同等である。大学進学率(18年)も日本が53.3%(短大を除く)に対し、タイは51.4%と遜色(そんしょく)ない水準であり、女性に限って言えば、タイの進学率のほうがは日本より高い。

産業に関しては、確かに製造業は日本のほうが圧倒的に強い。しかし小売業はチャロン・ポカパン(CP)グループ、セントラルグループ、TCCグループの寡占状況が確立されている。デパート業界もセントラルグループとモールグループの2強である。

コロナ禍が明けてから、日本の地方公自治体のタイ詣でが再開した。地方の特産品を売りたいという。ところが、CPグループが運営する、1万7000店にも上るセブンイレブンに対して供給責任が果たせる日本企業はほとんどない。

コンビニエンスストアについて言えば、かつてファミリーマートがタイで展開していたが、すでに撤退してセントラルグループに売却。ローソンはタイの日用品卸売り大手であるサハグループの援助を得て、現在も運営されているが200店舗、とCPグループに遠く及ばない。デパートも同様の状況である。大丸、伊勢丹、そごう、東急などかつては日本のデパートがタイの高級日用品の販売を独占していたが、台頭するセントラルグループなどとの競争に敗れ、現在は18年にタイ市場に新規参入した高島屋のみだが、苦戦は免れない。

これだけではない。CPグループは世界最大の鶏肉業者であり、世界中に輸出している。セントラルグループはヨーロッパにデパートを5店舗展開する世界有数の小売業者になろうとしている。またベトナム、ミャンマー、カンボジアなどアセアン諸国のスーパーや小売店を見て回ると、サハグループの日用品をはじめてしてタイ製品があふれ返っている。ホテルについてもセントラルグループ、ズシットグループ、アナンタラグループなどが日本に進出している。小売業やサービス業はタイ人の得意とする産業である。こうした能力は日本人より優れており、日本人がタイ人から学ぶべきことは多い。

◆タイ投資を強化、付加価値重視の経営に転換

以上の認識を踏まえて、日系企業は今後どのように戦略を立て直す必要があるのだろうか? 台頭する中国企業を相手に「ある程度の品質のものを安く作り、安く売る」という日系企業の従来の発想はもう通じない。利益率よりも市場獲得を最優先する中国企業やタイ企業と戦うためには、早急に「付加価値を重視する経営」に転換しなければならない。そして、それを実現する上でタイへの投資を強める必要がある。

繰り返しになるが再度、日系企業にとってタイが最適投資国である理由を以下にまとめておきたい。

①タイは進出日系企業数が5800社に上る日系企業最大の産業集積地。また米中摩擦などからの影響を受けにくい地政学なリスクの低い国。戦争など重大な事態が起こった場合でも厚い産業集積によって製造を継続できる可能性が高い

②紛争当事国であるロシア、ウクライナ、イスラエル、中国、米国などと等距離外交を採用しており、こうした市場へ引き続きアクセスが可能。こうした観点から直近は中国、台湾、米国の各企業のタイ進出が加速化している

③後背地にアセアン、インド、中東、豪州など今後も成長が期待できる市場を抱えている。世界有数の輸出基地となる可能性がある

④観光や企業誘致などを進め、海外との交流が活発な国民性。タイに進出すれば日本人の気づかない「世界の価値観」を知ることができる。世界戦略を立てる上で重要な拠点

⑤タイ人の国民性は親日的で、かつマーケティングやデザイン能力に優れている。またタイの小売業やサービス産業はすでに世界で有数の企業に育ってきている。今後、付加価値を重視する経営に転換する必要のある日系企業は、タイ企業との協業を図ることで新たな市場開拓や製品開発につなげていくチャンスが生まれる

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第248回「タイ側パートナーとの上手な付き合い方―『低コストの生産拠点』見直す時」(2023年8月25日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-127/#more-14108

第221回「タイへの投資拡大を今こそ考えよう」(2022年7月1日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-97/#more-13132

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