п»ї 岸田首相のテレサ・テン「時の流れに〜」が招いた日本の不幸 『山田厚史の地球は丸くない』第248回 | ニュース屋台村

岸田首相のテレサ・テン
「時の流れに〜」が招いた日本の不幸
『山田厚史の地球は丸くない』第248回

10月 13日 2023年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「岸田政権、もう2年だよ」「えっ、もうそんなになったのか」

この手の会話をよく耳にする。それほど印象の薄い政権だが、やっていることは、中国を敵視する「安保政策大転換」や「原発推進へのUターン」といった未来への針路を危うくする政策だ。希薄な存在感と強面(こわもて)政策。このギャップをどう考えたらいいのか。

岸田文雄は「気配のない政治家」である。意識して「気配と消す」というほど周到とは思えない。存在感が希薄、首相という輪郭が見えないまま、透明人間のように状況に溶け込む。「気配を感じさせない政治家」と言った方がいいかもしれない。

◆「状況に逆らわない」岸田路線

記者会見では、紙を読みながら抑揚をつけ、丁寧に首相を演じている。「熱」が感じられない。言葉に心がこもっていないから、伝わってこない。

「何をやりたいのか分からない」とよく言われる。「そんなことはない。軍拡、原発再稼働、アベノミクス継続などはっきりしている」などの反論があるが、どれも「安倍晋三の置き土産」のような政策ばかりで、岸田オリジナルではない。自らが掲げたのは「新しい資本主義」くらいだが、看板政策とされるが、中身にガツンと来るようなものは何もない。

歌手のテレサ・テンに「時の流れに身をまかせ」というヒット曲がある。

時の流れに身をまかせ あなたの色に染められ だからお願いそばに置いて……。岸田政治って、これではないか。

自民党の最大派閥は「旧安倍派」。第4派閥の「岸田派」は主流派に逆らわない。「あなたの色に染まるから、お願い、そばに置いて」である。首相の座にとどまり続けるには「時の流れに身をまかせ」るしかない。「状況に逆らわない」というのが岸田路線である。

そうした姿勢は首相就任の直後から始まっていた。2年前、自民党総裁選に出馬した時、岸田は、格差拡大の処方箋(せん)として「1億円の壁の解消」を挙げた。所得が1億円を超えたあたりから実効税率が下がる。現状は金持ちに有利な税制になっている。金融所得は一律2割の分離課税になっているからだ。利子・配当も他の所得と合算して総合課税にすることで「金持ち優遇税制」を打破しようという、極めて常識的は政策だった。ところが首相になった途端、取り下げてしまった。証券会社や銀行などが抵抗し、党内から異論が上がったからだ。

アベノミクスへの対応も同様だった。成果が出ないばかりか金融緩和による副作用が出ている。「見直し」を匂わせていたが、「継続」に変わった。安倍派の支持を取り付けるためだった。

軍備拡大・原発復帰など今の岸田政治のコアになるような政策は、総裁選の政策メニューに入っていなかった。ムクムクと起き上がってきたのは就任後である。「変節」は、状況追認という岸田政治の姿勢の結果である。

◆人々の耳に残らない言葉

「安保政策の大転換」となった国家安全保障戦略の改定がなされたのは2022年12月だが、導火線は安倍政権の頃から敷かれていた。米国が中国を「最大の競争相手」と呼ぶ仮想敵国と見なすようになったのは、オバマ政権の頃からである。「石油の時代」が終わり、世界の覇権を中国と争う、というシナリオから日本の役割が変わった。太平洋に張り出す中国の影響力を抑止する最前線に日本を活用するという方針を受け入れたのは安倍である。具体的手段が、兵器爆買いと対中ミサイル網である。

岸田は総裁選まで「被爆地広島の政治家」として核軍縮などを挙げていたが、首相になると「日米同盟強化」へと進み、日本の国是とも言える「専守防衛」を空洞化する敵基地攻撃能力を「反撃力」と言い換えて推進する立場に変わり、防衛予算倍増へと舵(かじ)を切る。

