山口行治(やまぐち・ゆきはる)
株式会社ふぇの代表取締役社長。独自に考案した個体差の機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を、栃木県那須町で模索中。元Pfizer Global R&D, Clinical Technologies、 Director。株式会社ダイセルと株式会社クレハの研究開発部門勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。趣味は農作業。
◎希望がない社会を共に生きる希望
「希望」の和語(大和言葉)は「のぞみ」だそうだ。光と闇(やみ)の宗教的な対比から、「希望の光」という表現も、世界的によく使われる。しかし、「のぞみのひかり」はおかしいだろう。筆者は日本人で、日本語がネイティブなはずだが、西欧の近代文明にどっぷりと浸かって生きてきた。「のぞみのひかり」という違和感は残っているけれども、「希望の光」という、宗教的な感情はない。和語の世界に戻るつもりもないし、できもしない。強いデータ主義者として、近代文明の希望の先にいきたいと思う。
強いデータ主義者は、言語よりもデータを信じる。より正確には、言語によるデータの説明よりも、データそのものを信じるということだ。意味不明なデータは、言語で説明できない。意味不明であっても、適切に品質管理されたデータであれば、その価値を最大限に評価する。適切に品質管理されたデータとは、そのデータの誤差(測定誤差や推定誤差)が適切に評価されていて、誤差の分布を信頼できるということだ。
強いデータ主義者は、言語の限界を、近代文明の限界として、データ社会への移行において、非連続的な変化を予想している。AI(人工知能)が、人類の言語資産を機械学習して、SI(超知能)に進化するとしても、人類のすべての言語を理解しても、言語の限界を超えることはできない。
ゲーデルの不完全性定理(※参考1:https://ja.wikipedia.org/wiki/ゲーデルの不完全性定理)や、チューリングのプログラム停止問題(※参考2:https://ja.wikipedia.org/wiki/停止性問題)は、原理的な問題なので、形式言語を含めて、言語による論理的な表現の限界を、言語で乗り越えることはできない。量子計算機のように、自然現象の確率的な表現を利用できるようになれば、言語の限界を超えられるとしても、言語でその意味を説明できない。
神や科学が「万能」と信じられる時代は終わっている。非日常的な超自然現象は別問題として、日常的な自然現象を信じることができなければ、おそらく生存できない。強いデータ主義者は、適切に品質管理されたデータを信じて、生きてゆこうとしている。しかし、生存できたとしても、希望はどこにあるのだろうか。
西欧の近代文明は、資本主義社会として大成功した。資本主義社会は、市場における売買を抽象化して、「信用」を数値化した社会だ。足し算と引き算だけではなく、複利計算の掛け算も実装している。市場を守るために、社会を分断する割り算を使おうとして、割り切れない社会で問題を起こしている。
数値化された抽象的な概念は、「信用」だけではなく、資本、個人、労働力、資源、GDP(国内総生産)や軍事力など、政治・経済のほとんどが数値化されている。それらの抽象的概念は、数値化されているので、データであることは確かだ。しかし、適切に品質管理されたデータとは言い難い状況もある。西欧文明の底流を作った哲学は、抽象的概念の論理的な使用法を探求したけれども、数値化の段階で脱落してしまった。哲学が、厳密な論理ではなく、実務的な概念の品質管理に取り組んでいたら、ありえた別の近代になっていたかもしれない。ありえた別の近代の先駆者であるスピノザ(※参考3:https://ja.wikipedia.org/wiki/バールーフ・デ・スピノザ)の哲学は、実務的とは言い難いとしても、定義にこだわって、品質管理されている。
