スモールデータ工学
『おいしいデータの家庭料理』第21回

10月 19日 2026年 文化, 社会, 経済

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社ふぇの代表取締役社長。独自に考案した個体差の機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を、栃木県那須町で模索中。元Pfizer Global R&D, Clinical Technologies、 Director。株式会社ダイセルと株式会社クレハの研究開発部門勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。趣味は農作業。

◎定義は冒険だ

「データすなわちコンピューターにとっての自然」という、データの定義を考えたのは9年前だった(※参考1、「ニュース屋台村」拙稿『データを耕す』第1回「自動運転車は何馬脳なのか」〈2017年1月31日付〉)。「ニュース屋台村」に記事を書き始めた、初回の記事だ。「コンピュータにとっての自然は『データ』であるという、強いデータ主義者の立場から、AI(人工知能)技術の将来展望について考えてみたい」と記載し、個体差の機械学習(フェノラーニング)のビジネス応用を模索していた。

より正確には、データの定義を考えていたのではない。データ論の出発点を書き留めていたに過ぎない。「データの個体差とは、個体差の表現の個体差である」という、自己言及的な記述が、データの定義とも解釈できて、「データすなわちコンピューターにとっての自然」という、最初の出発点に戻ってきていたことに、前稿(※参考2:『おいしいデータの家庭料理』第20回、https://www.newsyataimura.com/yamaguchi-179/)で気が付いた。

筆者は、抽象的な表現を好む傾向がある。近代の科学や哲学の、いわゆる方法論に相当する。クルマ社会もスマホ社会も、社会活動の道具、すなわち方法論が、社会の在り方や、未来への方向性を決めている。しかし、問題の定義そのもの、社会問題の出発点は、あまり関心が集まらない。出発点というよりも、現在の問題は、通過点でしかないのだ。

現在のAIビジネスも、方法論でしかない。しかも、現在のAIビジネスの問題が、通過点でしかないとは言えないほどに大きくなっている。核兵器の問題のように、AIビジネスの問題が、その他多くの社会問題や環境問題を、過小評価させている。

破壊的イノベーションと、社会や経済を本当に破壊することは別の話だ。核兵器は破壊的イノベーションではない。多分、現在のAIビジネスは、核兵器に近くて、破壊的イノベーションにはなっていない。数学にとっても、難問を解決する破壊的イノベーションではなく、数学文化の破壊であることが、現実のものとなっている。

核兵器の技術が、原子力発電として、平和利用される技術であることを否定する気持ちはない。しかし、原子力発電は、発電事業にとって、必要な補完的技術ではあっても、破壊的イノベーションにはならなかった。水爆との関係は少ないけれども、核融合が破壊的イノベーションになる可能性も否定しない。多分、AIビジネスも似た事情なのだろう。何か、大きなピースが欠落しているのだ。筆者は、それを、人類の知能を超える「超知能」(スーパーインテリジェンス)の定義の問題と考えている。

AIの定義は、英国の天才数学者アラン・チューリングがチューリング・テストとして明確にしている。暗号解読(セキュリティー破壊)の技術という意味でも、チューリングが、すでに実現済みだ。

筆者は、定義すらないASI(人工超知能)によるAI覇権に反対している。アルパカキャラたちに、物語を続けてもらおう。

4.5 オルタナティブデータを使った生活と経済の予測
◆定義という出発点

フェナ:冒険の出発点では、ゴールが見えているのかしら。ビジネスのゴールは、それぞれの立ち位置が違っていても、誰にとっても明確な、組織としてのゴールを設定するのよね。冒険でも、特に、ベースキャンプからゴールを確認できることが大切なのでしょ。

フェノじい:冒険のゴールは、安全に出発点に戻ることなのじゃ。山の頂上に立って、その先の景色を見たことがない、地図がない、前人未到の景色を見ることが冒険なのじゃぞ。だから、冒険が成功すると、次の冒険の計画が始まるのじゃな。そして、ベースキャンプも移動するぞ。だから、最終的にどこにたどり着くのかは、冒険隊にはどうでもよいことかもしれんの。冒険隊に出資した人々にとっては、冒険が成功して出資金が回収できるとか、予想外の発見で、大儲(もう)けするとか、それぞれに、ビジネスのゴールがあるのじゃろうな。

