п»ї インドネシアでの日中の経済権益争い『東南アジアの座標軸』第12回 | ニュース屋台村

インドネシアでの日中の経済権益争い
『東南アジアの座標軸』第12回

8月 07日 2015年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

日本の安全保障法制に関する審議は、舞台を参議院に移して猛暑のなか論戦が繰り広げられています。安倍総理は、衆議院での審議の時より一歩踏み込んで安全保障環境の変化をもたらしているのは中国である、と名指しで答弁するようになりました。

東シナ海での一方的なガス田開発、南シナ海でのスプラトリー環礁の埋め立てを始めとする軍事面での海洋権益の拡大にとどまらず、東南アジア諸国への経済協力も強化して存在感を強めている中国ですが、日本も同様に東南アジア諸国での「インフラ需要」の取り込みに向け躍起になっています。この地域を舞台にした日本と中国の経済権益の争いが熱を帯びてきているように見えます。

◆日本の新幹線売り込みには賛成できない

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は国家の基本政策として、地域格差解消を目指す「海洋国家構想」を掲げています。一方、中国の習近平政権は中国から中近東までの陸路と海路を結ぶ壮大な経済圏構想「一帯一路」を掲げていますが、中国政府は南シナ海からインド洋の「海洋シルクロード構想」の実現に向けて、南シナ海から連なるインドネシアのジャワ海近辺での経済協力は戦略的利用価値が高いと判断しているようです。中国は特に東南アジアの大国インドネシアには熱い視線を向け、習主席が4月に西ジャワ州バンドンであったアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年式典に参列したほか、このところ中国要人のジャカルタ訪問が相次いでいます。

最近の中国による積極的経済協力の事例を見ますと、中国国務院直轄の中国開発銀行がインドネシアの国営銀行3行に対して国内インフラ整備資金として各行に10億ドルの融資を決めており、現在その条件の詳細を協議しているようです。さらに、インドネシアの国営企業に対しても総額200億ドルの融資も決め、ジョコ政権に中国の経済協力を強くアピールしています。

さて、日本はユドヨノ前政権の時からジャカルタと地方都市バンドンやスラバヤを結ぶ高速鉄道(新幹線)の導入を働きかけてきました。現政権に代わってからこの計画は白紙に戻りましたが、ジョコ大統領が3月に中国を公式訪問した後に、この計画が再浮上したため、日本と中国の双方が現在、高速鉄道プロジェクトの導入計画案をインドネシア政府に提示しています。

しかし、日本の新幹線の高度技術をインドネシアに売り込むのは賛成できません。東海道新幹線は開業以来大きな事故は起きていません。これは夜間に線路の保守点検を欠かさず実施する企業や、専門の学校を卒業した日本人の勤勉性に支えられているからです。インドネシアには申し訳ないのですが、インドネシア人には技量面やその国民性から、地道で精緻(せいち)さが求められる保守点検作業等をこなせるとは思えません。鉄と見れば盗んでスクラップ業者に転売するような窃盗団も多い国で、本当に乗客の安全を最優先にした運行が可能か疑問です。そもそも高度な技術を伴う高速鉄道の導入計画を優先すべきなのかと大いに疑問を感じます。

◆交通インフラの不均衡問題解決を最優先すべき

インフラ整備のプロジェクトに関しては、インドネシアの国情を理解してインドネシア目線で捉えて経済発展に直結するプロジェクト案件を優先すべきです。「アジアのインフラ需要」を積極的に取り込みつつ経済発展に貢献するという大義名分を隠れみのにして、インドネシアの身の丈に合っていないプロジェクト案件の受注合戦をすることになると、インドネシアで優先的に必要とされるインフラ整備が後回しになり、インドネシアが日本と中国の経済権益競争の犠牲者になりかねません。

