п»ї 回る身体(その2)『住まいのデータを回す』第7回 | ニュース屋台村

回る身体(その2)
『住まいのデータを回す』第7回

11月 15日 2017年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社エルデータサイエンス代表取締役。元ファイザーグローバルR&Dシニアディレクター。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

数学が好きな人は運動が苦手という印象がある。文科系の成績が悪いから、理科系を選ぶということもあるだろう。筆者は学校が嫌いで、ろくに勉強をしなかったけれども、学校での遊びや運動は好きで、数学も苦痛ではなかった。消去法で現在の職業にたどり着いている。より正確には、筆者が学生の時代には、データサイエンスという職業は無かったので、進化論的に適応しながら現在の職業にたどり着いている。

気長にあきらめずに考え続けることが得意で、現在は「住まいのデータを回す」ことを考えている。世界にはいろいろな人がいるもので、型にはまらずに生きていけば、失敗が多いかもしれないけれども、いろいろな人の考えを学ぶことができる。「型にはまらずに生きる」ことは自由であることを望んでいるわけではない。既成概念、すなわち時代の支配的な考え方から「独立」に思考して生きることを模索している。「独立」とはいっても、一匹狼のように生きることは困難で、いつも家族の世話になっている。個人主義でも全体主義でもない、開かれた小集団の一員として生きることが「独立」の本当の意味ではないだろうか。

「開かれた小集団」は数学の開集合のイメージを借用している。境界線を明確にする論理とは異なり、集合論は無限集合を無前提に受け入れる。開集合として、集合の外部は明確に定義されていても、内部は無限に開かれた集合が集合論の基盤となっている。集合論を受け入れる数学は本当に自由な学問だと思う一方で、集合論では「開かれた小集団」までは記述できても、「一員として生きる」ことを表現できそうにない。だから本論では「回る」ことにこだわっている。「回る」ことはいかにも物理的なイメージで、数学からは遠ざかっているように思われるかもしれないけれども、素数が回っているというイメージは、代数的数論において、整数環の根本的な性質につながっている。そして今回は「乱数を回す」話をしてみたい。ランダムに見える素数というイメージが、生命の多様性と関係があるかもしれないという話だ。

◆心臓を回す

心臓は身体(からだ)に血液を回している。だから心臓も回っているはずだ。心臓の動作を機械的に表現する場合、ポンプ、ピストン、モーターは全て回っている。しかし、心臓はどのように回っているのだろうか。左回りなのか右回りなのかもよくわからない。心臓の運動は心筋細胞の拍動によってもたらされることは確実なので、拍動のような周期的な運動は、数理的には回転運動として表現されることは容易に理解できる。心臓が回らなくなった時、それは生命の危機そのものだけれども、それでも心筋細胞は動いている。

心臓の構造、左心房、右心房、右心室、左心室がうまく協調して動かないと、心臓は回らなくなるのだろうか。心臓の構造が協調して動くというイメージは、初めに戻って、ポンプ、ピストン、モーターという機械的な動作そのものだ。デカルト以降の近代科学は、生命を機械論的に考えることが多かった。より正確には、生体の機能が失われたとき、機械としての機能が失われると考えられる。心臓の動きは、心筋細胞のモデルを使って、コンピュータによってシミュレーションが可能になっている。砂川賢二九州大学教授によるバーチャルハート(※参考1)の開発を10年以上前に技術評価した筆者としては、最大限の敬意を述べたいけれども、バーチャルハートは生きているという実感は無かった。

血液が回らなくなった時、それは身体の死を意味している。心臓が回らなくなっても、人工心臓を回せば、何とか生きていける。人工心臓はどのように回せばよいのだろうか。ストレスに応答すればよいのだろうか。人工心臓をいくら回しても、身体が死んでいえば、すなわち血液が回る必要すらなくなってしまえば、おそらく血液はうまく回らない。現在の機械論的な理解の範囲では、こういった単純な現象でもうまく説明できない。

問題は、何が何を回しているのかということではなく、身体にとって「回る」ということはそもそもどういうことなのかということだ。もちろん、宗教的な輪廻(りんね)にさかのぼる気はない。身体にとって「回る」ということは、単純に物理的な回転を意味するのではなく、整数環における割り算のような、もっと根源的な問いが必要だと思われる。