「戦争に負けた日本は天皇を国体とすることを放棄し、代わって国体となったのはアメリカ支配だ」と、政治学者の白井総(しらい・さとし)は言うが、歴代の自民党政治が後ろ盾としたのはアメリカだ。「長いものには巻かれる」の岸田は、バイデンに媚(こ)びている。

「時の流れに身をまかせる政治家」だからこそ、抵抗なく「安倍・菅政治が敷いた路線の継承者」として、実務を粛々と進めることができた。安倍や菅が叫べば警戒感が広がる政策であっても、政策への思い入れがない岸田が発する言葉は、人々の耳に残らない。平和憲法を完全に空洞化する「政策の重大さ」を有権者は聞き流してしまう、という現象が起きている。

◆目前の政局を切り抜けることに腐心

政策を変えたり、流れに抗(あらが)ったりすると、政治はギクシャクする。時の流れに身をまかせれば、抵抗は少なく、失敗のリスクは減る。岸田政治の特徴は、異論が上がる前に「ハイハイそうします」と、リスク回避に動くことだ。その結果、何が起こるか、未来への責任に目を瞑(つぶ)り、目前の政局を切り抜けることに腐心する。

そうやって2年間を大過なくやり過ごしてきたが、私たちの社会は極めて危ない状況に引き込まれてしまった。

いつのまにか米中対立の最前線に押し出された。米国が中国に向けて並べるミサイルを日本が税金を投じて肩代わりする。米軍の指揮下に入り、米国の戦争に駆り出される危険が飛躍的に高まった。中東など地球の裏側での戦争協力とは大違い。台湾海峡で万が一起きたら、日本は米国の側に立って参戦し、攻撃の標的になる。

中国は最大の貿易相手国であり、日本経済の支えとなっている。太平洋の向こうにある米国と事情は違うが、日米同盟重視の政治は、日本が対中外交を柔軟にすることを妨げている。米中の間に立って戦争を防ぐ外交を模索するのが日本の役割のはずだが、岸田政権は米国の顔色をうかがい、中国は「日本は米国の手下」と見ている。日本は外交の世界で存在感を失った。

◆目先のリスク回避がとてつもないリスクに

「対中抑止力」を高めるため、5年で43兆円という膨大な予算を組む。財政をますます悪化させ、高齢化社会に不可欠な社会保障制度や未来への投資である教育科学予算にカネが回らない。

「少子化対策」や「子ども政策」など真っ先に手をつけなければならない政策が財源で行き詰まっている。増税が取り沙汰されるが、「ことを荒立てる」ことを嫌う政権にその覚悟はない。流れに身をまかせれば「国債増発」へと動くことになるだろう。GDP(国内総生産)の2倍に達する借金がますます膨らみ、利払い負担を軽くするため国債金利を抑えたい。だから日銀は長期金利の抑え込みをやめられない。

世界的なインフレでアメリカもEU(欧州連合)も中央銀行は金利を引き上げているというのに、日本は利上げに動かない。内外金利差はどんどん拡大し、日本のカネは金利のある米国や欧州に流れる。円安はどんどん進み、輸入インフレが物価高騰に拍車をかけ、国民生活を圧迫する。

政府は「物価対策」と称して財政主導のバラマキ予算を展開し、日銀はインフレを煽(あお)る異次元緩和を今も続ける。財政と金融が逆向きのマクロ政策も「流れに身をまかせ」という政策が行き着いた先だ。

党内では最大派閥に逆らわず、日米同盟重視というアメリカ支配に逆らわず、細部の政策は実務を担う官僚機構に身をまかす。そうしていれば面倒は起こらない、という状況追認を岸田首相はこれからも続けるのか。目先のリスク回避が、とてつもないリスクを抱え込んだ、というのが「岸田政治の2年間」だった。

気配が感じられない政治家の「怪しさ」、そんな政治がもたらす「危うさ」。有権者は気づいてきた。なだらかな支持率の低下は、その表れではないだろうか。(文中敬称略)

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