п»ї 皇室・王室と政治利用 『山田厚史の地球は丸くない』第134回 | ニュース屋台村

皇室・王室と政治利用
『山田厚史の地球は丸くない』第134回

2月 15日 2019年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

ミュージカル「王様と私」のモデルにもなったタイ王室から王女が総選挙に出ようとしたが国王が待ったをかけ、立ち消えになった。「王室の政治利用ではないか」とタイで問題になっているという。

タイでは軍によるクーデターが繰り返され、政治危機が続いている。軍政に抵抗する野党が王女を党首に担ぎ出そうとしたが、国王は対立する勢力から距離を置くことで権威を保とうとしたと見られている。

◆軍政首相への不信表明の見方も

日本では、「慰安婦問題の解決には天皇の謝罪が必要」と語った韓国国会議長の発言に安倍首相が怒っている。「発言は甚だしく不適切。強く抗議し、謝罪と撤回を求めた」と国会で述べた。

知日派で知られるの文喜相(ムン・ヒサン)国会議長はブルンバーグの取材に「戦争犯罪の主犯の息子として、天皇が韓国のおばあさんの手を握って『本当に申し訳なかった』と言えば、全ての問題が解決する」と語ったという。

菅官房長官によると、韓国政府から「早期の日韓関係改善を願う文議長の思いから出たものであり、報道のされ方は本意ではなかった」と説明があったというが、日本では「外交懸案になっている慰安婦問題に天皇を巻き込むのは政治利用だ」と保守派が反発している。

タイの国王は軍の統帥権、首相の任免権など実権を握っている。前任のラーマ9世(プミポン国王)は国政が動揺すると対立する権力者を呼び出し、仲裁したこともあった。そんな振る舞いが可能なのは「国民の敬愛」があったからだ。「国民統合の象徴」である天皇に通ずるものがある。

晩年のラーマ9世は軍政とタクシン派の対立に身動き取れず、国家の分断になすすべがなかった。深刻な世論の分断(都市の中間層と地方の貧しい農民の対立)があり、国王も慎重にならざるを得なかった。結果として、東南アジアで民主制のモデルとされていたタイで軍事政権が10年余り続くという悲劇となった。野党に担がれたウボンラット王女はラーマ9世の長女、アメリカ人と結婚し皇位継承権を失ったが、祖国の事態を放置することはできなかった。

国王の「反対」には、様々な見方がある。国情を知る人の多くは「国王の内諾なしに王女が選挙に出ると言いだすわけはない」と指摘する。「慌てた周辺が国王を説得し巻き返した」という説や、「政治的対立を超越した地位にあると国王は国民に印象づけようとしたのでは」などとささやかれている。王女に唐突な行動を許したことは、軍政の代表であるプラユット暫定首相への不信表明という見方もある。国王への取材はできない国柄だけに真意は不明だ。

◆終わらぬ天皇の責任問題

王位を継承する戴冠式が5月に設定され、2月に予定された総選挙は遠のいた。時間が経てば勢力を伸ばすタクシン派に有利ともいわれる。国王の取った態度は極めて政治的である。

日本も5月に新天皇が即位する。平成は4月で終わる。沖縄から太平洋の島々まで「旅」をして来られた天皇が退位した後、どの程度ご自分の意思を表現されるか、このあたりは微妙である。

これまでの言動から、天皇には戦争への深い反省と贖罪(しょくざい)意識が感じられる。口には出さないが「天皇の戦争責任」は生涯のテーマでなかったか。米軍の占領政策によって天皇は裁かれることはなく、戦争責任はうやむやになり、天皇家は残った。新憲法の下で「象徴天皇」となり、現天皇も象徴とは何かを考え続け、重い責任を皇太子に託した。

だが、韓国のように天皇の名で併合され、植民地にされた国の人々にとって、天皇の責任問題は終わっていない。

政府間で戦後補償は決着しても、慰安婦にされたり徴用工になったりした人々の心のわだかまりは晴れることはない。

韓国の文国会議長は「戦犯の息子である」天皇が慰安婦に詫びれば、わだかまりは消えると指摘した。「こころのこもった謝罪の言葉」が必要というのが持論である。

天皇の名のもとに日韓併合が行われ、戦争が始まった。軍部が暴走し、すべてを天皇が仕切ったわけではないとしても、夥(おびただ)しい死者と惨劇を招いた責任を天皇が免れることはできない、という主張が韓国にあって当然だろう。

◆結果として日韓の分断を煽る安倍首相

だが、安倍首相にとっては我慢ならない発言である。

「天皇にまで謝れというのか」「何度謝らせば気が済むのか」「補償問題はもう決着している」と右派は反発し、首相は語気を強め「発言の撤回・謝罪」を求めた。

相手の立場を思いやることなく、「韓国がまたバカなことを言っている」と反応する国内の支持勢力に顔が向く首相は、両国間のわだかまりを解消する、という配慮はない。強腰で罵倒(ばとう)することで身内の喝采(かっさい)を浴び、結果として両国関係の分断を煽(あお)っている。

事態を深刻に感じているのは、ほかならぬ天皇ではないか。

被災地や離島を旅し、ひざを折り、目線を合わせて人々をねぎらう天皇の姿に、知日派の韓国人が「慰安婦だったおばあさんの手を握って、済まなかったね、ご苦労でした、と言ってくれれば、わだかまりは氷解するのに」と思うのは不自然ではないだろう。

天皇の名において起こった不幸を、後の天皇が、退位後に癒やす。天皇の行動から推し量ると、あっておかしくないように思える。

昭和天皇は欧州訪問で旧敵国の人々との和解を試みた。「エンペラー・ヒロヒト」への敵意が残る国を敢えて訪問した。こうした皇室外交を差配したのは政府である。「天皇の政治利用」という批判は出なかった。

日韓の冷え切った関係を修復できるのは、「こころと姿勢」の問題ではないだろうか。

天皇は憲法で「国政に関する権能を有しない」と定められ政治的行為はできない。退位した後どの程度のことができるかは不透明だが、朝鮮半島は皇室のルーツともつながる地域である。

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