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データを食べる
『みんなで機械学習』第42回

7月 08日 2024年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

o株式会社ふぇの代表取締役。独自に考案した機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を模索している。元ファイザージャパン・臨床開発部門バイオメトリクス部長、Pfizer Global R&D, Clinical Technologies, Director。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル

1   はじめに; 千個の難題と、千×千×千×千(ビリオン)個の可能性

1.1 個体差すなわち個体内変動と個体間変動が交絡した状態

1.2 組織の集合知は機械学習できるのか

1.3      私たちは機械から学習できるのか

2   データにとっての技術と自然

2.1 アートからテクノロジーヘ

2.2 テクノロジーからサイエンス アンド テクノロジーへ

2.3 データサイエンス テクノロジー アンド アート

2.4 データサイクル

2.5 データベクトル

2.6 局所かつ周辺のベクトル場としてのデータとシミュレーション

3  機械学習の学習

3.1 解析用データベース

3.2 先回りした機械学習

3.3 職業からの自由と社会

3.4 認知機能の機械学習とデジタルセラピューティクス(DTx)

3.5 学習は境界領域の積分的探索-ニッチ&エッジの学習理論

3.6 機械学習との学習

4  機械学習との共存・共生・共進化-まばらでゆらぐ多様性

4.1 生活と経済の不確実性

4.2 生活と経済に関連する技術は、何を表現しているのか

4.3 スモール データ アプローチ-個体差のまばらでゆらぐ多様性

4.4 まばらでゆらぐ多様性の過去・現在・未来

4.5 生活の不確実性を予測する

4.6 弱い最適化脆弱性/反脆弱性からのスタート

4.7 ひとつのビッグ予測、たくさんのスモール適応

5  自発的な小組織(seif-motivated small organizations)

5.1 社会、地域、家族 vs. 国家、企業

5.2 組織は組織でできている組織サイクル

5.3 機械学習する組織

5.4 CAPDサイクル

5.5 ビジネス表現の個体差(AI中心8画面周辺モデル)

5.6 組織の周辺積分的思考

5.7 データサービス商品を創出する知的自由エネルギー産業-固有場知能農業

6  おわりに;生活と社会のビューティフル ランダム パターンズ

6.1 ほとんど色即是空・空即是色な世界

6.2 ランダムな人びと(前稿)

6.4 延長されたフェノラーニング®(本稿)

『みんなで機械学習』のシリーズ記事として、「スモール ランダムパターンズ アー ビューティフル」を連載してきた。今回が最終回となる。何が言いたいのかよくわからない、専門的知識があるのかどうかもよくわからない、よくわからない記事にお付き合いいただいたことに感謝したい。「ニュース屋台村」という「表現の場」に、読者の皆様が参加していただいたことで、なんとか「データ論」らしきものを書き残すことができた。筆者としては、「データ論」を読んだことがないので、自分で書いてみた。データの意味は、言語で表現できないことがある。特に、個体差があるデータの意味は、統計解析でも不明確な場合が多い。そこで、個体差の機械学習という課題で、データの意味や可能性を探求する試みを、「スモール  ランダムパターンズ アー ビューティフル」と題した「データ論-試論」として記述してみた。記述内容としては、近未来の自分自身のビジネスとして、中小企業の経営論を意識したので、何らかの経済活動の役に立てば、望外の幸運だ。

日本の人工知能(AI)技術は、米国や中国と比べて、国際競争力がないといわれる。「データ論」の立場では、現状のAI技術は、ありうる技術の5%も実現できていないだろう。英国の蒸気機関は産業革命をもたらした。熱力学の立場では、米国の核爆弾が、ありうる技術の50%程度の、折り返し地点だろうか。産業活動としては、「競争」は不可欠で有意義であることを認めたとしても、技術そのものにとっては、問題を発見して解決する社会的適応のほうが、「競争」よりも重要だ。そして、試行錯誤する技術的冒険の繰り返しを支える、人びとの好奇心なしには、未来に続く技術の発展は望めない。プロ棋士が、AI将棋(囲碁)に勝つか負けるかではなく、プロ棋士が、AI将棋(囲碁)と共に作り出す新しい物語を、人びとが楽しむ、そのような冒険物語は、日本が世界に先駆けている。

