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蘇る「東京圏転出入均衡目標」という名の亡霊―「デジタル田園都市国家構想」は大丈夫か
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第64 回

2月 08日 2023年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

昨年(2022年)末、政府が「デジタル田園都市国家構想総合戦略」を発表した。デジタルインフラの整備を前面に押し出しつつ、「地方に仕事をつくる」「人の流れをつくる」といったコンセプトは、従来の地方創生政策を引き継いでいる。

その中に「2027年度に東京圏転出入均衡(ネット転入超数ゼロ)を目指す」との目標がある。これは、地方創生を開始した14年に「20年までの均衡を目指す」として掲げられ、その後取り下げられた目標と同じである。

過去に達成できなかった目標を、理由の分析や反省なしに再び掲げ、財政資金を投入してよいものだろうか。「東京圏転出入均衡」は、日本の社会経済にとって本当に適切な目標か。

◆移住促進へのこだわり

政府の「東京圏転出入均衡目標」へのこだわりは強い。

地方創生政策では、東京圏から地方に職場を移し、移住する人々に補助金を付与する制度が設けられた。その後、テレワークで東京圏の勤務を続けながら、地方圏に移住する人々にも補助金を付与できるようにした。いわゆるテレワーク移住である。

今回のデジタル田園都市構想でも、「『転職なき移住』を実現するとともに、地方への新たなひとの流れを創出する」として、地方自治体に交付金を付与するとしている。

テレワーク移住に影響されなかった人口移動実績

では、現実の人口移動はどうだったか。

1年前、21年中の「人口移動報告」が公表され、25年ぶりに東京23区が流出超に転じた。これを受けて、多くの報道が「テレワーク移住などにより、東京一極集中に是正の兆し」との趣旨の記事を掲載した。

このほど公表された22年中の人口移動実績は、この見方が的外れだったことを明らかにした。東京23区の人口移動は再び流入超に転じ、東京都、東京圏(1都4県)も流入超を拡大した。

東京圏への転入超数(日本人移動者)は、地方創生の基準年である13年の9.6万人から19年には14.6万人まで拡大した。その後、新型コロナの感染拡大とともに8.0万人(21年)まで縮小した後、昨年(22年)は9.4万人に戻った。
*外国人移動者を含む転入超総数は9.9万人。

22年の転入超数は、基準年(13年)とほぼ変わらない。9年にわたる地方創生の政策にもかかわらず、目標を達成するどころか、目標に近づくこともなかった。これを次の5年で達成するという新たな「転出入均衡目標」に、実現の根拠は見当たらない。

(参考)東京圏などへの転入超数推移

京圏などへの転入超数推移

(注)日本人移動者
(出典)総務省「住民基本台帳 人口移動報告」を基に筆者作成

テレワークの「不都合な真実」

22年の人口移動報告で改めて確認されたのは、次のようなことである。

(1)東京圏と地方圏の間には、好況時に東京圏への人口流入超が増え、不況時に縮小する傾向がある。新型コロナ発生後も、この傾向は変わらない。22年の流入超数増加は、景気の緩やかな回復の反映である。

(2)新型コロナの感染拡大当初は、東京圏以上に、東京都や東京23区の転入超数の減少が目立った。すなわち、東京23区から東京都下へ、東京都から神奈川、埼玉、千葉県への移動が活発になった。

これには、テレワークの普及が影響した可能性もある。都心から電車で1時間以内程度の近郊地域であれば、自宅でテレワークを行いつつ、週に何回かの出社に対応できる。東京都下や神奈川、埼玉、千葉県など、近郊地域の相対的な優位性が高まった。

ただし、22年中の都心への戻りは速い。テレワークの影響で都心から近郊地域への移動が起きていると断定するのは、時期尚早だろう。

(3)他方、東京圏から地方圏への人口移動は、景気の波を反映した動き以上のものはなかった。

そもそも地方圏が強調してきた地方居住のメリットは、日々の通勤の苦痛から逃れられることだった。テレワークの普及により、都心近郊地域の優位性が高まったことは、半面、地方居住の優位性低下を意味している。地方にとって、不都合な真実である。

(4)新型コロナの収束は、いまだ道半ばにある。今後コロナの収束が進めば、東京圏への流入超はしばらくの間拡大を続ける可能性が高い。

人口移動は労働需給の基調な調整弁

なぜ人は好況時に大都市圏に移動し、不況時にそのスピードを緩めるのか。背後にあるのは、大都市圏と地方圏の所得格差だ。多くの人は、より高い所得を求めて居住地を変える。

これは、日本経済の発展にとって大事なことだ。生産性の高い企業に人的資源がシフトすることを通じて、企業の新陳代謝が促され、経済全体の成長が押し上げられる。人口移動がなければ、新陳代謝は進まない。

いまの日本は、現役世代の人口が減少し、大都市圏、地方圏にかかわりなく人手不足が強まっている。大都市圏は、地方に人材を求める圧力を高めている。東京圏だけでなく、大阪府や福岡県でも顕著にみられる傾向である。

東京圏転出入均衡目標の危うさ

東京圏への転入超のリード役は、いまや若年層の女性だ。女性の転入超数は男性をしのぐ。彼女/彼らが大都市圏経済を支え、日本経済の成長を支えてきた。東京圏転出入均衡目標は、こうした若者たちに帰郷を勧めるようなものだが、適切な施策といえるだろうか。

順序が逆である。「人口移動、先にありき」ではない。重要なのは地方産業の生産性向上であって、所得格差が縮まってこそ、人の流れが変わる。所得格差が是正されないうちに、東京圏への人口移動を止めれば、経済成長は阻害される。

地方創生政策も地方産業の活性化を一つの柱に据えてきたが、成果があったようにはみえない。その証しが、東京圏への人口転入超の継続である。インバウンド観光客の増加も、人手不足を強めはしたが、地方企業の生産性向上につながったようにはみえない。

長きにわたる地方創生政策にもかかわらず、なぜ所得格差は縮まらなかったのか。その検証こそが、デジタル田園都市構想に着手する前に行うべきことである。

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