п»ї 3年間の駐在で感じたこと『マレーシア紀行』第8回(最終回) | ニュース屋台村

3年間の駐在で感じたこと
『マレーシア紀行』第8回(最終回)

7月 24日 2015年 国際

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マレーの猫

エネルギー関連業界で30年以上働いてきたぱっとしないオヤジ。専門は経理、財務。実務経験は長く、会計、税務に関しては専門家と自負。2012年からマレーシアのクアラルンプールに単身赴任中。趣味は映画鑑賞、ジャズ、ボサノバ鑑賞、読書。最近は浅田次郎の大ファン、SF小説も

マレーシアでの単身駐在生活がとうとう終わり、近々帰国することとなった。今度は日本の片田舎にある会社に勤務して、月~木は地元に、金~日は自宅に泊まるという生活が始まる。これからは「マレーの猫」ではなく、「日本の野良猫」としての生活になるが、いざ帰国するとなると一抹の寂しさも湧いてくるのである。

そこで今回が最後のマレーシア紀行になるが、駐在が終わるに当たって今までのマレーシア駐在生活で感じたことについて、つれづれに書かせて頂くことにした。マレーシアでの生活は本当に楽しく快適なものであったし、多くのマレーシアの方々にお世話になったのも事実である。そのためあまりマレーシアについて批判的なことは書くべきではないのかもしれないが、敢えてマレーシアの更なる発展を願いつつ、マレーシアの応援団員として私の正直な気持ちを述べさせて頂くことを何とぞお許し頂きたい。

◆いまだに残る賄賂の文化

まずマレーシアの話をする前に、私の駐在経験について述べさせて頂く。私が過去に駐在した都市はインドネシアのジャカルタしかなく、それも今から30年以上前の1982年7月~1986年2月までの3年8カ月間と、1991年7月~1992年6月までの1年間だった。当時私が勤務していた会社は基本的に国内事業が中心であり、海外駐在の経験をした事務系の人間は少数派であった。

駐在した当時のインドネシアは2回ともスハルト政権下で、強権で支配していたこともあり、暴動などは起こらないというか、何かちょっとでも集会などを起こそうとすると軍隊が出てきて排除するため、治安はかなり良かったと言える。ただ、賄賂についてはインドネシアの文化のようなものであり、通関でもどこでも役所関係では求められることが普通であり、会社もそのためのお金を用意していたのである。これは当時インドネシアで事業を行っていた日系企業全てに言えることであり、賄賂は払わなければ仕事が進まないため、必要悪と考えられていたのである。現在のインドネシアのことは全く知らないので完全に賄賂の文化が無くなったのかはよく分からない。マスコミの記事などを読むと昔のような状況ではないにせよ、いまだに残っているような記事を目にするが、実際はどうなのであろうか?

私はインドネシアでの経験しかなかったので、マレーシアでも賄賂を求められる場面があるのではないかと赴任前は勝手に思い込んでいたのだが、3年の駐在期間中一度もそのようなことはなかった。

ただ現在でもマレーシアで常態化している賄賂は、交通反則金である。何かちょっとした交通違反をしても、正規の手続きで求められる罰金は約300リンギット(約1万円)なのだが、警察官が50リンギット(約1600円)を自分にくれればそれで終わりにすると言うので、50リンギットを払って終わりにするケースが一般的になっている。実際にそのような経験のある日本人は多く、私の周りにも結構いるというか、自分自身で車を運転している方々はほとんどその経験があるのではないだろうか。私はこちらでは運転をしないのでそのような経験はないが、もし運転していたら、やはり50リンギットを払って終わらせていたと思う。