フェネイ:資本主義が始まったばかりの、大航海時代にはそんな感じだったのかもしれないけど、グローバル資本主義の現代では、ベンチャービジネスとはいっても、抜け目のないお金計算になってしまって、政治や社会の冒険の失敗は、国民が税金で負担する仕組みね。国民とはいっても、移民や難民がたくさんいて、自分たちがどこに住んでいるのかも、よくわからない時代になってしまったのよ。それでも資本主義なので、新開拓地を求めて冒険せざるを得ないのね。宇宙開発は、最もわかりやすい新開拓地だけれど、ビジネスのゴールというよりは、宇宙戦争の始まりなのかしら。

フェナ:冒険の出発点、冒険の定義を見直すことも大切ね。戦争だって、政治家の冒険なのでしょ。戦争の場合は、出発点に戻るということは無さそうだけど。

フェノじい:AIビジネスも、AIの定義が曖昧(あいまい)で、出発点に戻れないのじゃろう。AI技術としては、CoT(Chain of Thought=思考の連鎖)が成功していて、「推論の手順を説明してください」とか「段階的に回答を説明してください」という指示を、AIシステムが自動的に実行するようになったのじゃ。しかし、現在のAIシステムは、データを利用しているけど、データの定義を理解していないので、人間による指示の意味を勝手に解釈して、様々な問題を引き起こすのじゃ。もっとも、人間もデータの定義を明確には理解していないので、AIの問題とは言えんのじゃが。

フェニイ:データの定義を、データを取得する方法として、AIと共有することはできるな。しかし、データを取得する対象という意味では、問題が残るぜ。個人や地域を対象とする場合は、日本人とか東北地方とか、単純だが、個人や地域の関係や差異となると、あらかじめ、関係や差異を明確に定義しておく必要があるのさ。関係の関係など、もっと抽象的な対象になると、定義が妥当な対象と、妥当ではない対象もありえたりして、難しくなるぜ。

フェナ:データビジネスの冒険では、データの定義を工夫して、特許権などの知的財産権とすれば、データの所有権よりも有用なのではないかしら。データは簡単に複製できるので、所有権とはいっても、データの利用方法に関する同意ぐらいしか、現実的な意味がないのよね。著作権で保護されるような創作物であれば、デジタルな透かしを入れて、本物を識別することも可能だけれどね。

フェノじい:データの活用方法としては、天気予報みたいな、予測が一般的じゃの。経済においても、株価の予測とか、金融商品の価格の予測だけではなくて、医薬品の効果の予測とか、漁獲量の予測とか、短期予測や長期予測のニーズはさまざまにあるのじゃ。需要を正確に予測できれば、ビジネスの価値は計り知れないけれども、少なくとも、予測誤差が評価できるような予測方法であれば、知的財産権にはなるのじゃ。データとしては、意味不明なデータであっても、データの取得方法が知的財産権で保護されたデータであれば、データの利用方法を優先的に評価できて、データビジネスの冒険になるじゃろう。

◆生活と経済の予測はリスクへの対処

フェナ:じいの話は難しいのよね。特許とかは、専門家に考えてもらって、冒険に期待する私たちとしては、どんな役に立つのか、どんな問題が解決するのか、確実でなくてもいいので、新しいデータビジネスの実例を知りたいのよ。

フェノじい:投資における予測は、儲け話じゃが、生活と経済の予測は、雨になるとか不況になるとか、リスクへの対処が重要じゃの。リスクの予測に応じた、対処法を考える必要があるのじゃ。災害警告のようなものかのう。データビジネスも、生活と経済の予測を行うが、対処法までは提案できないのじゃ。しかし、予測のスピードが速くなれば、対処法も考えやすくなるぞ。問題点のフィードバックが早いほうが、問題に対処しやすくなるじゃろう。冒険隊だって、危険を察知したら、できるだけ早く、ベースキャンプに戻るのが鉄則じゃ。さて、具体的に、どのようなデータビジネスに期待しているのかというと難しいが、生活や経済活動は、循環することが好ましくて、データビジネスは、その循環を円滑にしたり、速くしたりすることができるぞ。まずは、循環する生活や経済活動を発見したり、創出したりすることじゃの。