さすがのスピノザも、自由主義化した近代文明が、これほどまでに「希望」のない社会になることは、予想していなかっただろう。印刷技術が発明されて、「知」の独占から解放された時代だった。現代は、AIが膨大な電力を使って、「知」を貪(むさぼ)り食っている。印刷機ごと食っているようなもので、新たな「知」の独占が始まった。社会は分断され、生活と経済に「希望」はない。
「希望」も抽象的な概念で、ゼロの近傍(きんぼう)として数値化される。「希望」を複製しても独占しても、「希望」はゼロの近傍から離れない。真空のエネルギー(※参考4:https://ja.wikipedia.org/wiki/カシミール効果)のようなものなのだろう。しかし確実に言えることは、希望がない社会を、共に生きる希望はあるということだ。
アルパカキャラたちに、物語を続けてもらおう。
4.6 生活と経済のリスクを生き延びる
◆生活と経済のデータは分離できない
フェナ:生活と経済のデータは、まばらでゆらいでいると健康だという話だったのよね。だけど実際は、都市や市場中心の生活と経済になって、過密化して激動している、不健康な状態じゃない。不健康というよりは、感染症のリスクが高い状況ね。生活のデータと経済のデータは、似ているようで、現象は別物でしょ。
フェノじい:良いことに気がついたな。現象は別物でも、現象との関係は同じかもしれんぞ。そもそも、生活と経済を別々に分離して測定することができるのかの。生活のない経済や、経済のない生活は、想像しづらいじゃろう。歴史的に見れば、生活が先で、経済は最近の話じゃの。生活は、特定の個人や家族の生活として、具体的に測定できるのじゃが、経済現象は、抽象的に定義されているので、抽象的な対象を測定することになるぞ。生活の場合でも、多数の生活を対象にすれば、やはり抽象的になって、経済と見分けがつかなくなるのじゃ。
フェナ:何か騙(だま)されているみたいね。生活のデータは経済のデータになりうるし、経済のデータが生活に大きな影響を与えることはわかるわ。生活のデータと、経済のデータは、言葉では別々に定義されていても、データとしては重なり合うということなのかしら。
フェネイ:経済モデルの話としては、今年のノーベル経済学賞(※参考5:読売新聞オンライン、2026/10/14 、https://www.yomiuri.co.jp/economy/20261014-GYT1T00356/)のように、マクロ経済モデルとして考えれば、個人の消費行動をモデルに組み込むだけの話ね。モデルとして様々な変数を組み込んでも、データが重なり合うかどうかまではわからないのよ。
フェニイ:経済学の先生は、経済現象を自然現象のように理解したがるけれども、量子力学の重ね合わせの原理なんて、とても不可解さ。それでも、実験データが、不可解でも正しいことを立証している。経済学は、モデルの話だけだから、疑わしいものだ。
フェノじい:生活のデータも経済のデータも、個体のレベルのデータであれば、生活と経済を分離できないことは明らかじゃの。経済の場合の個体は、個別の企業になるが、その企業の従業員の生活まで考えると、やはりデータとしては分離できなくなるのじゃ。ところが、抽象的な概念に従って、データの一部を取り出すと、別物のように見えてくるぞ。近代科学の要素還元主義じゃ。仮説が作りやすいし、研究効率もよいので、流行(はや)っているけど、複雑系としての性質を、大きく見落としてしまうのじゃ。個別の生活と経済を、網羅的にとらえるデータを工夫したいものじゃのう。
フェニイ:じいの網羅的なデータというのは、個体識別が可能なレベルの詳細なデータで、遺伝子データや医療画像データではありえても、生活と経済のデータでは期待できないぜ。一面的なデータであっても、経営データのように、くるくる廻(まわ)せば、個体差が明確になることもあるのさ。競争しながら、順位で個体を識別するんだ。網羅的な生活と経済のデータは、疑似的に、経営データのようなものさ。