◆デジタルって何だろう

現在はデジタルの時代で、産業活動もデジタル志向になっている。筆者は家電の全てがアナログの時代に生きてきた。電子機器の世界において、アナログは連続な世界であり、デジタルは離散的な世界を前提としている。電子の運動を記述する量子力学においては、連続的な波動性と離散的な粒子性の重ね合わせという奇妙な世界が出現する。量子力学のように、仮想的には、もしくは数理モデルとしては、確率的な解釈としてアナログとデジタルの中間の世界を想像することはできる。現在の社会は、アナログからデジタルな社会に移行する重ね合わせのような、仮想的な世界なのかもしれない。

数学では産業界よりも200年前にデジタル化の道を歩み始める。ユークリッド幾何学はアナログの世界であり、アナログの世界を構成する√2が無理数であることを2500年前のピタゴラス学派は知っていた。18世紀の天才数学者、レオンハルト・オイラーはオイラーの公式に表現されるアナログの世界の完成者であるとともに、平方剰余の相互法則(※参考2)というデジタルで豊かな世界の発見者でもあった。平方剰余の相互法則は、整数の性質を、割りきれない剰余によって精密に議論する「回る整数」剰余環の威力を示している。その後、巡回群を出発点にするガロアの群論によって、アナログな思考は根底から覆(くつがえ)された。ガロアの政治的な革命思想よりも根源的な、人類史的な突然変異といえるかもしれない数学の大事件だった。現代数学においては代数幾何学として、空間概念も離散化されている。数学では時間と空間を区別しないので、時間概念も離散化されているといってよいかもしれない。

物理学においても代数化の流れは顕著で、アナログな連続世界のニュートン力学から、線形代数を基盤とする量子力学の時代となった。アインシュタインはアナログな世界観を代表する物理学者であったため、代数的な量子力学には馴染めなかったのだろう。より正確には、量子力学はアナログな世界とデジタルな世界の重ね合わせを、確率の解釈で「ごまかした」ため、アインシュタインは不満だったのかもしれない。

古典的な意味での確率は、コルモゴノフの測度論を基盤として公理化されるため、アナログな世界であった。しかし、確率に集合論としての基礎づけをしようとすると、ボレル集合という、物理的な宇宙を超えて、想像できないぐらい大きな集合が必要となる。確率空間を代数化すると、量子確率という、量子力学と相性の良い確率論が出現する。代数的確率論は特に非可換代数である場合、量子力学と相性が良い。しかし、量子力学を前提としないでも、アナログな確率からデジタルな確率へと、数学の大きな流れを感じさせる。

◆乱数を回す

前稿では「素数を回す」話をした。素数が回る仕組みは、平方剰余の相互法則もしくは整数環の剰余類などの剰余環が見事にとらえているので、200年前に始まった話だ。乱数と素数の関係は、最近のランダム行列の研究(※参考3)から始まった。しかし「乱数が回る」話は聞いたことが無い。コンピュータで作成する疑似乱数列が周期的なパターンを示すのは、真の乱数ではないからと考えられている。

データ行列に全て乱数を入力するとランダム行列となる。データ行列を多変量解析する出発点はデータ行列の固有値を求めることなのだけれども、ランダム行列の固有値の分布は素数の間隔の分布と関係があるらしい。ランダム行列はデータ行列にとってデータが全くない「真空」のようなものだとすると、真空のエネルギーが素数と関係するカシミール効果(※参考4)を連想させる。しかし、根拠は全くない。

データ行列として時系列、すなわち行が時刻のデータを考えると「回る」イメージを捕らえやすい。2つの変数(列)には相関係数(または共分散)が定義される。通常の相関係数は回らないのだけれども、時系列の場合は右回り・左回りの相関係数を考えることが可能で、変数間の位相の変化に対応する量となる。この「回る相関係数」を使って、生体の様々な変数間の関係を調べると、ランダムなカオスにしか見えなかった生体データから、ランダムネスを差し引いて、新しい世界が見えてくるかもしれない。発散する級数の、無限大から無限大を差し引く、繰り込み理論のような世界が見えてきたら素晴らしいだろう。

ランダムネスを差し引くというのは単に平均値をとることではない。数理統計学者の故・増山元三郎先生の『成長の個体差―ヒトの成長直線をめぐって』(みすず書房、1994年)に記載されているように、血液検査のデータには正規分布するものと、対数正規分布するものがあるような、ランダムネスが発生する機序を見極めることから始まる。正規分布からのズレという意味では、独立成分分析(※参考5)にも近い考え方になり、統計的独立性もしくは条件つき確率についての再考が必要となる。条件つき確率についての再考はベイズ統計とも関係があるので、気の長い話となるだろう。

