п»ї 進むルピア安と弱体化するジョコ政権『東南アジアの座標軸』第9回 | ニュース屋台村

進むルピア安と弱体化するジョコ政権
『東南アジアの座標軸』第9回

6月 12日 2015年 国際

LINEで送る
Pocket

宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

◆中銀通達「ルピア使用義務化」の波紋

いま、外国企業含むインドネシアの法人企業や外国人が悩み、実務対応に苦慮している規制があります。インドネシア中央銀行が3月末に突然発表した、インドネシア国内での使用通貨を7月1日からルピアに限定するという通達です。インドネシアでは2011年に通貨法が制定され、基本的に国内でのルピア使用を義務付けていましたが、昨今のルピア安対応に頭を痛める政府は、これ以上のルピア下落を防止する施策の一環として、全面規制(貿易取引などは除く)に踏み切ることにしたのです。

前政権時代から法律や規制が出ても施行細則が追い付かず、結果的に制度運用されてないという事例が多く見られましたが、現在のジョコ・ウィドド政権は、外国企業誘致に熱心な半面、新規の進出時に必要な恒久的営業許可の取得手続きを難しくしたり、外国人就労ビザ要件の厳格化のためビザを発給しなかったりするなど対応の違いが顕著です。

ルピア使用義務化により、法人企業の営業活動によるインドネシア国内での商品販売代金の回収や原材料購入の支払いはもとより、外国人が勤務先から受け取る給与や賞与なども、ドルなどからルピアに切り替わることになります。ルピア相場は歴史的に見てもボラティリティー(変動しやすい状態)が高く安定していないため、決済通貨として商習慣行上では依然として多くの企業がドル建てでの商売を行ってきました。

7月から、海外から原材料を輸入している場合は貿易取引としてドル決済は許容されますが、国内での販売代金の回収は全てルピアとなりますから、これまでドル回収だった企業は為替リスクにさらされます。

外国人の給与についてはインドネシアで生活しているのですから、ルピア建ての給与は一見問題がないように思えます。これまでドル建てや円建ての給与を実勢為替レートでルピア建ての給与とした場合であっても、その後にルピア相場が乱高下すれば、従来のドルや円ベースの給与と比較しても為替リスクが発生します。今回の規制の影響で、企業あるいは個人はこれまであまり想定していない為替リスクの影響を受けることになります。

◆「ルピア安防止」シナリオが破たんする恐れも

政府の理屈からすれば、国内でドルが使用されない社会にすればルピアの為替変動要因を除くことが可能になります。国内のドル決済のために銀行を通じてルピアを売却し、ドルを購入する取引は減りますから、ルピア下落の要因を排除できるのです。

今回の政府の措置は自国通貨ルピアを使わせるという、本来あるべき姿に戻すということですから違和感はないのでしょうが、ルピア相場が既に1ドル=1万3000ルピアを超え、米国の金利引き上げがあれば先行きさらにルピア安となる外部要因を抱えているなかで実施するタイミングは最悪です。

通貨法が発表された2011年ごろのルピア相場は1ドル=8500ルピア前後で、非常に安定していた時期でした。このような時期に制度適用するのは理にかなっていますが、アジア通貨危機以来というルピアの安値圏で推移し、さらに下落する懸念のある時期に実施するというのは、どう考えても理解に苦しみます。

また、ドル建て取引をしていた企業はルピア建てに変更するため、今後のルピア安を織り込んで実質的に高いルピア価格を提示しますから、国内のインフレを助長することにもつながります。

最も懸念されるのは、国内市場ではドルが恒常的に不足していますので、ドル建て取引を禁止することでドルは企業や個人に蓄積され、市場に出回らなくなるということです。結果として、ルピア安を助長する側面があるため、政府がルピア安を防止するという意図は崩れるシナリオが危惧(きぐ)されます。

景気減速のなかで、ルピア相場の反転の兆しは全く見えません。ルピア安に振れる場合に外貨準備によって市場介入を実施している中銀にとって、これ以上の消耗(しょうもう)戦はできないという判断で、「通達」という形でルピア使用義務化に踏み切ったということだと思います。

この政策は、裏目に出る可能性が高いと思います。通達は条文の中で「実施日の7月1日以前にドル支払いでの契約書が存在すれば契約書の期限まではこれまでの取り扱いを認める」としており、企業や個人は為替リスク回避や自衛のため、この条文の解釈で急場をしのぐ作戦です。

中銀の基本的な役割は、物価と通貨価値の安定です。通貨価値が不安定極まりない最中に市場取引慣行としてビジネス社会で定着しているドル決済を禁止して強制的にルピア使用を義務づけ、インフレを助長することになれば中銀は何のために存在しているのでしょうか。私は、今回の中銀通達は早晩機能しないことが露呈し、軌道修正を余儀なくされると見ています。

◆統治能力を失いつつある政権

国会では、野党第1党のゴルカル党内で党首選出を巡る内紛が続いています。ゴルカル党は昨年の総選挙で野党に転落して以降、アブリザル・バクリ前党首とアグン・ラクソノ副党首(当時)の両派閥が激しく対立し、昨年12月にはそれぞれ別に開催した党大会で両氏を党首に選出。一方、同党の「党裁判所」は今年3月、アグン氏を党首とする判決を下し、ヤソンナ・ラオリー法務・人権相もアグン氏を正式な党首として認定していました。これに対し、国家行政裁は、ヤソンナ法相の認定を無効と判断し、党執行部をバクリ氏が党首に選出された2009年当時の状態に差し戻すよう命じたことで両者の対立がさらに激化、ますます混迷の度を深めています。

年内に地方選挙を控えていますが、選挙管理委員会の規定では、7月までに決着しないと党内対立を抱えている政党は地方選で候補が立てられないとなっており、ゴルカル党はジョコ・ウィドド政権に公職選挙法の改正を働き掛けています。政権も、野党側の党内問題を解決するため法改正の圧力を受けています。

また、国家警察長官人事で、当初の長官候補だったブディ・グナワン前国家警察教育機関長官は紆余曲折(うよきょくせつ)を経て国家警察副長官に収まりました。彼の不正蓄財を糾弾した国の特別捜査機関、汚職撲滅委員会(KPK)と国家警察の対立によってブディ氏の不正蓄財容疑の捜査はいったん最高検の手に委ねられましたが、その後最高検から国家警察に捜査が任され、シナリオ通り「証拠不十分」を理由に捜査終了となりました。

国家警察は組織防衛に成功しています。KPKはこれまで警察幹部や検察局からの出向者の応援も得て運営してきましたが、今回の対立劇に懲りたのか、警察への対抗勢力として国軍の退役軍人を幹部に登用するとしています。国軍幹部は国防を使命に国に奉仕してきた猛者(もさ)たちですから、政治家や実業家と癒着して不正蓄財を重ねる警察幹部への抑止力になるとの思惑ですが、早くも有力政治家からは退役軍人が法執行機関に就職するのを牽制(けんせい)する声が出ています。

ジョコ政権はこれらの動きに関して固く口を閉ざしており、関与を避けているように見えます。政権が統治能力を失いつつあるのが国民にも透けており、業を煮やして学生たちがジョコ・ウィドド大統領の退陣を求めデモを決行しています。国民からの信頼感も失いつつある政権の姿が浮き彫りになりつつあり、インドネシアの既得権益層は、政権に対して面従腹背で臨みながら勢力を拡大しています。

コメント

コメントを残す