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AIと人間は何が違う?-AIを正しく恐れよう
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第189回

3月 12日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

コンピューターの発達が急速な勢いで私たちの生活の変化をもたらしている。日本では最もなじみの深いITメーカーであるアップルを例に取れば、同社が最初にアップル・コンピューターを販売したのが今から約50年前の1976年。その後、飛躍的に半導体技術が進化し、コンピューターの高度化、小型化が進行。さらに2000年代に入り、インターネット技術が急速に民間に普及し始める。

これにより、パーソナルコンピューター(以下PC)が外部と接続され、個人は多くの情報にアクセスできるようになる。2007年にアイフォーンが登場すると携帯電話とPC機能が統合され、私たちは外出先でも多くの人と接続し、世界中の情報を入手できるようになった。またPCやスマートフォンが一般的になるとデータ収集が容易となり、クラウドサービスによりビッグデータの蓄積がなされるようになった。

◆人間がAIに歯が立たない事態も

こうしたPCの高性能化、小型化により、従来の大型コンピューターは1990年代に影が薄くなった。しかし、物理工学や宇宙工学、気象学など複数の物質の個体間運動のシミュレーションを行う「複雑学」がスーパーコンピューターの存在を再び必要とした。現在、理化学研究所と富士通が共同で開発した「富岳」が計算速度などで世界一の栄誉を獲得しており、日本の技術力の高さの証明となっている。

コンピューターや通信技術の発達は、人口知能(AI)の分野にも大きな発展をもたらした。そもそもAIとは、人間の知能を計算機能を使って分析する科学として始まった。言語や画像認識、問題解決能力は、人間の知的行動を人間に代わってコンピューターに扱わせる試みである。2006年に人間の脳内システムであるニューローンを模して開発されたディープラーニングと2010年代に入って蓄積され始めたビッグデータの活用により、近年急速な勢いで進化を続けている。

2005年に米国のグーグルのAI開発者で未来学者でもあるレイ・カーツワイルがその著書で、「2045年にAIは地球上で最も賢く最も有能な生命体として人間を上回る技術的特異点(シンギュラリティー)を迎える」と予言すると、これが世界中に流布(るふ)。その後2010年にはIBMのコンピューター「ワトソン」が米国のクイズ番組「ジェバディ!」で人間に勝利する。また2015年にはグーグルの子会社であるディープマインド社の「AlphaGo」が人間のプロ囲碁棋士に勝利すると、AI同士が対戦して学習を行う「強化学習」により囲碁・将棋・チェス・ポーカーなど多くのゲームにおいて人間がAIに歯が立たない事態を迎えている。

◆東大模試でも好成績

気がつけばスマートフォンのセキュリティーはAIの画像認識で行われ、文章作成も音声入力で可能となった。音楽や絵画もAIが作成できるようになり、私たち人間がやることをAIが次々と取って代わってきている。果たしてAIは2045年に人間を超え、人間を支配する存在になっていくのだろうか?

この問題を考えていく上で、まず私たちが知らなくてはならないのは「AIと人間の違いがどこにあるか?」である。AIはこのまま進化すると、人間のようになっていくのだろうか? 私の答えは「No」である。

まずここで紹介したいのは、日本の数学者で国立科学情報研究所社会共有知研究センター長の新井紀子氏である。新井氏は2011年から東大合格を目指すAI「東ロボくん」の開発に携わった。国語・数学・英語・社会・理科の5科目で8教科のAIプログラムを日本の各大学や富士通研究所、日本アイ・ビー・エムなどが参画して、教科ごとに作成。教科ごとに最も得点が高くとれる方法を検討し、AIプログラムを構成した。こうした作成を通して、これまでAIと呼ばれるものが定型的なコンピューターの仕組みであると思われたものが、そうではないことが明らかになってきた。

例えば、世界史の正誤判定問題は、物の概念をあらかじめ規定しておく「オントロジー」とウェブ検索の組み合わせで行われる。また数学の問いは、日本語で提出される問題を数式に変換し、数式計算で解答を導く。これらの2教科はAIとの親和性が高く、2015年の東大模試では、それぞれ偏差値66.5と76.0を獲得した。ところが、英語や国語は、AIが苦手とした教科である。AIは人間の常識が最も理解できないものの一つとなるようである。

新井氏の言を借りれば、AIによる模試学習は「人間の脳を模倣(もほう)した」のではなく、「脳を模倣した数理モデルを作った」だけなのである。さらに言えば、数学とは大きく分けて、四則計算・確率・統計の三つの技術である。AIは相関関係までは解析できるが、因果関係は理解できない。AIには人間が持つ論理がなく、意味も理解できない。新井氏はAIのプログラム作成を通して「AIと人間の脳の違い」を明確化した。しかし一方で、「東ロボくん」は2015年6月大学模試において、東大には入学できないものの、受験者の上位20%内に入るテスト結果を残した。MARCHと呼ばれる、東京都および関東地区に本部を置く難関私立大学には十分に合格できる水準である。これは、とりもなおさず、現状でも日本の80%の知的労働者はAIに仕事を奪われる危険性があるということである。