筆者は、偶然、米国のSAS(Statistical Analysis System)という統計解析システムに出会ったことで、40年以上、医学研究や技術開発の現場での、「データ」解析を生業としてきた。本業が忙しい先生や研究者をお手伝いする、副業だったけれども、現在は、データサイエンスという、立派な職業になっている。筆者自身の仕事も、統計解析だけではなく、データマネジメントから機械学習へと、仕事のすそ野が広がっている。「データ」にはどのような可能性があるのか、技術や経営の視点だけではなく、産業革命以降の近代文明の光と影のような、文明論的な時間スケールで思考実験することを試みたこの「データ論」は、哲学もどきの論考となる場合もあった。哲学が「言語」を超えて、近未来のデータ文明論の羅針盤となるとは思えないけれども、人びとの好奇心を共有する「表現の場」が、哲学もどきも許容して、覇権国家や巨大グローバル企業の不毛な競争原理では実現できない、データの可能性を実感する場となってもらいたい。近未来のデータ・サイエンス・テクノロジー&アートが、人びととともに、社会的適応と社会的変革を先導することを切望している。

筆者は、社会主義者でも個人主義者でもなく、人間中心主義すら信じない、生活を重要視する周辺主義者だ。予測困難な現状において、予測可能性を多少でも向上させることに努力したい。西欧中心の近代文明が、予測困難な社会や地球環境を作り出して、無責任に行き詰まった。大きな危険を予知して回避するためには、小さいニッチ(棲〈す〉みか)に適応する戦略が有効だ。英国の生物学者リチャード・ドーキンス(1941~)の『延長された表現型: 自然淘汰の単位としての遺伝子』(紀伊國屋書店、1987年)とは、筆者の社会的・技術的な進化論の解釈はかなり異なるけれども、個体差の機械学習法フェノラーニング®の冒険物語として、延長されたフェノラーニング®を列記・素描して、「おわりに」の宿題としたい。

(1)個別化栄養データの機械学習

健康寿命の延長には、医学よりも栄養学の寄与のほうが大きいと思われる。医学が奏効するのは、栄養状態が良い時だ。疾患の診断技術が進歩して、治療法の選択肢も増えたので、患者個人の病態に適合する個別化医療が指向されている。経済的格差が広がり、高額医療は金しだいというのも個別化医療かもしれない。患者にとっては、病気の予後がどうなるのか、正確な予測が知りたいけれども、天気予報の降雨確率程度の信頼性であっても、予後予測の個別化医療の実現には、100年以上かかるかもしれない。よく効きそうな薬剤を選択する個別化医療が始まったばかりだから、まだ先は長い。

医療保険は収入に依存するのに、医療費そのものは収入に依存しない。筆者は、医療の進歩の恩恵に浴する機会は、平等であるべきと考えている。人道主義的な立場からではなく、医療の進歩に寄与するのは患者個人であり、囚人・軍人・貧乏人の寄与が大きい。金持ちは、人数が少ないし、ビジネスに忙しくて、あまり臨床試験に寄与してくれない。金持ちが多額の寄付をしても、医療の進歩には時間がかかるので、医療の進歩を経済的に支えるビジネスモデルの工夫が必要になる。医療の進歩が期待できないのであれば、人びとの寿命のようなもので、医療が平等である必要はない。

栄養学は、ビタミンやミネラルなどの必須栄養素を明らかにして、年齢や性別に応じた、健康な状態を維持するための食事のアドバイスを行う。糖尿病や腎臓病など、疾患に応じた食事のアドバイスも栄養学の役割だ。最近では、データ駆動型個別化栄養学(『プレシジョン栄養学-データ駆動型個別化栄養学の社会実装に向けて―』〈小田裕昭・田原優・園山慶、責任編集、建帛社、2024年〉)が発展している。

筆者が探求している個体差の機械学習、フェノラーニング®は、網羅性のあるデータから個体差の表現型を構成する方法だ。栄養学関連では、唾液(だえき)中のアミノ酸・有機酸・ミネラルの一斉分析を模索している。それぞれの成分の一斉分析が30成分と仮定しても、3次元の行列で、30x30x30の27,000個の、とても疎(まば)らな分散成分による機械学習となり、大規模言語モデルの機械学習と同程度か、それ以上に複雑な「表現の場」を探索することになる。こういったデータの複雑な「表現の場」に、個別のスモール・ランダム・パターンを見いだす試みとして、本シリーズでは様々な思考実験を行ってきた。その到達地点が「データを食べて学習する」ことだった。「データを食べて」消化不良とならないように、データから栄養状態を機械学習する。

