п»ї 独立性と公共性、NHKはBBCになれるか 『山田厚史の地球は丸くない』第227回 | ニュース屋台村

独立性と公共性、NHKはBBCになれるか
『山田厚史の地球は丸くない』第227回

12月 09日 2022年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

日本放送協会(NHK)会長に元日銀理事の稲葉延雄氏が就任する。記者会見で「不偏不党、公平公正な報道を確保するNHKの使命に近親感を覚えている」と語った。「政権寄り報道」が目立つNHKで、「不偏不党」という当たり前のことを敢えて口にする総裁が現れたことは画期的である。

現会長の前田晃伸氏は元みずほファイナンシャルグループ社長、2代続いてNHK会長に金融界出身者が就いた。この2人には馴染みがある。経済記者として金融担当をしていた頃、前田氏は富士銀行の企画部次長、稲葉氏は金融政策を担当する企画課の課長補佐だった。2人とも銀行の将来を担う要職にいて目立つ存在だった。前田氏は経営トップに寄り添い、大蔵省との間をつなぐ立ち回りの上手な銀行マン。1979年、埼玉県の春日部市で富士銀行員が取引先である夫婦を殺害した事件が起きた時、窮地に立った頭取を前面に出さず守り切ったことで「危機に強いやり手」との評価を固めた。

稲葉氏は速水優、福井俊彦の2代の日銀総裁に仕え、日銀法改正を実現した時の参謀役だった。「日銀の独立性」を法案の条文に首尾よく盛り込ませた「理念と策略に通じたやり手」でもある。

その稲葉氏が、NHKの「公共性」に敢えて触れたことは、注目に値する。「日銀にとっての独立性は、NHKの不偏不党に通ずるものがある」と親しい友人に語っていた。どんな経緯があってNHK会長になったのかは不明だが、本人の頭には「NHKの政治的独立」があるのは間違いない。

◆「みなさまのNHK」とは程遠い実態

NHKは国民の受信料で賄う「公共放送」である。スポンサーの広告に頼る民間放送とは違うし、税金で営む国営放送でもない。「みなさまのNHK」というように、視聴者が払う月額4千円ほどの料金が収入の9割を占めている。その意味ではNHKを支えているのは国民だが、実態は「みなさまのNHK」とはほど遠い。予算は国会で承認が必要で、会社なら代表取締役社長(CEO)に当たる会長の人選は事実上、首相官邸が握っている。形式的には会長はNHKの経営委員会が選ぶが、経営委員会は国会の承認を得て首相が任命する12人の委員で構成される。つまり官邸・与党は人事・予算を通じてNHKに強い影響力を持つ構造になっている。

2代前の会長・籾井勝人氏は「政府が『右』と言うものを『左』と言うわけにはいかない。政府と懸け離れたものであってはならない」と発言するなど、政権への露骨なすり寄りが目立っていた。政権が人事を握るということはNHK内部で政権に近い人物が力を持ち、それが報道など制作現場に少なからず影響を与える。日頃のNHKニュースが「政府寄り」の編集になっていることは各方面から指摘されている。

「不偏不党」を大事にしたいと会長が考えても、会長には現場や報道指針を差配する権限はない。かんぽ生命の保険押し売りで、問題を指摘した「クローズアップ現代+」の編集に対し、会長に介入を求めた経営委員会が批判を受けたのは、NHK会長には番組への権限がないことが根拠にされた。

たった一人でNHKに乗り込み、周りは「権力への忖度(そんたく)集団」だ。会長ができることはしれているだろう。むしろ、業務の中核は「組織のリストラ」だ。前田会長は、受信料の値下げを目指し、組織の縮小を図ろうとしたが、はかばかしい成果が見られない。稲葉氏はこの路線を継承するが、リストラへの抵抗は強いだろう。

なんのためのリストラか。稲葉氏は、リコー経済研究所で理事長を務めていた時、「リストラした社長が立派な社長」というような経済界の在り方に批判的だった。リストラだけでは組織も従業員も疲弊(ひへい)する。なぜ、リストラが必要なのか、なにがどう無駄なのかを、経営者と従業員が自らの頭で考えた末の「合意」が必要と考えていたようだ。

日銀であるなら「政治からの独立性」を維持することが、組織の求心力につながった。

NHKなら「不偏不党と公共性」だろう。NHKは立派なブランドであり、職員はそれなりのプライドを持っている。しかし、自分たちの仕事にどれほど「誇り」を持っているだろうか。権力者に接近し、政権に都合のいいニュースを流すことは、いっときは「成功」であっても、本当にやりがいのある仕事だろうか。

NHKの記者や制作担当者と話をする機会は多いが、ジャーナリストとしてまっとうな仕事をしようとすると、あちこちで面倒なことが起こるという。管理職や役員を目指すのは一握りの「忖度職員」という声もある。

◆政権支配の中で「不偏不党」実現できるか

そんな中で、私から見ると立派と思えるNHKジャーナリストが、羨望(せんぼう)のまなざしで見ているのが、英国のBBCである。同じ「公共放送」であっても、ニュースに取り組む姿勢や、受信者からの信頼感、世界的評価は天と地の違いがある。

BBCも政権との関係は微妙だ。人事も予算も政権の影響力がある。しかし「独立性」が維持されていると世間は認めている。この違いはなんだろう。

BBCの会長の一人がかつてこう書き記している。

「放送の勇気とは、どれだけ少数者の意見を伝えるかにある。もしBBCにそれができないなら、体制の意気地ない、青白い影法師だと非難されてもしかたないだろう。BBCも体制の一環だ。しかし、われわれの体制とは、自分に敵対する意見を、常に人々に伝え続けねばならないことだ。それが民主社会だと思っている」

政府の子会社である日銀で「独立性」を模索した稲葉氏が、政権支配のNHKで、どれだけの「不偏不党」を実現できるか。NHKがBBCを目指すなら、多くの職員の共感を得られるのではないか。

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