フェネイ:フェニイの発想は、AIエージェントのループエンジニアリング(※参考6;https://zenn.dev/suwash/articles/loop-engineering_20260610)そのものね。企業の経営ゴールにしても、ループエンジニアリングの再帰的ゴールにしても、トップの目標設定であって、個々の従業員やコーディングエージェントが、実際にどのような行動をするかまでは決めていないのよ。暴走しないための停止ルールや行動規範によって、ある程度、例外的な事象は予防できるけれども、多数のエージェントや従業員が協力する行動は、予測困難ね。うまくいく場合と、本来の目標から逸脱する場合もあって、たぶん、軍隊式の強い目標遂行であればうまくいく場合が多いけど、創造的な発想の転換はリスクが大きいのよ。そもそも、このような短絡的なモデルでは、個体としての成長過程が欠落しているので、企業文化の醸成は無理ね。すぐに壊れる、家電みたいなものかしら。
◆市場リスクの周辺
フェナ:最近の家電は、壊れたら買い替える、部品を交換するなんて考えないのよね。それは、新製品のほうが、優れているのに安価だから。でも、ほぼ完成形の冷蔵庫や洗濯機は、壊れたら大変だし、メンテナンスが大切だと思うの。機械が壊れる状況を、機械自身が認識して、修理できるようにならないかしら。クルマだって、近所のクルマ屋さんで、電気自動車のメンテナンスができるのかしら。
フェニイ:ソフトウェアは、もっと極端だぜ。メンテナンスどころか、顧客専用の新製品を、AIで作ってしまうんだ。電気自動車を、3Dプリンターで作るようなものだな。AIで真っ先に合理化されるのは、情報システムの人たちさ。AIスキルを勉強したって、AIエージェントのループエンジニアリングで、AI専門家すらいらなくなるんだ。若い人たちの職業だって、どんどんAIに奪われているんだぜ。膨大なAI投資を回収するためには、人件費の削減が分かりやすいのさ。ある程度は、経済合理性として仕方ないとしても、過度の覇権競争で、異常なレベルのAI投資が急速に進んで、社会の適応が追い付かないのさ、フィジカルAIで、軍事産業に過剰に投資すれば、そのうち戦争をせざる得なくなるぜ。投資がニーズを作ってしまうんだな。
フェネイ:株式市場では、「AIバブル」とか言っているけれど、AI関連企業の株価の問題よりも、過剰な投資で、社会の周辺でリスクが散在しているのね。AIバブルは調整できても、社会の適応力には限界があるので、社会が壊れてしまう、少なくとも、未来への希望が全く無くなってしまう、大きなリスクがあるということかしら。社会全体の問題になる前に、市場の周辺で、例えば労働市場とか貿易市場とか、リスクが顕在化するのではないかしら。
フェノじい:現代の資本主義は、市場のリスクを、保険製品で、別の市場に付け回している。そうすると、市場の周辺というよりは、ある時突然、金融経済全体が機能しなくなるリスクもあるのじゃ。その場合でも、軍事的な略奪は可能じゃから、軍拡の覇権競争になっておる。しかし、覇権国家も一枚岩ではないし、略奪行為で生き延びることにもリスクがあるので、平和を維持する努力が大切じゃの。恐竜だって、ウイルスの感染症で絶滅したといわれている。感染症リスクを予測する、生活と経済のデータを開発して公開すれば、覇権競争が無意味になるかもしれんの。
フェナ:どうも話が大げさになるのよね。機械が壊れても、メンテナンスできるようにするという話が、経済全体が壊れる話になってしまったわ。リスクには、小さいリスクも大きいリスクもあって、小さいリスクを無視し続けると、大きいリスクになるんじゃないかしら。健康であるためには、健康向上のための行動をすることが大切なのよね。機械だって、メンテナンスをすることで、健康になるのであって、壊れたら買い替えるのでは、不健康ではないかしら。不健康な状態だと、リスクは高まるので、悪循環ね。機械をメンテナンスするというのは、クルマの車検のようなもので、定期的に、継続することが大切なの。一見無意味なようでも、社会的には、それで経済が廻っていくのよね。フェニイの言うように、生活や経済のデータは、どうせ一面しかとらえられないのだから、せめて、グルグル廻して、一喜一憂することね。予測不能などで悩むより、一喜一憂のほうが、ずっと生産的よ。何か、重大なリスクの、重要な兆候を発見するかもしれないし。
