デジタル遺産の法律問題
『企業法務弁護士による最先端法律事情』第9回

8月 05日 2020年 社会

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北川祥一(きたがわ・しょういち)

北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国・アジア国際法務分野を中心的に取り扱う法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。アジア地域の国際ビジネス案件対応を強みの一つとし、国内企業法務、法律顧問業務及び一般民事案件などを幅広くサポート。また、IT関連法務分野、デジタルデータに関する最新の証拠収集技法など最先端分野にも注力し、「アジア国際法務×IT法務」は特徴的な取り扱い分野となっている。著書に『デジタル遺産の法律実務Q&A』(2020年刊・日本加除出版) 、編集・共著に『即実践!! 電子契約』(2020年8月刊予定・日本加除出版)、『デジタル法務の実務Q&A』(2018年刊・日本加除出版)。講演として「IT時代の紛争の解決と予防」(2016年)、「IT時代の紛争管理・労務管理と予防」(2017年)などがある。

1 「デジタル遺産」とは

近時、「デジタル遺産」あるいは「デジタル遺品」という言葉を聞く機会が多くなりました。

デジタル遺産について法的な定義はありませんが、故人のデジタル機器に保存されたデジタルデータ(オフラインのデジタルデータ)及びオンライン上のデジタルデータやアカウントがこれに含まれ、それら残された故人のデジタルデータが「デジタル遺産」としての検討対象となると考えられます。

時にそれらデジタルデータが記録された(有体物である)デジタル機器を含めて「デジタル遺産」という用語が使用される場合もあるかもしれませんが、有体物であるデジタル機器自体については動産としてこれまでの相続法の観点からの処理と同様になると考えられますので、「デジタル遺産」の検討としては、上記のデジタルデータがその対象となると考えます。

オフラインのデジタル遺産には、パソコン、スマートフォン、タブレット、デジタルカメラ、デジタルムービーなどあらゆるデジタル機器内のデジタルデータが想定されます。

オンラインのデジタル遺産としては、SNSアカウント、暗号資産(仮想通貨)、Eメールアカウント、クラウドサービスアカウント、ウェブサイト、アフィリエイトアカウント及び当該アカウントに蓄積されたデータなど挙げれば切りがなく、サービスの数だけデジタル遺産としてのデータが存在するといえます。

2 デジタルデータに「所有権」はない?

1においてみたように、「デジタル遺産」はデジタルデータですが、民法上の「物」について有体性を要件とする見解からは、無体物であるデジタルデータについては民法上の「所有権」は観念できないことになります。

暗号資産(仮想通貨)であるビットコインの取戻権などについて争われた裁判例(東京地方裁判所平成27〈2015〉年8月5日判決)においても、「所有権は,法令の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利であるところ(民法206条),その客体である所有「物」は,民法85条において「有体物」であると定義されている。有体物とは,液体,気体及び固体といった空間の一部を占めるものを意味し,債権や著作権などの権利や自然力(電気,熱,光)のような無体物に対する概念であるから,民法は原則として,所有権を含む物権の客体(対象)を有体物に限定しているものである。」などとして、所有権の客体は空間の一部を占める有体物に限定され、ビットコインについて所有権を基礎とする取戻権を行使することはできないと判断されています。

所有権には所有権に基づく返還請求権がありますが、デジタルデータは所有権の客体とはならないとすれば、所有権に基づいてデータを引き渡すように請求する権利はないということになります。

従って、例えば、相続人が故人のオンライン上のデジタルデータについて引渡し請求を行いたいという場合には、契約関係上の債権的請求などを別途検討する必要があります。

また、デジタルデータに対する権利として所有権が観念できないとすれば、あとは著作権などの知的財産権が想定されますが、例えば著作権には著作物性が要求されるなど要件がありますので、それら知的財産権の対象となるデジタルデータ以外のデジタルデータについては、現行法上、これに対する権利は不明確といえるかもしれません。

3 経済的価値のあるデジタル遺産の増加

データとしてのみ存在する暗号資産(仮想通貨)や、広告収入などにより大きな経済的価値を生む動画投稿サイトのアカウント、SNSアカウント及びアフィリエイトサイトなど、保有者について相続が生じれば、その経済的価値が相当に大きい「デジタル遺産」も発生し得ます。

