п»ї 朝日新聞のリスクコミュニケーション不全『ジャーナリスティックなやさしい未来』第25回 | ニュース屋台村

朝日新聞のリスクコミュニケーション不全
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第25回

9月 12日 2014年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

仙台市出身。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP(東京)、トリトングローブ株式会社(仙台)設立。一般社団法人日本コミュニケーション協会事務局長。東日本大震災直後から被災者と支援者を結ぶ活動「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。企業や人を活性化するプログラム「心技体アカデミー」主宰として、人や企業の生きがい、働きがいを提供している。

◆メディア不信の根本

朝日新聞の従軍慰安婦に関する検証記事掲載以来、その波紋は広がるばかりである。慰安婦問題への検証は、私自身が毎日新聞と共同通信の記者時代に担当していたテーマであり、一人のジャーナリストとして興味深く見ていたが、それが朝日新聞をテーマにした各週刊誌の広告拒否やジャーナリスト池上彰氏の記事掲載拒否と連載打ち切り問題などは、メディア世界全体の問題として興味深い。

そして、各週刊誌などが攻撃する朝日新聞社社長への謝罪要求と、その対応は、企業コンサルタントとしての私にとっては、企業のリスクコミュニケーションの観点から格好のケーススタディーとなる題材となる。同時に、メディア不信と経営不振は、この社会とのコミュニケーション不全が根本であることも浮き彫りにしている。

リスクコミュニケーションの一般的な定義は「意思決定者と他のステークホルダーの間におけるリスクに関する情報の交換又は共有」(ISO/IEC Guide73:2002)とされ、簡単に言えば「どんなリスクがあるのか」「リスクにどのように対応すればよいか」を関係者が相互理解することである。

リスク克服に向けて価値観を共有することで、リスク対応の行動がスムーズかつ効果的になることから、大企業はリスクマネジメントの基本としてリスクコミュニケーションの概念を採用するところが最近増えてきた。情報漏えいや製品による事故、恐喝や偽装問題など企業が社会的信用を失う状況に陥った場合、マネジメントだけでは対応できず、場合によっては小さな事故が企業の命取りとなるからである。

◆平事と有事の切り替え

企業の対応は通常(平事)ならば法令遵守が基本だが、有事の際には、これが通用しない。有事でも平事の通りに法令遵守に固執し、社会からの要求に応えなければ、社会的信用は失墜し大きな痛手を負うのである。

これは、パロマの瞬間湯沸かし器事故の問題がよい事例である。同社の湯沸かし器の排気ファンの動作不良を原因とする一酸化炭素中毒で20人以上が死亡していた事故で、当時の小林弘明社長が記者会見で「事故は安全装置を解除したサービス業者による不正改造が原因」「製品にはまったく問題ない」と一切謝罪表明をしなかった。

その後の第三者委員会の見解でも、器具には問題ないと結論づけられ、「法令遵守」で責任は自社にないとの事実を強調したいのは分かる。しかし、社会が求めているのは、ガスという毒と隣り合わせの危険な製品を扱う企業としての道義的責任だった。

メディアの追及も厳しく、結局その後パロマは3割以上の事業所を閉鎖するほどのダメージを被り、一般消費者はいまだにパロマに悪いレッテルを貼ったまま。平事から有事への対応の切り替えが出来ず、有事にかかわらず平事のままの対応に終始したことが傷口を広げた。

◆ミッション型企業として

ここに今の朝日新聞に重ね合わせ見てしまうのは私だけではないと思う。慰安婦問題の検証で誤報を認めた行動は評価するに値するが、木村伊量(きむら・ただかず)社長が「謝罪するべき」との要求は、池上彰氏のコラムでも求められ、週刊誌でもその論調は攻撃的である。

企業はまず株主への利益配当に向けて、株主におうかがいを立てることが会社組織の前提であるものの、社会的意義の大きい企業は「ミッション型」とも言われ、そのミッションを支える人や社会との適切なコミュニケーションが株主よりも優先されるはずである。これがミッション型企業のリスクコミュニケーションともなる。

木村社長が謝罪をしないのは、おそらく自らの進退問題を決しなければならない苦しい立場もあるだろうが、自らの進退や体裁にこだわるのは、朝日新聞という「社会の木鐸(ぼくたく)」たる究極のミッション型企業の行動ではない。

このまま行けば、利潤だけを追求する企業に過ぎないことを露呈してしまい、言論機関としての信用を失い、一部週刊誌などの餌食(えじき)になるだけである。読者の信頼を得るためにも、ここはミッション型企業との自覚を持ち、やるべきことはやらなければならない決断を迫れているのだと思う。

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