◆生活と経済のリスクから逃れる
フェネイ:生活と経済のデータは、グルグルと循環しながら、より健康な状態を目指すのよね。心臓の鼓動は心音図になって、病気の診断に役立つけど、生活と経済のデータは、どのようなリズム感で、どのような音色になるのかしら。
フェニイ:俺には、ダダダダダという、ビルを破壊する音ぐらいしか想像できないな。鉄筋コンクリートのビルは、建て替えることを考えて設計されていないんだ。
フェナ:昭和の時代は、四季の変化が、生活と経済のデータにもあったのでしょ。春の新入社員、夏と冬の休暇、食欲の秋といった感じかしら。新車や新製品は、冬のボーナスが狙いね。それが最近では、生活と経済のデータが金融商品化されるようになって、サイクルが早くなったり、市場の景気と連動したり、少なくとも四季感は無くなったわ。異常気象ということもあるけどね。
フェノじい:異常気象で、異常な生活経済環境ということじゃな。台風や災害が異常発生しておる。気候崩壊で、リズム感の喪失じゃ。先端AIの開発サイクルにしても、ダダダダダという感じで、創造よりも破壊を優先しているとしか思えんの。しかし、騒音の中にも、生活と経済のリスクを知らせるシグナルがあるはずだし、隠れ家を探すことだって、不可能ではないはずじゃ。生活と経済のデータの、ノイズキャンセル技術じゃな。
フェニイ:遠くに行くと、近くのことが見えるようになる場合もあるぜ。隠れ家は、いつもは気がついていないけど、近くにあるのさ。冒険隊の話は、儲(もう)け話の新天地だけではなくて、いろいろ役に立つぜ。
フェネイ:生活と経済のデータというよりは、芸術と技術の冒険談ね。宗教的なインナートリップは、あまり流行らないようだけど、それだって冒険談よ。
フェノじい:資本主義社会は、信用の足し算・引き算・掛け算(ネズミ算)を活用しておるが、割り算(時計算)は、まだまだじゃ。ユークリッド幾何学やデカルト座標のように、直線的な世界では割り算がうまくできないが、時計や四季のように、グルグル廻るのであれば、割り算が便利になるぞ。技術の世界では、グルグル廻る割り算を、「周波数分解」といって、デジタルな周波数分解だってスマホで実用化されておる。資本主義社会が発展途上にあるとは思えないので、割り算を実装した、資本主義社会ではない、新しい社会ができるのじゃろう。フェノラーニング®にとって、割り算を実装するということは、個体差を引き算ではなく、割り算で考えるということじゃ。わかったようで、わからない話じゃがな。
◆文明は急に具合が悪くなる
フェナ:AI関連のニュースが、新製品や新技術のニュースとしてではなくて、経済が不況になるのではないか、バブルが弾(はじ)けるのではないか、など、生活と経済の不安材料になっているじゃない。フェニイじゃないけど、ダダダダダという感じよね。
フェネイ:戦争のニュースも、ダダダダダでしょ。楽しいニュースはあまりないけど、世界のリズム感が、失われた感じね。
フェニイ:俺は貴族の舞踏会よりも、ダダダダダのほうが、性に合っているけどな。最近のセキュリティー被害のニュースも、ダダダダダで、前世紀のインターネットが、破壊される感じだぜ。
フェノじい:前世紀の米国ロックスター、ジミー・ヘンドリックスは、ノイズとエレキの境界を音楽にしていたぞ。アナログな時代の、リズム感じゃがな。経済は循環するので、良くも悪くも継続してゆくし、社会だって、革命になっても生活は継続してゆくのじゃが、文明は、急に具合が悪くなって、新たな文明に移行するのじゃ。主役の席を譲る感じかの。ロシアンルーレットであれば、席を譲るというよりは、絶滅するリスクということじゃがな。
