п»ї ロイター通信記者“やらせ”逮捕から考える日本のメディア 『アセアン複眼』第18回 | ニュース屋台村

ロイター通信記者“やらせ”逮捕から考える日本のメディア
『アセアン複眼』第18回

5月 03日 2018年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

『アセアン複眼』
企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、深掘りのビジネス情報、政治リスク分析などを提供するHummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバーする。新聞記者9年、米調査系コンサルティング会社で11年働いた後、起業。グローバルの同業者50か国400社・個人が会員の米国Intellenet日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。自社ニュースブログ(asiarisk.net)に、一部匿名ライターを含めた東南アジアのニュースを掲載中。

少数民族への弾圧が問題視されるミャンマーで、取材中のロイター通信のミャンマー人記者2人が昨年12月に逮捕された。世界的に注目を浴びたこのニュースは、ここ1週間ほどで事態が急展開し、醜悪な内情が明らかになりつつある。逮捕のきっかけになった、記者2人が保持していた機密文書は、地元警察官から直接渡されたもので、しかも裁判でこの警察官が実は上官から記者をワナにはめることを迫られての行動だった、と証言。記者逮捕が報道弾圧のための偽装だった可能性が明らかになった。

世界的にジャーナリストは受難の時代を迎えている。政治からの圧力、フェイクがはびこるネットニュース、社会の分断と無関心。理由は多かろうが、メディアが弾圧されて影響を受けるのは間違いなく権力外にいる市井(しせい)の人なのだ。その危機感が募る海外メディアは、現場の記者が組織を超えて手を繋(つな)ぎつつある。日本のメディアがもっと海外メディアと繋がることを願いながら、この事案を紹介したい。

◆事の経緯

昨年12月に明らかになった問題について、ロイター通信日本語版からの引用で紹介する。

「ロヒンギャ問題取材中のロイター記者2人、ミャンマーで逮捕」(2017年12月13日)
ミャンマー政府は13日、西部ラカイン州でのイスラム教徒少数民族ロヒンギャ族への軍事弾圧を取材していたロイター記者2人を警察が逮捕したと発表した。同国情報省はフェイスブックに投稿した声明文で、Wa Lone記者とKyaw Soe Oo記者および警官2人は英国の植民地時代の1923年に制定された国家機密法に違反した罪で、最高で14年の禁錮(きんこ)刑が科されるとした。声明文によると、記者らは「海外メディアと共有する目的で情報を不正入手した」とされており、手錠をかけられた2人の写真が添えられている。身柄を拘束されたのは、同国の最大都市ヤンゴン郊外の警察署だったという。

この報道を受けて米国務省は12月19日、記者2人の釈放を求める声明を発表した。その後しばらく、事態は膠着(こうちゃく)状態だったことが、以下、ロイターの報道からも分かる。

「ロイター記者2人の取り調べほぼ終了、裁判へ=ミャンマー政府筋」(2017年12月20日)

「ミャンマーの裁判所、ロイター記者2人の勾留機関を2週間延長=弁護士」(2017年12月27日)

「ミャンマーのロイター記者逮捕、文書受け取った直後=親族」(2017年12月29日)

そして「わな」報道に続く。今度は時事通信の記事を引用する。

「ロイター記者逮捕は『わな』=ミャンマー警察高官証言」(2018年4月20日)

(前略)ロイター通信のワ・ロン記者とチョー・ソウ・ウー記者が国家機密法違反で起訴された問題で、警察高官は20日、警察が2人の逮捕を仕組んだことを認めた。ヤンゴンの裁判所で行われた予審に検察側証人として出廷した高官は、警察幹部が部下に対し、「機密文書」をワ・ロン記者に手渡した後、同記者を逮捕するよう指示したと証言。「逮捕しなければ君たちが監獄行きだ」と幹部が語ったことを明らかにした。(中略)2人が調べていたのは西部ラカイン州で昨年9月、ロヒンギャ10人が殺害された事件。国軍は今月10日、兵士の関与を認め、7人に懲役10年を科した。

ミャンマーの英字紙「The Irrawaddy」やロイター報道によると、時事通信の記事にある「警察高官」は、記者に機密文書を渡したとして逮捕された警察官2人うち1人。もともと検察側証人として出廷していたが、突然反旗を翻した格好で、検察側は「この警察官は120日も収監されて不満を持っていた。当初の証言と異なり信用できない」と反発している。