「ニュース屋台村」の最初の記事は『データを耕す』(第1回=2017年1月30日付、過去記事※1)だった。「データを耕す」から「データを食べる」まで、7年以上の年月が必要だった。次シリーズでは、農業と健康産業をつなげて、産業構造を逆回しにしてみたい。

(2)みんなで健康になる農業

WHO(世界保健機関)は健康の定義を「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病のない状態や病弱でないことではない」と<言語>で記載している。健康であるかどうか、<データ>で評価することを考えてみよう。まず、「社会的に」という記載をより明確にする必要がある。WHOの健康の定義は「個人」の健康であって、「社会」の健康ではないことに留意したい。「社会が完全に良好な状態」であったことは、歴史的にも知られていないし、現代ではありえない仮定だろう。データの世界では、個人の健康と社会の健康を別途評価して、「完全に良好な状態」というよりは、「疾病があったり病弱な状態」であったとしても、「受容可能で、危機を回避する方法がある状態」と考えるほうが現実的と思われる。データの世界では、言わないことも表現であって、隠れた因子や欠測値がとても重要な意味を持つ。

個人が健康になるためには、社会が健康になる必要があるし、社会が健康になるためには、個人が健康になる必要がある。現実は、個人が病的であるのは、社会が病的である可能性が強いし、社会が病的であるのは、個人が病的である可能性が強い、と読み替えたら理解しやすいだろう。とにかく、病的な状態が出発点であったとしても、「受容可能で、危機を回避する方法がある状態」であれば、健康になることはできる。健康になるための行動が見いだされない状況であれば、そのような危機的状況から逃避するしかないだろう。

農業と漁業は、食糧を供給する1次産業だ。食糧は加工されたり、市場で流通したりして食品になる。現代では、調理された食品を提供するサービス産業の役割が重要になり、介護老人や学校の給食は、その代表例だ。もっと積極的に、世界の王侯貴族のような、貴重な食材をプロが調理する「グルメ」サービスもある。新規な調理方法は特許出願ができる。医食同源で、病気の悪化を予防したり、症状を緩和するための、食事療法や健康食品の経済規模は、日常の食事とは比べ物にならないほど、大きくなっている。農民と漁民も、自分自身の健康が最重要だし、消費経済の一員でもある。食糧を供給する1次産業を、健康や経済を予測する機械学習によって逆回りさせてみよう。

国家のレベルでの食糧自給率は、戦争などの国家安全保障の課題としてよく議論される。個人や家族、場合によっては地域の食糧自給率はどのような状態なのだろうか。家庭菜園や釣りを趣味にすることはあっても、食糧自給率への寄与はほとんど望めない。しかし、地域の農民や漁民が、地域の健康と経済を、より良い状態にすることを目的として、プロの資材を供給して、プロの技術指導を行えば、みんなの趣味が、より健康になって経済的な食糧自給となる可能性はある。みんなが車を運転する社会が実現できたのだから、みんなが健康で経済的な食糧自給を行う社会も、AI技術を応用して、実現可能と考えている。今後も、AI技術は技術革新を続けるだろう。しかし、軍事目的ではないAI技術は、米国や中国などの社会格差を放置する覇権国家の貧困な想像力からではなく、困難な社会問題をAI技術で解決しようとする試行錯誤が、新たな技術的ブレイクスルーをもたらすと信じている。

(3)個別化栄養データによる薬効評価

医薬品の進歩は、診断技術の進歩が支えている。X線CTやMRIなどの3次元画像診断技術によって、臨床診断は飛躍的に正確になった。さらに、ゲノム解析技術によって、感染症やガンなどの臨床診断と、分子レベルでの基礎医学研究が架橋され、バイオ医薬品の開発が加速された。それでも、臨床診断の正確性は、90%には程遠く、疾患によっては、病理診断との一致性が50%程度ということもありうる。診断に大きく依存する薬効は、当然90%には程遠く、有効率が50%にも至らないことも多い。医薬品の副作用は、さらに個体差が大きく、1%程度の発現率でも大きな問題となることがあり、100人程度の臨床試験では検出できない副作用があることを前提で、市販後の安全性対策が要求される。