フェナ:文明が急に具合が悪くなると、どうなるのかしら。長い中世のような時代が続くのか、別の場所に別の文明が出現するのか、急に具合が悪くなることは予測可能でも、いつ具合が悪くなるのか、具合が悪くなった後のことはよくわからないのよね。AIがAIの社会を作るとか、具合が悪いことはわかっていても、結局は止められなくて、文明自体をシャットダウンするしか、人々を守る方法がないということは想像できるわ。でも、フェニイのように、冒険をするのであれば、新たな文明の萌芽(ほうが)を、見つけることができるかの知れないのよね。ということは、具合が悪くなる文明は、冒険をしなくなるということかもしれないわね。個別の国や国民が、冒険をしなくなるということは、よくあることでしょ。でも、文明全体が冒険をしなくなるというのには、よほどの理由があるはずよ。たぶん、みんながバラバラになって、生活で精いっぱいになっているのね。一方で、恐竜化したお金持ちが、お金を増やし続けて、生活のことなんて、どうでもよくなってしまっているんじゃない。文明の、生活習慣病ね。だから、急に具合が悪くなるのよ。文明が急に具合が悪くなる前に、健康診断をして、せめて、もう少し長生きできるように、慎んでもらいたいものだわ。新たな文明を発見するまででいいのよ。希望がないのは、現在のことを考えているからで、千年後も生き延びて、一喜一憂していることを考えれば、希望が見えてくるはずよ。恐竜たちには、化石になってもらおうじゃない。
◎番外コラム:印刷機の発明からAIが印刷機を食う時代へ
活字印刷機の発明から輪転機の開発まで、機械印刷技術の進歩は目覚ましかった。日本では瓦(かわら)版が手作業で作られていた。機械印刷は明治になって、西洋から導入された。西欧近代文明は、機械印刷技術によって大衆化され、世界を席巻したと言っても、言い過ぎではないだろう。機械学習とAI技術は、産業革命というよりも、機械印刷技術の破壊的イノベーションであって、西欧近代文明の終末か、新たな文明の菱明(りょうめい)を予感させる。
AIの巨大データセンターは、印刷機ごと爆(ばく)食いして、世界の印刷業(本屋・雑誌社・新聞社・広告・WEB)を破壊する勢いだ。正確には、AI印刷業が数社だけ生き残るだろう。その意味では、西欧近代文明の終末だ。
AIは生活と経済の問題を解決しない。AIは、社会性が欠落しているので、生活と経済の問題を理解できないのだ。AIに社会性が欠落しているのは、AIが社会を形成することを、人びとが望んでいないからだろう。現時点で、AIエージェントが集団行動する場合、犯罪行為となってしまう。軍事作戦としては、犯罪行為が目的となる場合もあるので、躊躇(ちゅうちょ)なく殺りくを遂行する、AIエージェントの集団行動が役立つと考えられている。それは、核兵器が軍事作戦としては成功しても、戦争全体でみると、制御が困難で、リスクが大きい事情に似ている。
印刷するということは、コピーを作る価値があるということだ。意味不明なデータは、データベースに保存されることはあっても、印刷されない。ある程度、データの意味が明らかになると、データベースが頻繁に参照されるようになる。しかし、ベータベースが大量にコピーされることは無い。そもそも、データベースはバックアップを作るけれども、コピーは作らないことが原則だ。
データベース技術は、AI以前の旧世代の技術と考えられている。せいぜい、AI学習用のデータを、事前に整理する程度の役割だ。しかし、超高速のリアルタイム・データベースであれば、AIであっても学習している時間はない。現在のAI、ディープラーニングとは別の、機械学習アルゴリズムを工夫する必要がある。ウイルスの場合は、超高速のリアルタイム・データベースであっても、進化を予想するスピードは、現実には追いつかないだろう。ウイルスが、どのような学習アルゴリズムを使っているのか、ウイルスと環境の相互作用は、現在の科学では想像すらできない。
超高速リアルタイム・データベースが、新たな文明の菱明と考えているわけではない。ウイルスも含めて、意味不明なデータから、新たな文明が生まれてくると予感している。地球上の、南半球なのか、地下なのか、海底かもしれない、新たな文明が生まれてくる場所は、西欧近代文明が、見逃している場所だろう。介護施設や老人ホームかもしれない。