◆人種のるつぼ

マレーシアは昔から多くの移民を受入れてきたからであろうが、とにかく外見が大きく違う人々が街中を闊歩(かっぽ)している。日本でずっと暮らしていると経験できないが、この国では外見の違う人々が実にうまく共生しているのである。無論人口の6割以上を占めるマレー系住民が一番多いのであるが、そのマレー系の人々も外見は全く同じというわけではなく、祖父母や曽祖父母がインド人、華人、ヨーロッパ人などである人も多く、とにかく民族間の混血化が進んでいるので、容貌では何系か判断できない場合もままある。どう見ても欧米人の顔立ちなのに自分はマレーシア人であり、先祖が欧米人であるかなどは分からないという人も何人か知っている。また、あまりに混血が普通のことのためか、先祖のことについては全く気にしていない人が多いのも事実である。

東南アジアの中でも、これほど多くの民族がいて、なおかつ混血が多い国はマレーシア以外にないと思う。インドネシアも多民族国家と言うが、多民族というより部族の違いというものであって、外見上はほとんど似ており、マレーシア人のような極端な容貌の違いはないのである。

多民族であるため言葉もそれぞれの民族で違うが、クアラルンプールに居住しているマレー人は英語とマレー語をしゃべるし、華人系マレーシア人は、英語、マレー語、複数の中国語(マンダリン、福建、客家など)を話す。また、インド系マレーシア人は英語、タミール語、マレー語をしゃべり、民族が違っても共通言語を使い、うまくコミュニケートしているのである。とにかくバイリンガル、トリリンガルの人間が当たり前の国なので、そんなに英語も得意ではない私にとっては、その点はとてもうらやましいと感じたのであった。

◆ブミプトラ政策の功罪

マレーシアの経済政策といえばブミプトラ政策。ブミプトラとはサンスクリットから移入された言葉で「土地の子」という意味であり、平たく言えば「地元民」を意味する。つまり移住してきた華人やインド人、ヨーロッパ人などではなく、地元民であるマレー人を優遇するという政策である。

マレーシアには昔から中国やインドからの移民が多く、特にイギリス植民地時代には、中国やインドから外国人労働者が多く連れて来られたため、多民族化が更に進んだのである。イギリスから独立後、経済的に豊かな華人系とマレー人との対立が進み、対立の原因が経済格差にあったため、マレー人を優遇することが国策となってしまったのである。これはマレーシアの連立与党「国民戦線」が、マレー系民族の影響下にあるためだとも言えるのである。

具体的に優遇策を挙げると、マレー人は課税の軽減が受けられたり、公務員の採用活動でもマレー人が有利に採用されたり、国立大学に優先的にマレー人が入学できたりといったものである。また不況時でも、マレー人は簡単に解雇できないようになっており、華人系やインド系マレーシア人とは違って、雇用が手厚く守られている。さらに資格試験、例えば公認会計士試験なども、マレー人なら簡単に合格できるようなシステムになっているそうである。そのため華人系やインド系マレーシア人はシンガポールやオーストラリアの大学に留学せざるを得ないため、そのことがマレーシアの国公立大学のレベルを落としていると言われているのである。

私はこの政策を続けている限り、この国の真の意味での発展はないと思っている。この政策が存続しているために、マレー人は勤勉さとか人と競って切磋琢磨(せっさたくま)するという意識が薄く、適当に日々過ごしているのだと強く感じている。これは官公庁で顕著に表れているが、ほとんど意味のない官庁が存在し、1人の管理職に多くのマレー人従業員を配し、無駄な給与を支払っているという現実がある。民間企業ではそこまでひどくはないが、それにしてもマレー人社員は勤勉さに欠ける人が多いのも事実である。もちろんマレー人にも優秀な人はいるが、平均値を取ると、華人系、インド系には及ばない。

特に数字を扱う職種には、マレー人は向かない。実際に銀行とか監査法人では圧倒的に華人が多く働いており、マレー人の比率は低い。監査法人には新卒のマレー人が多く入社するそうであるが、働いていくうちに辞めていくため、残るのは華人系やインド系の社員ばかりになるそうである。中には優秀なマレー人もいるが、一般的には数字に弱いため、会計監査業務などには向いていないのである。