フェニイ:俺は最近、養殖ビジネスに興味を持っているんだが、排水を有機農法で活用する、循環型の地域ビジネスに、データビジネスが役立つと考えているのさ。循環型農業の負の側面は、生産が安定するまでに時間がかかることや、初期投資・専門知識が必要になることなので、データビジネスで、そのデメリットを改善できるというわけさ。初期投資は、まさに冒険で、知的財産権など、本業とは別のリスク対策が効果的だぜ。

フェネイ:循環型の経済は、地産地消から始まって、国際分業まで、社会および環境のリスクが高まっている現代には適合するかもね。近代の植民地政策と産業革命が、複利型の投資戦略による経済成長神話を長く続けたので、社会および環境のリスクが高まったともいえるけどね。循環型の経済だって、速く回せば、経済成長するのだし。

フェナ:私も、養殖ビジネスには興味あるわ。天然アワビが、養殖アワビよりもおいしいということは、養殖ビジネスに技術的な改善の可能性があるということでしょ。天然真珠は王侯貴族のもので、私たちには養殖真珠で十分なのよ。それだって、真珠よりもカキフライのほうがいい、という考えもあるけどね。

◆文明論的な長期予測

フェネイ:株などの金融商品の価格は短期予測で、ミリ秒を争って儲けるのよ。その一方で、社会や環境の問題では、文明論的な長期予測も大切ね。『7つの安いモノから見る世界の歴史』(ラジ・パテル、ジェイソン・W・ムーア、作品社、2025年)では、資本主義社会において、自然・貨幣・労働・ケア・食料・エネルギー・生命という、7つのモノが、不当に安く取り扱われている現状を、歴史的に調査しているの。記述内容は、哲学的で概念が先行していて、資本主義を悪者にするために、西欧の歴史全般の批判や反省が不十分だけどね。資本主義が成功した原因には、中世からの問題や、近代文明以外の文明においても、問題はあったはずよね。未来への処方箋(せん)としては、あまり信用できないとしても、7つの安いモノを再評価して、データビジネスの長期予測を考える出発点になりそうよ。フェナの養殖真珠は、安い自然の安くない貨幣の実例になるのでは。

フェナ:安い貨幣は、暗号資産ね。市場での価格は、安いモノは必ずしも悪くはないのよ。フェネイが紹介してくれた、安いモノは、植民地の奴隷や家事労働など、市場外の社会的制約で、無理やり安いモノにしてしまうことが、歴史的な大問題なのね。食料のように、現在安いモノを、あえて高価にすることはありえないとして、国際的にも適正な価格にすることは大切ね。それよりも、私は、ウナギやアワビのように、高価で食べられないものを、養殖で安くておいしくしてもらえたらうれしいけど。

フェノじい:安いモノには、ケアや生命のように、安いサービスも含まれているぞ。問題は安いことではなくて、安くすることで、不当な儲けを得ている資本家がいることじゃな。現代は、価格の乱高下をボラティリティー(Volatility=変動率)と難しく言い換えて、投資のプロが金融工学で儲ける時代じゃ。市場の価格だって、政治的に介入できるぞ。もっとも、過度のボラティリティーを抑えて、安定した経済環境にすることは、政治の役割として必要でもあるのじゃが。

フェニイ:文明論的な長期予想は、破滅論になりやすいぜ。自分自身の破滅か、社会全体の破滅か、究極の選択さ。しかし先進諸国では、その中間、家族や地域コミュニティーは、すでに破滅してしまったんだ。安定した社会環境であれば、経済は自然に循環して、ゆらいでいる。そうすると、長期予想自体が不必要になるのさ。

フェネイ:すでに経済や社会が、過度のボラティリティーになっていて、しかも、もっとアクセルを踏もうとしているときに、急ブレーキは危険ね。だから、どのみち破滅に向かうという論理ね。それは、論理としてはあり得る議論でも、実際は、破滅を免れる抜け道はたくさんあるのよ。不毛な議論をしているよりも、たくさんの仮説を作って、冒険隊を派遣するのよ。一番危険な冒険は、不毛な議論に勝つための冒険よ。それは、冒険というよりは、力ずくの戦争ね。それは論理的ではないけれども、やはり破滅に向かっているのだし。