この証言が元で警察官は「警察規範法」(Police Disciplinary Act)ともいうべき法律違反により別法廷(2018年5月2日付の朝日新聞によると「警察内部の裁判」)で懲役1年の判決を受けるはめに。一方、証言の信ぴょう性を審議していた裁判所は5月2日、米国やEU、フランス、オーストラリアなどからの外交官が傍聴で埋まる法廷で「証言は信用できる」と宣言。証言が採用されることになったのだ。この日、出廷を阻まれた警察官は、次回法廷の5月9日に出廷する予定だという。

◆ロイターの大反撃、SNSのサポート

2度のピュリツァー賞受賞経験者Andrew RC Marshall氏(ロヒンギャ報道で2014年、フィリピン・ドゥテルテ大統領の殺人的麻薬取り締まりで2018年)を東南アジアに擁するロイター通信は、記者2人の逮捕直後から大々的にミャンマーの民族弾圧と記者逮捕批判を展開。4月25日には、米国務省が主導してロヒンギャ問題の調査を大々的に実施していること、調査結果によっては米国がこれを虐殺(atrocities)と認めて新たなミャンマー制裁に踏み切る可能性を、ロヒンギャ難民キャンプがあるバングラシュ・コックスバザールとワシントンDCから特ダネとして報道した。

ロイター通信は孤軍奮闘していた訳ではない。一連の流れの中、ロイター通信の反撃をサポートしたものとして、SNS、特にツイッターの役割を上げることができる。  Marshall氏は現在、2万5千人近いフォロワーを持ち、彼の東南アジア関連ツィートは、毎回数十から数百のリツィートを生む。リツィートのかなりの数はロイター通信の同僚に限らず、世界各地のジャーナリストによるものだ。それぞれの記者が所属会社は違っても素晴らしい報道をリツィートし、自分のフォロワーに周知している。外からは、お互いがエールの交換をしているように見える。

その影響のほどは計れないが、記者逮捕を巡る奮闘ぶりはロイター通信以外からも伝わる。各国の英字主要紙は、重要局面で他の報道を引用するし、必ずしもこの逮捕事案ではなくともロヒンギャ問題を継続的に報道してきた。米国の制裁を支持するか否かは別にしても、「なんとかしたい」というエネルギーが行動に出ている。

◆サイロにいる日本

一方の日本。例えば、毎日新聞記者のツィートを朝日記者、ましてや読売記者がリツィートするのを、少なくとも見たことがないし、想像しづらい。「外資」に比べると、個々の記者は圧倒的に組織と紐(ひも)付いている。「連携」「連帯」の言葉は、冷戦時代の特定政治勢力を想起させるので忌避したいが、職業特性柄、個々の力がモノをいうジャーナリズムの場合、業界横断のつながりが盛んな欧米系の方が柔軟に動ける分、有事で圧倒的なパワーを発揮することは想像に難くない。

最近、東京で記者の方々と話すと、今の政治、社会状況からとても怒っている人が多いと感じる。取材もますますやりにくくなっていると聞く。ならば、なおのこと横の連携をすることはできないものか。カンボジアの総選挙で地元紙「The Phnom Penh Post」と連携し継続して情勢を紹介する、北朝鮮情勢を巡って韓国の報道機関と共同チームを作る――などだ。国内だが、「モリ・カケ報道」を例にとれば、朝日と毎日が極秘入手した政府文書を突きあわせて共同報道したら面白いだろうな、と、これは想像するだけで興奮した。夢のような話だとは分かっているが、メディアさえも分断され、批判にさらされる中、その本来の役割をより以上に発揮できるのではないか。

彼我(ひが)つなぐといっても、「相次ぐ政府のスキャンダル、外国メディアはどう見るか」的な報道は、読者の心にはもう何も残らないだろう。筆者の新聞記者当時の先輩は、自身のエネルギーを会社組織では生かせず(会社が生かす方策を持たず)、残念なことに昨年暮れ、実質独力でコックスバザールに拠点を構えてしまった。報道機関もサイロから脱却しないことには、近い将来の存在さえおぼつかない。

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