医薬品が著効する患者を「スーパーレスポンダー」という。重篤な副作用が発現する場合も含めて、医薬品の薬効の個体差において、顕著な症例を予測することができれば、新薬の開発のみならず、既存の医薬品においても、医療の進歩に大いに寄与できるだろう。このように、例外的な事象を予測するためには、新しい作業仮説とともに、十分な量のデータが必要になる。病気の状態と栄養状態に関係があるのであれば、医薬品の薬効と栄養状態にも関係がある可能性がある。一般に、栄養状態のような隠れた因子を特定することは困難で、膨大な量のデータが必要だ。しかし、スーパーレスポンダーのような極端な例に限って、データを集積し、これらのデータを機械学習することは興味深い。

スーパーレスポンダーが、特定の栄養状態にあるのであれば、患者さんの食生活に介入して、そのような栄養状態にしてから薬物療法を行うことを試みる。もしこのような試みで薬効が増強されるのであれば、その栄養状態の評価法は十分に医学的な価値があり、特許出願もできる。病気になってから個別化栄養データを集積するのではなく、地域や社会の個別化栄養データから、さまざまな病気になるリスクを、個人ごとに評価することも可能になるだろう。

(4)経済的不安を可視化する機械学習

個人や社会の経済的不安を可視化することができれば、不安の原因に対処して、不安を解消できるようになるだろう。経済的格差を評価することは、ある程度、定量化できそうな気もするけれども、経済的不安のように、心理的な要因が強くて、しかも、他者に依存している相対的な評価は、数個のパラメーターで定量化できるとは思えない。しかし、数千個のパラメーターを機械学習するのであれば、将棋や囲碁の情勢判断をするようなもので、根拠不明かもしれないけれども、可視化することはできるかもしれない。

不安な感情を含めて、感情は、個人と小集団との関係を調整する役割がある。しかし、不安を煽(あお)るような、政治のレベルでの感情操作は要注意だ。最近のAI技術では、電話音声から感情を分析したり、表情を分析したり、感情の分析はとても進歩している。しかし、大量の経済データから、個人や社会が感じる経済的不安を分析する試みを、筆者は知らない。特に、経済的不安の場合は、個人や社会の感情を教師データとして与えることは困難なので、パターン分類のような、より一般的な方法を工夫することになるだろう。経済データのスモール・ランダム・パターンの抽出(可視化)という課題になる。

個人や社会の経済的不安に関連する経済データとなると、資産の量よりは資産のリスク、健康リスクの経済的波及効果、そして、収入と支出の見えない部分がどの程度あるのかという、不確実で予測困難な経済データが必要になる。個人や社会の経済的不安の多くは、老後の資金や、社会保障給付費だと思われるけれども、年金などの社会システムが、人口減少社会に不適合だという、単純かつ自明な議論に、政治も政府も全く解決策がない、無能感や無力感が不安の根底にあるのではないだろうか。自動車保険が、GPS(全地球測位システム)と連動した運転状況のモニタリングシステムで、危険運転を早期に察知し、安全運転の保険料金を割り引くという、データ駆動型の保険を実証実験している。社会保障給付費もデータ駆動型として、医療保険は医療経済評価を、より確実で予測可能にすることから始めたらどうだろうか。現在の医療経済評価は不十分で、予測誤差の評価すらできていない。社会保険全般に関して、民間保険のほうが優れているとは思えないけれども、少なくとも政府が独占するデータを公開して、みんなの機械学習とシミュレーションに、政府が対価を支払うといった政策を実行すれば、個人や社会の経済的不安は「みんな」に共有されて、解決策も「みんな」の工夫となり、「みんなの不安」は解消されるのではないだろうか。例えば、生活保護が必要になる前に、予防的な対処をして、その効果をデータで検証する「民間サービス」のイメージだ。