◆回る体重計、回る血圧計、回る体温計、そして身体が回らなくなるとき

体重を記録するだけで痩せられるという、レコーディングダイエットがはやったことがあった。生活実感としては、痩せてまた元に戻るという繰り返しで、確実に年齢を重ね、ある日健康リスクが顕在化する。この体重計のデータから、健康リスクを推定できるだろうか。筆者の臨床試験における生存時間解析の経験では、良好な1群300人程度のデータ、全体で1000人程度のデータを集積すれば可能だと思う。毎日の血圧データや体温データも使えば、糖尿病、ガン、心臓血管系疾患、場合によっては認知症リスクの推定も可能になるだろう。問題は、病気でもない状況で、「良好な」データを集積する方法だ。いつか一生の中で1回だけ役に立つ(かもしれない)データよりも、今日の天気予報のほうが重要と思う人が多いはずだ。筆者は天気予報が表示される体重計(※参考6)を使っている。

住まいのデータを回すために、まずは身体のデータを回してみよう。身体のデータを回す話のはずなのに、素数や乱数まで回してしまった。身体が回らなければ、身体のデータは回らない。身体が回ったとしても、しっぽや心臓が回っていても、身体のデータが回るとは限らない。現在の統計学ではデータは回らない。医学のデータも、経済学のデータも回らない。政治は全く回っていない。物理学では回転運動を記述できるけれども、ニュートン力学では右回りと左回りの区別ができない。熱力学や量子力学のように、時間的な非対称性、不可逆性が組み込まれてから、物理学はたどたどしく回るようになってきた。数学が回っていることが、物理的世界の理解を助けている。

◆宗教の円環

人生にとって重要なことは宗教が教えてくれる。幸福や生死、善悪など学ぶことは多い。宗教の次は政治、政治の次は経済、経済の次は科学技術で、最終的に数学を勉強しても人生にとって大切なことは、ほとんど分からないだろう。ところが、数学の次に宗教が位置付けられるとしたらどうだろうか。宗教の教えは正しいかどうかわからないけれども、数学は少なくとも正しいことを保証してくれる。ギリシャのピタゴラス教団の世界観であり、近代の扉を開けたスピノザのエチカも、アインシュタインが信じたスピノザの神も同じ仲間だろう。このようにして円環が結ばれれば、何が一番上ということ自体無意味になる。マルクスが考えた上部構造と下部構造も円環を作って回りだす。

数学的な神の存在証明は数々試みられてきたが、多神教をまず証明してから、一神教への進化を考えてみてはどうだろうか。そして無神論になる。もちろん筆者にはそのような力量は無いので、イメージだけを語ってみよう。前稿では10万以上100万までの自然数に含まれる68905個の素数の話をした。ヒトの遺伝子が2万個程度、古語辞典の収録語数も2万個程度であることは偶然の一致として、68905個の素数は遺伝子や単語の個数として十分だろう。すなわち、100万までの自然数、もしくは32ビットの整数があれば十分ということになる。すでにコンピュータの世界は64ビットになっている。人知を超えても不思議ではない。

筆者はコンピュータが256ビットになれば、その計算能力は自然を超えると思う。人知を超えるかどうかはどうでもよい。人工知能(AI)が人知の及ばない自然を超えるときまでに、AIが唯一神とならないように、AI宗教には騙(だま)されないように、私たちのささやかな生活を回せるようになりたいものだ。

素数は人の世界の話で、神の世界はπやeのような超越数(※参考7)のほうがふさわしい。数学者のグレゴリー・チャイティンはコンピュータ・プログラムの停止確率を研究してΩという超越数を発見した。チャイティンは進化論を数学的に証明した『ダーウィンを数学で証明する』(早川書房、2014年)のだから、世界創造の秘密を超越数のような神々によって説明できるかもしれない。そして多神教から一神教への進化はホワイトヘッドのプロセス神学に期待しよう。最後に全能の神がサイコロを振り続ける。無神論への道のりは長い。

参考1;バーチャルハート
http://www.nedo.go.jp/content/100088954.pdf

参考2;平方剰余の相互法則
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%96%B9%E5%89%B0%E4%BD%99%E3%81%AE%E7%9B%B8%E4%BA%92%E6%B3%95%E5%89%87

参考3;ランダム行列の固有値の間隔の分布
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%82%B3%E4%BA%88%E6%83%B3

参考4;カシミール効果
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8A%B9%E6%9E%9C

参考5;独立成分分析
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E6%88%90%E5%88%86%E5%88%86%E6%9E%90

参考6;ノキアの体重計
https://health.nokia.com/jp/ja/body-cardio

参考7;超越数
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E8%B6%8A%E6%95%B0

参考8;プロセス神学
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BB%E3%82%B9%E7%A5%9E%E5%AD%A6

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