п»ї 新首相・岸田文雄を信用できます?『山田厚史の地球は丸くない』第198回 | ニュース屋台村

新首相・岸田文雄を信用できます?
『山田厚史の地球は丸くない』第198回

10月 15日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

歩き方は、のっしのっし。風貌(ふうぼう)は、端正なお坊ちゃん。印象として、悪い人ではなさそう。でも、この人に国政を任せて大丈夫だろうか。そんなおぼつかなさを感じさせる新首相である。

国会は10月14日、解散した。衆議院選挙は19日に公示され、本格的な選挙戦が始まる。前回から丸4年。有権者はやっと国政に「一票」で参加できる。

 衆議院選挙は政権選択選挙だ。問われるのは「岸田政権を支持するか」。有権者は判断に迷うのではないか。政権の実像がまだはっきりしない。

新首相は国会で所信表明演説を行い、各党から代表質問を受けたが、答弁は紋切り型。予算委員会などで丁々発止の論議はない。なによりも不安なのは、岸田文雄という政治家が、なにを考えているかよくわからない。この首相は、どこを目指し、なにをしようとしているのか。ギラギラした野心は見えない。ただ首相になりたかっただけなのか。政権の核心にモヤがかかったまま、総選挙に突入する。

◆「1億円の壁打破」あっさり取り下げ

岸田首相が掲げる旗印は「新しい資本主義」。規制緩和や構造改革などで一世を風靡(ふうび)した競争重視の市場経済は、経済勝者を生んだ一方で、貧困と格差を拡大した。アメリカでは1%の金持ちが富の99%を支配し、「ウォール街を占拠せよ」という若者の反乱を招き、時代に取り残され怒った民衆がトランプ大統領(当時)を生んだ。中国では習近平国家主席が「共同富裕」を説き、富の集中への警戒感が広がっている。日本でも小泉・竹中改革から始まった新自由主義経済は、企業のリストラや非正規労働者を増やし、社会的苦痛や不安を広げた。

こうした弱肉強食の経済ではなく、「分配」に配慮した「分厚い中間層の形成」を掲げて首相の座を射止めた岸田氏は、自民党内リベラルを標榜(ひょうぼう)する派閥「宏池会」のリーダーである。政策の一つに挙げたのが、「1億円の壁の打破」。税制の歪(ひず)みを正そうという試みだ。

日本の所得税は累進課税となっている。所得金額が増えるにつれ、税率は上昇する。所得税の最高税率は55%、6000万円を超えると適用される。ところが、1億円を超えると税率は逆転して下がるという「異変」が起きている。

理由は、富裕層の資産構成にある。金持ちになればなるほど、持ち株など金融資産の配当が、所得に占める割合が多くなる。金融所得は他の所得と合算されず、分離課税だ。つまり所得がいくらであろうと一律20%の税率が適用される。その結果、所得が1億円を超えるあたりから税率は低下する。富裕層は収入がたくさんあっても税率は低い。この不平等は財務省で以前から問題にされていたが、銀行・証券業界のロビー活動や資産家の意向が政治に反映し、手がつけられていなかった。

岸田氏(のブレーン?)は「公平な税制」「格差是正」の観点から、金融所得への課税強化を「検討課題」として、総裁選で公約に掲げた。ところが首相に就任すると、態度は一変した。フジテレビの番組で金融所得への課税を聞かれると、「当面は触れることは考えていない」とトーンダウンした。

岸田氏が自民党総裁に有力視されてから東証の日経平均株価は下落し、ピークに比べて2000円ほど下がった。「1億円の壁打破」は株式配当への課税強化となるので、市場では悪材料と見なされた。株式市況は様々な要因で動くものだが、金融所得課税の見直しに証券業界から反対の声が噴き出た。自民党の岩盤支持層である資産家も反発したに違いない。

国会で枝野幸男立憲民主党代表に問われた首相は、「まずやるべきことがたくさんある。分配政策の優先順位が重要だ」と先送りを表明した。

金融所得課税は財政当局にとって長年の課題だったが、自民党に多額の政治献金をしている銀行・証券業界が抵抗していた。だが「金持ち優遇税制」である金融課税に切り込むのが「公正な分配政策」ではないか。「1億円の壁」を総裁選の公約に掲げるにはそれなりの覚悟があったはずだ。だというのに、さしたるこだわりもなく、あっさり取り下げたことに、政治家としての「軽さ」を感じた人は少なくないだろう。

◆「発言がころっと変わる」新首相

似たような方針転換は他にもある。選択的夫婦別姓もそうだった。「個性を大事にするといった観点からも議論を前向きに進めることは大事なのではないか」などと積極的な発言をし、野田聖子議員と並んで「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」に名を連ねていた。首相になると、「国民の間に様々な意見がある。引き続きしっかりと議論すべき問題だ」と後退した。

 安倍首相(当時)が憲法9条改憲を打ち出した2017年、外相だった岸田氏は「9条改正は考えていない」と言い切った。それが今では、9条への自衛隊明記を含む改憲4項目を「総裁期間中にめどを付けたい」と言う。

 森友学園での国有地払い下げに絡む公文書改ざん事件についての再調査に、「国民が足りないと言っているので、さらなる説明をしなければならない課題だ。国民が納得するまで説明を続ける」とテレビ番組で言っていたのに、この発言に安倍元首相が反発したと伝えられると、「行政、司法の対応が確定したならば、求められれば説明する。それ以下でも以上でもない」と口が重くなった。

 元首相の安倍・麻生氏らの応援があって自民党総裁になったという事情があり、変節は本意ではないだろう。だが、あまりにもあっけなく発言が変わった。まるで政策にこだわりはないかのように。

国会で計118回、虚偽の答弁をした安倍元首相は「息を吐くようにウソを言う」と言われた。用意された紙を棒読みするばかりだった菅義偉前首相は「自分の言葉で発信できない人」と評された。

新首相・岸田文雄氏は「発言がころっと変わる」。3代の首相それぞれだが、政治家は言葉が勝負ではなかったか。

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