(5)宇宙から収集する農業データで未来予測する異常気象と人口減少

昭和の時代は、日和見主義などという言葉があり、政治的な議論が天気予報に優先されていた。現在では、政治は機能不全に陥り、地球規模での異常気象を防止したり、より正確に予測する努力よりも、宇宙からのネット配信ビジネスで儲けようとしたりして、まさに日和見主義が蔓延(まんえん)している。農業や漁業は、天候に大きく左右されるので、農業や漁業に関する網羅的データは、異常気象に関する貴重なデータとなる。農業や漁業に関する経済的なデータが大量にあっても、それらは人間的な価値のバイアスがあるため、自然現象を予測するためのデータとしては問題が多い。異常気象の定義はあいまいであっても、地球上の生命はすべて、気候変動には敏感で、相互に依存しながら、生活している。農作物は人間が管理している生命なので、そのデータの意味を理解しやすい。宇宙から収集するリモートセンシングのデータは、画像とスペクトル解析を組み合わせたデータで、地上の農地の農業データを教師データとして、機械学習できるだろう。農業データとして知りたいのは、農作物の栄養状態とストレスだ。異常気象で、農作物の栄養状態とストレスが影響を受けることは想像しやすい。植物は土壌細菌とつながり、地上の環境全体を表現している。リモートセンシングデータに農業データを追加することで、異常気象を評価する仕組みだ。

人口の増減は、生活環境に影響を受けることは確実だとしても、宇宙から収集する農業データや林業データで、地域の人口を推定するためには、地域経済の栄養状態にも関連して、宇宙から収集する画像データのスペクトル解析を、さらに工夫する必要があるだろう。

異常気象と人口減少は、時間をかけて進行するので、リスク管理というよりは、未来予測の問題となる。小惑星の衝突など、多くの重大なリスクと比較すると、異常気象と人口減少は、対処可能な問題と思われるけれども、通常の政治やビジネスの時間スケールにはそぐわない。とりあえず、哲学が引き受けて、文明論として議論することになりそうだ。

筆者は、近代文明は行き詰っていると考えているけれども、機械学習による予測制御など、技術的には近代文明の可能性もあるので、近代文明の全てを否定する必要はなく、新しい文明のための新天地を探すことが現実的と思われる。もちろん、宇宙から探しても、アメリカ大陸のような新天地が見つかるはずはないのだけれども、地中の土壌細菌や、腸内の細菌叢(そう)など、細菌視点で見れば、新天地はたくさんあるだろう。農業データや林業データを、細菌視点で見直す、宇宙からのリモートセンシングは、可能性があり過ぎて、しかも人類の感覚ではとらえきれない、スモール・ランダム・パターンを気長に探索する必要がありそうなので、機械学習が適している。

(6)生活の不安を解消するための機械学習

経済的不安の場合は、不安の要因を可視化すれば、人びとのコンセンサスが生まれて、不安が解消されると、ポジティブに考えた。しかし、生活の不安の場合は、他者に見せて共有できるようなものではなく、他者の生活の不安など、興味の対象になりそうもない。歴史的には宗教が活躍したし、最近では占い師や人生相談の対象となっている。しかし、ビジネスとしては、婚活のマッチングアプリなど、生活の不安に応える(つけこむ)AI技術が社会に浸透している。相談相手がコンピューターであっても、プライバシーの問題は、金銭取引が関与する場合は、より悪質なビジネスとなっている可能性を疑うべきだ。運動不足を解消するためには、自分自身の身体を使うしか方法がないのと同じで、生活の不安を解消するためには、まずは、自分自身の生活をデータ化することを推奨したい。

生活の不安に関係するデータは、どのようなデータなのだろうか。生活の貧困や、学校教育の問題は、「不安」というよりも、社会問題そのものなので、まずは社会サービスに相談するほうが良いだろう。自治体の電話サービスが、AIチャットになっているかもしれない。日常生活においてデータを収集するとすれば、例えば、レコーディングダイエットのように、体重を測定して、一喜一憂することが考えられる。体重は身体の積分値だ。生活における積分値は、歩数計や睡眠時間など、ほかにもいろいろ考えられる。生活空間を共にする同居人やペットがいれば、彼らの積分値も参考になるし、もしいなければ、自動巡回掃除機のデータも役立つかもしれない。網羅的なデータという意味では、電気使用量の詳細なデータ、例えば、毎日のスイッチ・オン・オフ時間分布など、興味深い。日常生活のデータを収集して、一喜一憂することが生活の一部になることで、生活の不安は解消される可能性がある。