非政府組織(NGO)の交通機関研究所の所長が「高速鉄道を優先開発案件とすべきではない。ジャワ島とその他の島の交通インフラの不均衡問題の解決を最優先すべき」だ、と地元紙に投稿したとの報道に接しましたが、その指摘は正鵠(せいこく)を射ています。

中国は、インドネシアの「海洋国家構想」に戦略的価値を見いだしており、ジャワ島以外のスマトラ、カリマンタン、スラウエシ島への新港建設などの交通インフラ整備に積極的な協力を表明していますが、日本は日系企業が集積しているジャワ島内の経済開発にしか興味がないようです。

中国の深謀遠慮は別にして地域間格差を目指すジョコ政権にとり、どちらの国からの経済協力に期待するかは明らかです。日本の関係省庁が、省益のみを優先して、短期的な成果にしか関心を向けない官僚を中心とする思考と異なり、中長期的な視点から経済的合理性を度外視しても戦略的に進めて果実を取る中国側の戦略的思考に最終的に軍配が上がるのではないかと危惧(きぐ)します。

また、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に対抗するかのように、アジア開発銀行もプロジェクトファイナンス供与の前提となる環境への影響評価について、これまで固執してきた自行基準から相手国政府基準を認めるような大幅な緩和措置を打ち出してインドネシア政府にアピールしています。さらに米国主導の世界銀行もインドネシアに対して3年で120億ドルの積極的な資金協力を表明しており、インドネシアを舞台に米国も参戦して日本・米国対中国の経済権益争いも激しくなりそうな雲行きになっています。

この争いに隠れながら、便乗して利権を確保したいインドネシアの既得権益層には絶好の好機到来ですが、善良なインドネシアの納税者には迷惑な話です。

◆インフラ整備で利権に巣くう政治家と官僚

インドネシア中央銀行による断続的な為替市場介入も効果薄く、7月31日に為替相場は1ドル=1万3500ルピア近辺をつけました。経済のファンダメンタルズは改善されておらず、今後の内外情勢の悪化によっては1ドル=1万4000台に乗せる可能性を念頭に置く必要もあります。

上半期の自動車販売台数が前年比18%減少したことに象徴されるように、基幹産業の二輪四輪の販売は、ルピア安、ガソリン価格の高止まり感、高金利などの要因から消費者信頼感指数も低下しており、自衛のため耐久消費財への支出を抑えていることを示しています。外部要因でもギリシャ債務問題や中国株式相場の下落などリスクファクターが増大しており、米国による年内の政策金利の引き上げ観測から、インドネシア中銀は金融政策を発動できません。

今年度の税収不足に悩む財務省は先ごろ、農産物などの15%への引き上げ含む輸入関税の引き上げを発表しました。その理由は、輸入品に依存せず国内産業を保護・育成するのが狙いです。ところが、エルニーニョ現象の影響で今年の乾期は各地で干ばつや水不足となり、農産物の収穫に影響が出ています。

今回の輸入関税引き上げは政府の意図に反して、農産物の国内需給関係から結果的に輸入依存が高まって輸入インフレの火種となり、冷え込みつつある消費者の購買意欲を一層削ぎかねません。国内の景気低迷から政権内で保護主義がもたげるなか、度々繰り返される政策のちぐはぐさが一向に改善されていないのです。

頼みの綱として、財政出動によってインフラ整備の公共事業の執行が急務です。ジョコ政権では事業執行の遅延要因になっているといわれる執行権限を持つ主務官庁の官僚に対して、執行時に問題があったとして汚職撲滅委員会(KPK)などの当局から後々訴追されないように特例を設けて公共事業の執行に弾みをつける予定です。ただ、その執行は順調に進んでも10月以降と予想されており、経済に波及効果をもたらすのは来年後半からと見られます。

KPKの権限を有名無実化するため警察組織が画策している動きは、まさにこの国が懸命に進めようとしている数々のインフラ整備に狙いを定め、その利権を政治家と官僚が分かち合うために仕組まれているように見えます。

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