п»ї 領土返還の障害は「日米地位協定」 日本は独立国か?『山田厚史の地球は丸くない』第128回 | ニュース屋台村

領土返還の障害は「日米地位協定」 日本は独立国か?
『山田厚史の地球は丸くない』第128回

11月 17日 2018年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

北方領土の返還交渉が新たな局面に入った。
安倍首相は、「4島一括返還」から「2島先行返還」へと舵(かじ)を切った。訪問先のシンガポールでロシアのプーチン大統領と会い、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和交渉を加速することで合意した。

◆プーチン「日米安保条約が領土問題の妨げ」

第2次世界大戦で敗れ、旧ソ連に奪われた北方領土のうち、とりあえず歯舞群島・色丹島の2島が返って来る。そんな期待を抱かす合意だが、新たな障害が鮮明になった。日米安保条約である。

話は2年前に遡(さかのぼ)る。2016年12月15日、山口県長門市の温泉旅館で日ロ首脳会談が開かれた。首相は地元にプーチン大統領を招き、この場で「2島先行返還」を打ち上げる手はずだった。ところが会談は、大統領が4時間遅れて到着するという異様な展開。外交で非礼な振る舞いをあえてすることは「不愉快」の表明でもある。安倍は地酒でもてなし、4時間かけて説得したがプーチンの納得を得られなかった。

会談後の記者会見で、プーチンは率直に語った。

「例えばウラジオストクに、その少し北部に二つの大きな海軍基地があり、我々の艦船が太平洋に出て行きますが、我々はこの分野で何が起こるかを理解せねばなりません。しかしこの関連では、日本と米国との間の関係の特別な性格及び米国と日本との間の安全保障条約の枠内における条約上の義務が念頭にありますが、この関係がどのように構築されることになるか、我々は知りません」(外務省のホームページより)

プーチンが示唆したのは「日米安保条約が領土問題の妨げになっている」ということだ。「条約上の義務」とは日米地位協定を指す。米軍が要請すれば施政権が及ぶ国土のどこであろうとも、政府は米軍に用地を提供する義務を負う、という取り決めだ。

返還した北方領土に米軍基地が造られてはかなわない、とプーチンは造言っている。

首脳会談の1カ月前、首相の外交顧問である谷内正太郎(やち・しょうたろう)国家安全保障局長がモスクワを訪れた。首脳会談の合意内容を詰める会議。ロシアのパトロシェフ安全保障会議書記が「返還した島に米軍基地が建設されることはないですね」と念を押すと、谷内氏は「可能性はない、とは言えない」と答え、ロシア側を唖然(あぜん)とさせた。返還交渉は、この時点でとん挫した。

◆米国を警戒するロシア

ここに来てプーチンが動き出した。ウラジオストックでロシアが主催した「東方経済フォーラム」で、「平和条約を結ぶことから始めよう」と提案した。中国の膨張、米国、EU(欧州連合)との関係悪化。国際社会で孤立するロシアはシベリア開発で日本と手を組むことが得策と判断したようだ。

2島返還を先行した場合、残る国後・択捉はどうなるのか。ロシア人が住む歯舞群島・色丹島は全面的に日本に返るのか。これからの交渉は難航するだろう。

それ以前に片づけなければならないのが「安保条約に基づく地位協定」だ。アメリカの「了解」を得なければならない。

谷内氏が「米軍基地の可能性」について「無いとは言えない」と答えたのは、決して失言ではない。外務省内でも親米派とされる谷内はモスクワを訪れる前に、米政府の意向を打診していたはずだ。

当時はオバマ大統領、ロシアへの経済制裁がホットな話題になっていた。世界が対ロ制裁に動いている時、日本が抜け駆けのようなロシア融和策に走ることに冷ややかだった。

トランプ大統領になってロシア政策は変わったが、ロシアはアメリカを警戒している。

アメリカにとって日本のどこにでも基地を置ける、ということは絶大な既得権だ。北方領土を例外にすることは権益の縮小につながる。仮に認めるとしたら、ディール(取引)を得意とするトランプは、大きな見返りを求めて来るだろう。

長門会談の直前、トランプは日本メディアのインタビューで「日本は自国のことを自分で決定できないのか」と呆れていたという。

◆占領時代を引きずる「日米地位協定」

谷内を筆頭に外務省は親米派が主流だ。だが安倍政権は「経産省内閣」と呼ばれ、経済産業省は伝統的に「資源豊富なシベリア開発」を重視している。首相の知恵袋は経産省出身の今井尚哉(いまい・たかや)総理大臣秘書官だ。

谷内の発言が領土交渉にブレーキを掛けたことに官邸の経産省グループは憤懣(ふんまん)を募らせている、という。朝日新聞によると、安倍首相は首脳会談で「米軍基地は置かない」と伝えたという。しかし、プーチンは「口約束」では満足せず「文書による約束」をトランプから取ることを求めたようだ。

日米安保条約は、基地な提供義務を日本に求めている。これを「日本の施政権が及ぶ範囲」と規定しているのが日米地位協定だ。

地位協定が「不平等条約」であることは、沖縄でイヤというほど見せつけられている。少女暴行事件の犯人の引き渡しを拒まれたり、米軍ヘリの墜落した琉球国際大学に消防や警察が立ち入りを禁止されたりした。世界でも稀な「米軍やり放題」の根拠になっている地位協定の見直しは、全国知事協会も主張している。

安保条約で基地提供義務があるとしても、「米軍が求めればどこでも」ではなく「日本政府が認める地域」にとどめる程度の立場を日本は確保すべきではないのか。

占領時代を引きずる「日米地位協定」を今も変えられない日米同盟は、いまだに支配・被支配の関係にある。「戦後体制の総決算」と首相はいうなら、憲法改正の前に「日米地位協定」を洗い直すことから始めるべきではないのか。

領土の返還交渉で、アメリカの意向をうかがい、お願いしなければ前に進めない、というのでは独立国とは言えない。

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