◆チープでイージーな工学

フェナ:難しい議論になってしまうのね。そもそも、西洋文明は議論好きなのよ。そして、科学や哲学では、議論で勝ち負けを決めたりするの。私は、科学や哲学は苦手だけど、期待もしていないのよ。だけど、技術は必要ね。芸術とか技術は、科学や哲学よりも古くて、発展性がないように思われているみたいだけど、それは間違いよ。まずは芸術とか技術が新境地を切り開いて、科学や哲学が、うまく説明してるだけのことじゃない。

フェニイ:芸術とか技術のほうが、冒険しやすいともいえるな。俺は、意味不明な現代芸術に慣れ親しんで、意味不明なデータと付き合うようになったんだ。最近では、データサイエンスとか言われて、格好よさそうだけど、データサイエンスは、機械学習みたいな冒険は苦手だったんだ。データ工学のほうが、巨大なデータセンターを作ったりして、冒険しているぜ。

フェネイ:巨大データセンターのビジネスは、冒険というよりは、電力や水資源を地域住民から略奪して儲けようとする、新たなビジネス戦争じゃない。工学(エンジニアリング)というと、巨大化して複雑な機械工学のイメージだけど、もっと小規模で、シンプルな工学のほうが、データ工学には似合うように思うけど。

フェニイ:小規模でシンプルというよりも、チープ(安価)でイージー(簡単)な工学というほうが、インパクトがあるぜ。データというチープなモノが、未来の歴史を作っていくのさ。そのためには、データを活用する方法論(データ工学)はイージーであることを目指すんだ。チープでイージーなデータ工学のベースキャンプから、データビジネスの冒険が始まるのさ。

フェノじい:じいの時代には、データサイエンスは無かった。そして、未来のデータ工学が始まろうとしている。そういう時代の流れでは、何かをぶち壊す、壁を乗り越えてゆく、冒険が必要じゃの。近代文明の限界を、ありえたかもしれない、もう一つの近代を学習しながら、乗り越えてゆくのじゃ。それには、当たり前になってしまった定義を疑って、ベースキャンプの出発点を見直そうではないか。競争に出遅れることを、心配する必要はないぞ。モノ(個体)のデータ、個体との関係のデータ、個体との関係の関係のデータ、そのすべてを定義する、データの個体差の定義が、新たなデータの時代への、冒険のベースキャンプになるぞ。そしてそれは、チープでイージーなものとなる。我々の期待というよりは、恐竜化したAIビジネスが絶滅をする、進化の宿命のようなものかもしれんの。

◎番外コラム:スモールデータ工学

人類は、人類を制御できないのに、なぜ、人類が、人類を超える人工超知能(ASI)を制御できるなどと、ありえないことを考えるのだろうか。人類は、核兵器を作るべきではなかった。核兵器は必要ではなかった。戦争中とはいえ、核兵器を作った科学者は無責任だ。そして、核兵器の無い世界に戻ることもできないでいる。

人類は、人工超知能を作るべきではない。人工超知能は必要ではない。金儲けのためとはいえ、人工超知能に投資している人々は無責任だ。超知能の定義すらないのに、肉食恐竜の闘争本能だけを頼りに、人工超知能を作ろうとしている。より正確に記載しよう。人類とは、人類の支配者ということだ。支配される人類には、核兵器も人工超知能も、不必要どころか、生命や生活を奪われる危険そのものだ。

こういう文章を、怒りの感情なしに記述することはできない。しかし、怒りの感情は問題を解決しない。少なくとも、怒りの感情では、希望を見いだすことはできない。筆者は、西洋哲学の、古典的な論理学の限界を痛感している。新しい論理学、直観論理、様相論理、量子論理なども不十分だ。複素論理で、新しい論理学を再解釈しようと挑戦したこともあるけれども、半歩も前進できていない。最近は、個体差の機械学習、フェノラーニングのビジネス応用に希望を見いだそうとしている。