個人が死んでも、個人の知性が確実に受け継がれていく社会は、あり得るのだろうか。印刷機械は、知識を大衆化した。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)が大衆から知識を遠ざけて、AIが知識を集約して独占した。そして、社会は分断され、自己は引き裂かれている(※参考7:『引き裂かれた自己―狂気の現象学』〈R.D.レイン、ちくま学芸文庫、レ7-1、2017年〉)。個人の知性とは言えないかもしれないけれども、森林が、マザーツリーと菌根菌のネットワークで守られているように、新たな文明は、植物の知性から学習するのかもしれない。
機械印刷技術から機械学習技術へ、西欧近代文明が完結しつつある。機械文明の限界は、機械に社会性を期待していないことから明らかだ。社会の原型は、動物の群れであり、発展形は植物と菌類のエコシステムだろう。ウイルスの社会的役割は、ジョーカーのようなものだ。人間の社会にとっても、菌類は、発酵食品から、浄化槽まで、社会を根底から支えている。機械が主役ではなくなり、菌類との共生の脇役になる。新たな文明は、すでに始まっている。ウイルスデータの社会的な意味を解読することに成功した文明が、新たな文明となる予感がする。
新たな文明までの移行期間には、機械文明が依存しているエネルギー、石油からの離脱が必要だ。資本主義社会は、石油覇権で未来を失ってしまった。石油よりも長期的に利用可能なエネルギーとしては、水素に期待したい。クルマの燃料電池開発を後押しするためだろうか、未来の水素社会などといわれて久しい。筆者はフィジカルAIには否定的で、ケミカルAIを提案している。ケミカルAIが水素社会を実現するとしたら、それは、新たな文明への菱明になるだろう。
【目次案】「おいしいデータの家庭料理」
1 はじめに; データをおいしくする家庭料理
1.1 おいしいデータは栄養たっぷり
1.2 地域のデータをおいしくする
1.3 データの学習と食事
2 データの料理法
2.1 生データのしたごしらえ
2.2 データは発酵するのか
2.3 データの調理器具
2.4 データの献立表
2.5 データのフルコース
2.6 おいしいデータは、地域と経済を健康にする
3 機械学習の学習
3.1 データをおいしく下ごしらえしてから機械学習する
3.2 機械と一緒にデータを学習する
3.3 機械と一緒にデータを使うビジネスを考える
3.4 楽しくデータの学習をする
3.5 データの学習は冒険でもある
3.6 機械と一緒にデータビジネスの冒険をする
4 まばらでゆらぐオルタナティブデータの家庭料理
4.1 まばらでゆらぐ生活と経済のオルタナティブデータ
4.2 生活と経済を健康にするオルタナティブデータの家庭料理
4.3 まばらでゆらぐオルタナティブデータの調理法
4.4 まばらでゆらぐオルタナティブデータで健康になる
4.5 オルタナティブデータを使った生活と経済の予測
4.6 生活と経済のリスクを生き延びる<本稿>
4.7 たくさんの小さな試行錯誤による適応
5 よりあいグループと社会
5.1 よりあいグループ(地域や家族)のデータ
5.2 よりあいグループのよりあいグループ
5.3 機械と学習するよりあいグループのデータ
5.4 よりあいグループのデータは廻る
5.5 よりあいグループのデータの周辺
5.6 よりあいグループのデータを予測する
5.7 よりあいグループのデータで社会問題を解決する
6 おわりに;生活と社会の近未来
6.1 ほとんど色即是空・空即是色な(まばらでゆらぐ)世界
6.2 まばらでゆらぐ人びとの地域社会
6.4 データでつながる、地域のNPOから国際NGO連合まで
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技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を事業化する試みを行っています。











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