AIは単体を単純に記憶する構造

さて、これまでAIの特徴を考えることによって、AIと人間の違いを見てきたが、次に人間の進化や脳の構造からAIとの相違点を見つけてみたい。近年、バイオケミカル、脳医学、生物進化学などの分野の進化が著しい。多くの新しいことがわかってきた。人間の脳内には約900億個の神経細胞があり、1個の神経細胞には1万個のシナプス(神経細胞間のつなぎ目)が存在する。このシナプスによって神経細胞同士が情報伝達を行うが、この900兆個に上るネットワークが網の目状につながっている。イオン電子がこの情報伝達の役目を負うが、この伝達は100%実行されるわけではない。

東京大学大学院薬学部教授で、脳医学関連の本を何冊も著している池谷裕二氏によれば、脳内の神経伝達にはノイズ(ゆらぎ)が存在するという。情報伝達の際に水漏れ状態を起こしたり、イオン電子量が十分でなければ閾値(いきち=境界線となる値)に到達しなかったりして、情報が伝達されない。情報伝達するイオン電子は複数あり、情報伝達されてもブレーキ役のイオン電子が働けば情報は伝達されない。さらに、シナプスによるネットワーク上には情報が元に戻されてしまう回線も存在し、情報のフィードバックも行われる。

どうもAIに比べて情報の伝達様式は格段に複雑のようである。AIは電気分子が一方だけにすべて伝達される。脳内におけるノイズ(ゆらぎ)は発生しない。AIは人間の脳内構造・シナプスを模しているが、人間の脳の情報伝達の仕組みの設計図は、全くAIとは異なる次元のようである。

次に人間の認識や記憶について考えてみたい。人間は単体の個物を記憶することをきわめて苦手としている。私たちの記憶はパターン記憶である。例えば、リンゴを記憶する時には、赤いもの、丸いもの、果物、良いにおいのものなど、それぞれの特徴を持つものと一緒にグループ化して記憶しているようである。そのパターン化はそれぞれ人によって異なるが、物体などの認識・記憶の時点で、そのものの特徴を考え分類している。

脳内の情報伝達構造で、シナプスのフィードバック構造が最も多いのは認識をつかさどる視覚野、記憶を担当する海馬と、理性や社会性を考える前頭前野だといわれている。こうしたフィードバック構造が視覚や記憶で多いのは、人間はそれだけこの段階で慎重な判断をしている証しなのかも知れない。

これに対し、AIは単体を単純に記憶する構造である。物事を分類するためには、人間によるガイドラインが必要であり、また、適正な分類結果を導き出すためには、500万件のデータが必要であるといわれている。AIが使われていくためには、ビッグデータが必要不可欠なのである。

最後に私がAIと脳の決定的な違いを感じるのが、人間の感性である。ややもすると、私たちは、感性は動物的なものであり、理性に比べて野卑(やひ)なものと思いがちである。ところが、人間をここまで進化・発展させてきた原動力は、欲望や恐怖といった感性であることが進化の歴史などでもわかってきている。37億年の生物の歴史の中で人間が食物連鎖の頂点に立ったのは、わずか1万2千年前ほどだと推察される。

身体能力的に弱小動物である現在の人間、ホモサピエンスが生物界の頂点に立てた要因はいくつか考えられる。二足歩行、火の使用、道具の開発、農業・牧畜業の開始、言語の使用、車輪の発明など、多くのことが重なり合って現在がある。しかし、歴史学の中で最も注目を集めているのが、共同社会の構築である。人間の歴史を振り返れば、共同社会が拡大するに従って人間がより繁栄してきたことがわかる。近年「グローバル化」が叫ばれるのも、人間の今後の発展を考えれば必要不可欠な要素なのである。

AIにはできない感性と理性のせめぎ合い

それでは、人間が共同社会を構築するにあたって、人間の脳はどのような働きで貢献してきたのであろうか? 人間と他の動物の脳の最大の違いは、大脳の一部である「前頭前野」にある。人間はこの部分の容量が明らかに大きく、複雑な動きをする。人間は90%以上無意識の中で行動しており、基本的には欲望に基づいた行動となっている。

ところが、欲望だけに従っていれば、共同社会を壊す行為に走る。多くの動物たちが発情期に雄(おす)同士の激しい戦いを繰り広げるのがそのよい例である。しかし人間は「共同社会を壊すかも知れない」という恐怖の本能が時として欲望を制御し、前頭前野を使って公共的な行動を取らせる。こうした感性と理性のせめぎ合いもAIにはできない作業である。いくつもの価値軸を持って選択を行うことは人間の本源的な特徴である。複数の価値軸を持っていることが、人間の「創造性」の原点であると考えられる。

こうして脳の構造などからも、AIや人間の違いが見えてくる。AIは人間が持つ「因果関係を伴った論理」「分類認識」「創造性」を持ちあわせていない。現在のAIは、構造上からもこうした機能を持つことはありえない。

一方で、AIは人間以上の記憶容量と計算速度を持ち、人間がかなわない領域も数多くある。「東ロボくん」により知的労働者の80%が仕事を奪われる危険性があることは前述の通りである。人間がAIに伍(ご)していくためには、AIが持たない「因果関係を伴った論理」「分類認識」「創造性」の能力を高めていく必要がある。

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