データ収集だけで「不安」が解消できない場合は、「不安」の内容を分析することになる。感情を分析する哲学では、デカルトに続く近代哲学のスーパースター、スピノザのエチカ『エチカ-幾何学的秩序に従って論証された』が秀逸だ。もう少し時代が進んで、「不安」や「憂鬱」(ゆううつ、メランコリー)については、キェルケゴール(1813~1855年)が哲学の課題とした。哲学は「言語」で分析するため、データ分析の参考にはなっても、例えば「ひきこもり」のような、現代的な課題においては、データの解釈にあまり役に立たないだろう。自宅や自室の外の空間で、自分自身の周辺と感じられるような環境、都市部では庭や公園、郊外では農地などが、生活の周辺と感じられるようになると、生活の不安も和らぐかもしれない。生活の周辺において測定できる積分値を発見することが、「不安」の内容を機械学習する出発点になる。個人の内部の特異点において微分的に思考するのではなく、個人の周辺の、多様な自然環境(人間関係を含めて)において積分的に思考することで、生活の不安が暴走しないようにできれば、不安が解消できなくても、当面の課題に対処法が発見できたと考えたい。。

(7)経済活動の個別化栄養データ

食事の栄養学は、カロリーを偏重することから明らかなように、熱力学的な発想であって、典型的な積分的思考だ。消化器官による栄養の吸収と排泄(はいせつ)の総和を問題としている。消化管内部の腸内環境が、栄養学にとっては外部環境となる。腸内環境は、土壌環境につながって、農業が栄養学の外部環境となる。

経済活動の科学的理解、経済学にとって、熱力学的な発想が試みられたことはあるのだろうか。マルクスやケインズの理論は、明らかにニュートン力学的で、四則演算や指数関数での現象理解にとどまっている。ミクロ経済学も、マクロ経済学も、ともにニュートン力学的な世界像であるのに、実際の社会の経済現象は、多数のプレイヤーが複雑な行動を行う、統計力学的もしくは熱力学的な現象であることは明らかだ。ミクロ経済モデルとマクロ経済モデルがうまく(スケール変換が可能なように)つなげるためには、熱力学や統計力学の発送が有力と思われる。政府の経済理論と、個人や中小企業の経済理論が別物であることは仕方がないとしても、その共通の理解が、株式市場の投資行動というのは困ったものだ。投資理論に従えば、確実に経済格差は拡大して、そこで満足すると、実体経済のイノベーションは衰退する。AI技術は投資の対象であるとともに、イノベーションの中心でもあるという反論があるかもしれない。しかし、筆者が実際に関与した新薬開発においては、FDA(米食品医薬品局)が2004年に発表したInnovation/Stagnation(※参考:https://www.fda.gov/science-research/science-and-research-special-topics/critical-path-initiative )の結果として、製薬企業は巨大化しても、技術開発はStagnation(不振)に終わり、患者さんの期待に応えられていない。臨床開発も含めた実際の新薬開発では、現在のAI技術に多くは期待できない。AI技術を活用する創薬ベンチャー企業がM&A(企業合併・買収)されるだけのことで、実体としての医療の進歩には時間がかかる。トマ・ピケティの「21世紀の資本」はデータを、総和や平均値だけで評価していて、分散(推測誤差)はよくわからない理論だ。しかし、資本は技術革新に投資しているのだから、技術革新が実体経済を成長させるよりも早い段階で、しかも相当額を「資本」として増殖させている、という理解の助けにはなる。ピケティは四則演算の範囲で議論して、税金で資本の自己増殖を均衡させようなどという、非現実的な結論になっている。現実は、企業だけではなく、国家も積極的に投資をして、経済を活性化しようとするのは当然の帰結だろう。資本が自己増殖するだけでは、実体経済が成長するはずはなく、指数関数的に増加する社会問題は未解決のまま、社会システムが機能不全に陥ってしまう。

熱力学的な発想で、経済学を再構築する力量は、もちろん筆者にはない。しかし、まずは経済活動にとっての「栄養」とは何か、経済は何を表現しているのか考えて、経済活動におけるデータ駆動型の個別化栄養学として、経済栄養データの収集とその機械学習に挑戦してみたい。予想する結論は、経済栄養データはカロリー換算された、産業用および生活用のエネルギーで、農業と林業をエネルギー産業に直結させたデータとなるだろう。化石燃料や太陽光エネルギーも、バイオエネルギーを基準として再評価する。熱力学の概念では、自由エネルギーとエントロピーの評価が重要になる。経済栄養データを個別化する意味は、企業などの集団での経済活動を個別に評価すれば、スケールメリットとスケールデメリットが明らかになる可能性がある。社会活動と連動して試行錯誤する(技術的冒険とビジネスの安全地帯を両立させる)、最適な集団サイズがあると仮定している。