個体差の機械学習、フェノラーニングは、計算は多少厄介だけれども、単純な機械学習法、LightBGM(※参考3:https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/light_gbm.html)の発展形として実装が可能だ。LightBGMは「教師あり学習」に分類されるけれども、フェノラーニングにおける教師の役割は、少数の特徴量(表現型変数)の選択だけで、とても限定されている。全体としては「教師なし学習」に近い。教師データは必要としていないので、データの収集が容易(イージー)だ。データ量にもよるけれども、通常のパソコンで、一日以内に計算は終了する。AIの機械学習法、ディープラーニングと比較して、とても安価(チープ)であることも確実だ。

個体差が無いデータは、物理データのように、誤差の分布の問題に帰着する。一般的なデータは、多かれ少なかれ、誤差に加えて個体差があることが、データの分布の前提条件だ。個々の変数のデータが、正規分布や二項分布のように、統計学的によく研究された分布であったとしても、個体(個人)の多数の変数間の関係が複雑な場合、個体差が問題となることがある。対象とする個体の集団が不均一で、変数の分布自体が不明確な場合もある。

従来の統計学は、個体差の影響を、ランダム化した試験デザインで打ち消す工夫を行ってきた。最近のベイズ統計学では、個体差に起因する変数分布のパラメーター自体を、確率変数と考えて、推定のための目的関数を最適化するアルゴリズムが工夫されている。

しかし、いずれにしても、個体(個人)のデータが先にあって、個体差のデータは、個人間の関係として計算される。この考え方を逆転して、個体を識別する網羅的なデータを収集して、そのデータが表現している個体差は何かという問題を考えるのがフェノラーニングだ。個体を識別するデータとは、個体差のデータに他ならない。

この考え方は、突飛なものではなく、遺伝子のデータであれば、むしろ常識的な考え方だ。遺伝子のデータであっても、表現型を教師データとする機械学習法は、これからの課題だろう。ディープラーニング以外の機械学習は、現在氷河期であるため、あまり進展していない。筆者は、医療画像のデータ解析を業務で担当したことがあり、医師の教師データに依存しない方法が必要であると感じていた。フェノラーニングは、そのような実用性も考慮している。

物理実験などの例外を除けば、個体差が無いデータは無いのだから、個体差の機械学習は、データの定義そのものになる。そして、データの定義によって、チープでイージーなデータ工学を実用化しうる、という希望を見いだした。その希望を、AI覇権に反対する多くの人々と共有してゆきたい。

【目次案】「おいしいデータの家庭料理」
1     はじめに; データをおいしくする家庭料理
1.1 おいしいデータは栄養たっぷり
1.2   地域のデータをおいしくする
1.3 データの学習と食事
2     データの料理法
2.1 生データのしたごしらえ
2.2 データは発酵するのか
2.3 データの調理器具
2.4 データの献立表
2.5 データのフルコース
2.6 おいしいデータは、地域と経済を健康にする
3  機械学習の学習
3.1 データをおいしく下ごしらえしてから機械学習する
3.2 機械と一緒にデータを学習する
3.3 機械と一緒にデータを使うビジネスを考える
3.4 楽しくデータの学習をする
3.5 データの学習は冒険でもある
3.6 機械と一緒にデータビジネスの冒険をする
4  まばらでゆらぐオルタナティブデータの家庭料理
4.1 まばらでゆらぐ生活と経済のオルタナティブデータ
4.2   生活と経済を健康にするオルタナティブデータの家庭料理
4.3 まばらでゆらぐオルタナティブデータの調理法
4.4   まばらでゆらぐオルタナティブデータで健康になる
4.5  オルタナティブデータを使った生活と経済の予測<本稿>
4.6 生活と経済のリスクを生き延びる
4.7 たくさんの小さな試行錯誤による適応
5  よりあいグループと社会
5.1 よりあいグループ(地域や家族)のデータ
5.2 よりあいグループのよりあいグループ
5.3 機械と学習するよりあいグループのデータ
5.4 よりあいグループのデータは廻る
5.5 よりあいグループのデータの周辺
5.6 よりあいグループのデータを予測する
5.7 よりあいグループのデータで社会問題を解決する
6  おわりに;生活と社会の近未来
6.1 ほとんど色即是空・空即是色な(まばらでゆらぐ)世界
6.2 まばらでゆらぐ人びとの地域社会
6.4 データでつながる、地域のNPOから国際NGO連合まで

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 技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を事業化する試みを行っています。

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