私も駐在した3年間は業務上監査法人の人間とは常に付き合ってきたが、ほとんどが華人系やインド系マレーシア人であり、マレー系の人はごく初歩的な業務にしか携わらないのが現実であった。それは銀行も同様で、窓口業務などはもちろんマレー人でもできるが、融資やプロジェクトファイナンスなどの中枢の仕事となると、やはりマレー人では務まらないので、華人系マレーシア人が中心となって仕事を進めている。

マレーシア国内を色々旅行しての実感であるが、インド系と華人系のマレーシア人はどこでもとてもうまく共生している。それは歴史的に移民であるということもあるかもしれないが、やはり感性が似ているため、お互いに波長が合うからだと思っている。マレーシア国内の多くの都市には中華街があるが、必ず中華街の中にはインド系マレーシア人の店があり、うまく共生している感じである。また逆にインド人街にも華人系の店があったりもする。

◆「20年に先進国の仲間入り」の国家目標

マレーシアは国家の目標として「ビジョン 2020」なるものを掲げている。先進国の定義は国際的にも特に確立したものはないが、世界銀行が定義している「先進国=高所得国 1人当たりのGNI(国民総所得)1万2196ドル」にならい、マレーシアはこれを少しかさ上げして、具体的な目標を「先進国=高所得国 1人当たりのGNI1万5000ドル」として掲げ、2020年にはこれを達成できると考えているようである。

ただ日系金融機関の分析によると、今後5年間で毎年経済成長率5.7%以上を維持できないと、これをクリアすることは無理だそうである。

マレーシアは石油や天然ガスといった鉱物資源に恵まれており、それらの輸出に頼る経済構造になっている。電子部品などの生産も順調で輸出しているが、歳入の3割以上を占める石油、天然ガスの輸出価格が下がっている現状では、なかなかビジョン2020の達成は難しそうではある。

また、マレーシアには外国人労働者が多く、その存在が企業の設備投資への意欲を喪失させ、効率的な生産設備がなかなか国内に広がらないという問題がある。とにかくクアラルンプールでは、3K仕事にはインドネシアやバングラデシュ、ミャンマーからの外国人労働者が従事しており、低賃金でこれらの労働力を使って国内の産業が回っているのが現実である。

今後この国の産業が、労働集約型から知識集約型の産業へ転換していかないと、真の意味での発展は難しいと思う。

◆「負の連鎖」という現実

3年の駐在期間中特に事故や事件に巻き込まれることもなく、有意義な駐在生活を送ることができたのも、クアラルンプールが基本的には治安も良く、衛生状態もある程度のレベルに達しているからだと思っている。

加えて、やはりイギリス、オランダ、ポルトガルの影響を受けてきたせいか、基本的に欧米志向であり、社交的で温厚な人々が多く、ある程度以上の階層の人たちは、マナーにしても会話にしても洗練された感じがするのであった。

ただ貧富の格差も大きく、それが教育機会の差となって、富める人たちはよい教育を受けてよい仕事に就き、貧しい人たちは教育を受けることができずに、一生3K仕事で終わり、その子供たちも同じ人生を送る、いわば「負の連鎖」になっているのである。

資源もいつかは枯渇するのであるから、真の意味の工業化、知識集約型産業を育てないと、資源の輸出ができなくなった時には、昔に逆戻りしてしまうと思う。

もうマレーシアに住むことはないが、日本でマレーシアの応援団員となり、この国の発展のために小さなことしかできないとは思うが、ちょっとした恩返しはやっていくつもりである。マレーシアの皆さん、3年間本当に有難うございました。

One response so far

  • とあるマレーシア中華系人 より:

    こちらこそ、応援してくださって、本当にありがとうございました。それはまさにマレーシアが現在抱えている問題です。中華系人の前に、マレーシア人であるため、誰よりマレーシアの発展が進むと僕は願います。政治問題、民族の争い等で、マレーシアは大ピンチで、国民が苦しんでいますが、この記事を見て、大丈夫まだ頑張れると思うようになりました。暗闇の中、僕たちは一人じゃないんだとわかりました。ありがとうございました。

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