また、今後、これまでに想像していなかった種類の財産的価値のあるデジタルデータが発生し、それが新たなデジタル遺産となる可能性もあります。

それら経済的価値にある「デジタル遺産」については、相続人側にもこれを相続したいとする要望が発生することは当然ですが、例えば、アカウントについては、利用契約の性質上これを相続することができるのか、その規約の解釈などについて主張が対立する可能性があります。

4 相続時のデジタル遺産に関する問題

(1)「デジタル遺産」の存在に気付かないまま相続手続が完了してしまう可能性もあります。

例えば、動産としてのパソコン、スマートフォンなどの機器については誰が相続するかが決まったとして、内部データの帰属については見落とされていることが少なくありません。

それらデジタル機器内の内部データに経済的価値の高いデータ(小説、論文、写真、動画などの著作物など)がある場合、あるいはクラウドサービス上のアカウント内にそのようなデータがある場合などにおいて、これに気付かぬまま相続手続が進んでしまえば、後にこれについて問題となる可能性があります。

また、取引所を介さないで保有している暗号資産(仮想通貨)については、相続人がその存在に気付かないまま、永久に忘れ去られてしまう可能性もあります。

その他、インターネットでのFX(外国為替証拠金取引)などの投資取引に関するアカウントついては可能な限り早く探知することが重要となる場合があります。

「デジタル遺産」についてまずはその存在の調査が重要となり、場合にはよってはパソコンやスマートフォンなどのロックを解除する技術などを使用して「デジタル遺産」の有無を調査する必要があることもあります(なお、ロック解除については法的に適切な形で進める必要があります)。

(2)上記3でみたような経済的価値の高いアカウント及びそのデータについて、これを相続できるかが問題となる可能性もあります(なお、アカウント相続の可否は経済的価値の多寡にかかわらず問題となりますが、特に事実上問題となる可能性が高いものとしてという意味で)。

当該アカウントのサービスの利用規約において、「アカウントは一身専属的で相続はできない」などの規定があった場合に、アカウントを相続したい相続人とサービス提供事業者との間で、規約の有効性などを巡って紛争が発生する可能性があります。

(3)SNSアカウントなど故人のパーソナルなデータやアカウントが放置されてしまう可能性があります。

SNSによっては、ユーザーの死後の取り扱いについて、削除など一定の手続に関する規約やガイドを用意するものもありますが、相続人の立場からは、そもそも故人のSNS使用の事実自体に気付かないという可能性もあります。

この点でも「デジタル遺産」の有無に関する調査が重要となりますが、複数の相続人がいる場合などを含めて、法的に適切に調査などを行うことが必要となります。

その他、国外では、著名SNSのアカウントの相続の可否について争われた裁判事例も発生しています。

一般的な傾向として、これまで被相続人となられた方々は、(「デジタル遺産」を全く保有していないわけではありませんが)いわゆる現在ITに慣れ親しんでいる世代に比して、その保有する「デジタル遺産」の量は少なかったものと考えられます。

また、動画投稿サイトのアカウント、SNSアカウント、アフィリエイトサイトなどの経済的価値が大きく高まったのも最近の話といえるでしょう。

これらの要因などから、潜在的には(1)~(3)でみたような問題発生の可能性は様々あるものの、現在はまだ「デジタル遺産」に関連した相続問題・紛争はさほど表面化していないと思われます。

しかしながら、日本においてデジタルデータの相続について明示的かつ統一的に定める法律は現状ないこと、及びデジタルデータに対する法的権利の不明確性などとも相まって、今後は「デジタル遺産」に関する多くの問題が表面化してくるのではないかと考えています。

関連書籍:『デジタル遺産の法律実務Q&A』(拙著、2020年刊、日本加除出版)

弊所代表 北川弁護士 の執筆した書籍 『デジタル遺産の法律実務Q&A』 が刊行されました。

※本稿は、私見が含まれ、また、実際の取引・具体的案件などに対する助言を目的とするものではありません。実際の取引・具体的案件の実行などに際しては、必ず個別具体的事情を基に専門家への相談などを行う必要がある点にはご注意ください。

※『企業法務弁護士による最先端法律事情』過去の関連記事は以下の通り

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