(8)つながる坪庭農園

みんなで機械学習をする「こと」の経済の時代になったとしても、企業の経済活動としては、「もの」またはサービスの形にならないと、実感しにくいし、異文化圏に輸出することは困難だ。農業の目的を、みんなが健康になることだと再定義して、みんなの生活空間に、データ農業の坪庭農園をレンタルして、みんなの生活をデータ化することを想像してみよう。坪庭農園は、半畳から2畳程度の大きさの、パーソナル野菜工場のイメージだ。生活データとしては、空気の質と睡眠データを収集する。空気の質は、液相式の空気洗浄装置の機能を応用して、廃液中のウイルス一斉分析ができれば最高だ。さらに、個別化栄養データとして、唾液サンプルの前処理装置(例えば、自動固相抽出装置など)を内蔵してもよいだろう。前処理された検体は、検査会社に郵送して分析する。分析結果は、坪庭農園にデータ転送されて、表示される仕組みだ。坪庭農園はネットに接続された自動実験装置のようなものだ。

坪庭農園で何を栽培するのかは、生活の健康データから判断する。家庭菜園のような野菜類の場合もあれば、菜園自体は表示装置の画像だけで、健康状態を考慮した半調理品を自動調理することも考えられる。医療費と自家用車の値段を考えれば、多機能で採算性のある装置(植物性ロボット)を工夫する余地はあるだろう。老人用の介護施設で、各部屋の家電は、テレビと冷蔵庫という、昭和時代へのタイムスリップに驚いたことがある。老人が最新の技術を使いこなせないのではなく、最新の技術が、老人の認知能力の変化に適応できていないことが問題だと思われる。坪庭農園は個性のない機械ではなく、管理する農民が生活する地域の飛び地であり、ふるさとの景色や季節のジオラマでもある。農作物の成長過程が、季節感や地域特性を見事に表現するだろう。

(9)天空タワーで天候制御

実現できないかもしれないサイエンスフィクションで最後にしよう。「ジャックと豆の木」の物語だ。この豆の木は、ロボットが自動的に組み立てて、自動的に解体する。少なくとも、1000メートル以上の高さになって、先端は雲の中に隠れる。塔の途中を数段階、ワイヤで支える、電波塔のような構造物だ。宇宙からのリモートセンシングのように、地域の詳細な画像データを取得することができる。雲と風の観測は、地上や宇宙から推定よりもはるかに正確になる。雨雲レーダーの機能と連動して、人工降雨実験もできる。超高圧の輸液ポンプが必要だけれども、技術的には不可能ではないはずだ。人工降雨実験としては、液化二酸化炭素を使えば、もっと効果的と思われる。輸液量が多ければ、巨大なスプリンクラーのように使うことができるかもしれない。巨大な避雷針として、災害防止だけではなく、雷のエネルギーが利用できるかもしれない。もちろん、電波塔の役割も担当する。

このような天空タワーを、地域にネットワークのように張り巡らせて、都市部や地球環境全体での砂漠化を防止する構想だ。。宇宙エレベーターを提案した科学者がいて、日本の建設会社が本気で検討した時代もあった(※参考:https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_53_idea.html )。天空タワーは、宇宙エレベーターよりは現実的で、軽量宇宙素材とAI技術で実現できるだろう。宇宙開発の成果は、軍事用のロケットではなく、あくまで地球環境にこだわった未来技術として開花させたいものだ。

(次シリーズについて)

本シリーズの宿題として、延長されたフェノラーニング®の課題(夢物語)を列記してみた。実際の記事は、近未来の物語として、坪庭農園や天空タワーを実現するプロセスにおいて、さまざまな社会問題に直面して、試行錯誤することを試みたい。列記した内容を、最後の天空タワーから逆読みするような感じだろうか。歴史の未来はデータが伝えるらしい(参考:千葉県佐倉市、国立歴史民俗博物館、歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ ―2024年10月8日~12月8日、https://www.rekihaku.ac.jp/kids/schedule/special/index.html )。未来のニュースが、データの物語であったとしても、許容範囲としていただきたい。

過去記事※1

『データを耕す』第1回「自動運転車は何馬脳なのか」(2017年1月31日付)

https://www.newsyataimura.com/yamaguchi-117/#more-6319

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『みんなで機械学習』は中小企業のビジネスに役立つデータ解析を、みんなと学習します。技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を実装する試みを開始しました(yukiharu.yamaguchi$$$phenolearning.com)。

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