п»ї 「パナマ文書」とある大蔵官僚の死『山田厚史の地球は丸くない』第66回 | ニュース屋台村

「パナマ文書」とある大蔵官僚の死
『山田厚史の地球は丸くない』第66回

4月 08日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「パナマ文書」の報道に接し、思わず唸(うな)った。タックスヘイブン(租税回避地)を使っている世界の要人を国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が暴いたのである。中国では習近平国家主席ら共産党常務委員たち、英国はキャメロン首相、ウクライナのポロシェンコ大統領など錚々(そうそう)たる人物が、本人あるいは近親者の名を使って会社を設立していた。

◆国境を越えるカネ

表に出せないカネの隠匿場所がタックスヘイブンである。公権力や世間の眼が届かないブラックホールにうごめく政治家にスポットライトを当てた。一級のジャーナリストの仕事はこういうものだ、と唸るしかなかった。

国境を越えるカネは、一国の政府では追いきれない。限界を突破するため記者の国際ネットワークが生まれた。

「ICIJという国境を越える調査報道チームがある」と教えてくれたのは、ある元大蔵官僚だった。『タックスヘイブン―逃げていく税金』(2013年、岩波新書)の著者・志賀櫻(しが・さくら)氏である。彼は課税を逃れる不透明な資金の隠れ家を20年以上も前から問題にしてきた。

「タックスヘイブンを利用する輩(やから)は確かに問題だが、タックスヘイブンをつくったのは誰か、そこから利益を得る構造にメスを入れることはもっと大事だ」

志賀氏はそう言い続け、「黒幕はロンドンの金融街シティとニューヨークのウォール街だ」と、元大蔵官僚らしからぬ直截な指摘をする人だった。

「お互い身辺には気を付けよう」など冗談を言い合う仲だった。今回のICIJのスクープで、コメントを求めようと電話したところ、ご家族の言葉に驚いた。
「志賀は、昨年末、他界いたしました」

まさか消されたのでは、との思いが一瞬、脳裏をかすめた。私が運営にかかわっているブロードバンド映像配信ポータルサイト「デモクラTV」に出演していただいた時は、元気に「タックスヘイブンの闇」を1時間にわたり話してくれたのに。

◆階級社会の上層に網を張って情報収集

志賀氏が租税回避に正面から取り組むようになったのは1990年代初頭、英国大使館参事官から主税局国際租税課長に就任したころからだ。

企業の海外進出が盛んになり、税優遇が誘致の条件になり、税金をどこで払うかが経営課題になっていた。同じころ、金融自由化・規制緩和が世界規模で起こる。国際租税課長の仕事は「税金をどの国が取るのか」の交渉と国際的なルールづくりだった。

そんな中で、手ごわい相手は英国だった。金融のルールづくりでは先進国。人材は厚く旧植民地に財務顧問を送りこみ、広範なネットワークを抑えている。国際会議では「透明性と説明責任が金融ビジネスに欠かせない」ときれいごと並べながら、その裏で旧植民地とりわけ王室の属領を使って制度のしり抜けを巧みに図ろうとする。カリブ海やドーバー海峡の島を使って「素性を問わない資金」を招き入れている。

私がロンドン特派員をしていた時、志賀氏は大蔵省(当時)から大使館に派遣された1等書記官だった。大使館にいるのは稀で、「あの人は遊んでばかり」とうわさされていた。乗馬や射撃に明け暮れている、という。そんな評判を聞いて本人に質した。

「大使館の中にいては情報は取れない。階級社会の上層に網を張らなければ本当のことは分からない」と言う。

バッキンガム宮殿近くのクラブで、「オックスブリッジ」(オックスフォード大学とケンブリッジ大学の併称)の同窓生が「インサイダー情報」を交換し、それぞれが暗黙の了解で動く、それが英国式というのである。

クラブのメンバーになって遊び仲間になる。ポロやキツネ狩りで汗を流して、世間話をする。大事なヒントはそこから、という仕事ぶりだった。

◆属領を「税金の無い島」にした英米

1980年代の日本は米国・欧州と貿易摩擦が火を噴いた。英国は製造業が衰退し、日産・トヨタの進出を受け入れた他のEU諸国に対抗した。サッチャー首相は、活路を金融に求めてシティ大改革に乗り出す。規制緩和という言葉の裏で、官民一体となったやりたい放題が始まった。属領を「税金の無い島」にしてマネーの受け皿にする。集まったカネの運用はシティの銀行が担う。世界的金融緩和で膨張したカネをタックスヘイブンが吸い込むという金融立国である。

同じことをアメリカも考えた。「タックスヘイブンを操っている二つの大きな島があると言われている。マンハッタ島とブリテン島のことだ」。志賀氏はそう言っていた。

1997年、タイからアジア金融危機が起きた。東西冷戦が終わった後、アジアは「戦場から市場へ」の掛け声にのって投資が集中した。タックスヘイブンにたまったカネは商機と見て、タイに流れ込んだ。高金利とバーツ高。ドルと連動させてカネを呼び込んできた無理がたたり、外貨準備が底をついた。バーツは暴落し、通貨危機はタイ経済をペシャンコにした。

おカネはじっとしていられない性分だ。タックスヘイブンでも眠っていない。高利回りを求め、世界に出動する。

国際金融を読むには統計が欠かせないが、タックスヘイブンにどれだけのカネが潜んでいるかは明らかではない。「少なくとも10兆ドル」という説や「20兆~30兆ドル」という見方がある。10兆ドルでも日本の国内総生産(GDP)の2倍だ。

◆「タックスヘイブンの闇」に立ち向かった行政官

志賀氏は経済協力開発機構(OECD)の租税委員会の委員としてタックスヘイブン対策に取り組み、金融庁が発足すると、初代の特定金融情報管理官となりマネー・ロンダリング対策の元締めとなった。実体験として「タックスヘイブンの闇」に立ち向かった行政官だった。

「タックスヘイブンは政治家の蓄財だけではない。多国籍企業の節税対策、暴力団や麻薬組織などの犯罪資金、テロ資金の管理まで吸い込むブラックホールだ」と言う。脱税や犯罪の温床となる無法地帯がなぜ生まれたのかを尋ねると、志賀氏は「英国の情報機関MI6と無縁ではないと思う。表に出せない活動資金を運用する舞台として、法制が緩く思い通りになる王室の属領を使った。その仕事を手伝ったシティの金融業者がこのルートは商売になる、と気付き肥大化していった」と解説してくれた。

先進国はタックスヘイブン対策を叫びながら、その中心にいる米英が「影の庇護者(ひごしゃ)」となっている。犯罪を取り締まる組織に事件の黒幕がいる。これは映画の中の話ではない。

ICIJの奮闘を見るにつけ、「敵はタックスヘイブンの利用者」だけではない、という志賀氏の言葉を思い出す。

ご家族によると「急な癌(がん)の進行」で逝った、という。国際会議で金融立国の二枚舌を経験し、マネロン犯罪を解明する現場から制度を見る志賀氏のような専門家はこれから出てくるだろうか。残念でならない。

One response so far

  • 高橋輝彦 より:

    癌が原因なのですか。何故かと探して本書き込みを見つけました。有難うございます。
    納得できたような 一抹の疑問が残るような。
    素晴らしい人を失い残念です。
    東大法学部卒業の高級官僚のイメージが私の中で美しく書き換えられました。

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