口座維持手数料の二面性―なぜ導入は容易でないのか
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第20回

3月 11日 2020年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

一部の銀行が、口座維持手数料の導入を始めた。ただし、これまでのところは、不稼働口座への適用がほとんどだ。本格的な手数料の導入には、程遠い。銀行収益への寄与は限られるだろう。

預金口座を安全に管理するには、多額の費用がかかる。本業収益の悪化が著しい銀行にとって、口座維持手数料の導入は優先課題だ。しかし、導入のハードルは高い。

本稿では、昨年10月に本コラムで記した口座維持手数料の導入論議(2019年10月7日付第15回「口座維持手数料の導入論議で語られぬこと―マイナスの預金金利と日銀の説明責任」)を改めて整理し、銀行の置かれた状況を確認したい。

◆クロス・サブシダイゼーション(cross-subsidization)としての低手数料

米国では、ほとんどの銀行が1980年代末までに口座維持手数料を導入した。しかし、日本で追随する動きはみられなかった。

当時の日本は、預金を貸し出しに回せば、収益を得られる環境にあった。預金獲得競争は過熱し、口座維持費用は貸出部門の超過収益で賄われた。貸出部門から預金部門へのクロス・サブシダイゼーション(部門間の利益の付け替え)である。

この構図は、日本でも1990年代前半には崩れ始めていたとみられる。金融自由化の進展に伴い貸出市場と有価証券市場の競合が強まり、貸出部門で超過収益を稼ぐのが難しくなったからだ。それでも、口座維持手数料を賦課しない慣行は続いた。

しかし、最近は、異次元緩和の長期化を背景に、貸出金利が大幅に低下した。信用コストを勘案した実質的な貸出収益は、ほぼゼロに近い。クロス・サブシダイゼーションの維持は、もはや不可能といってよい。

銀行の固有業務は、預金と決済である。貸出部門からの収益移転を期待できないとすれば、預金、決済分野で収益確保の道を探るのは、民間企業としては自然だろう。

◆口座維持手数料――関連費用の賦課

口座の管理には、取引や残高管理のためのシステム関連、ATM関連、本支店窓口の人件費のほか、最近はマネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与、サイバーアタックへの対策関連などの費用がかかる。年々コストは増加している。

米銀の口座維持手数料は、こうした関連費用の負担を預金サイドに求めるものだ。共通する特徴は、①残高少額の口座に手数料を課すこと②大口の口座は手数料を免除するケースが多いこと――である(参考1参照)。

(参考1)海外金融機関の口座維持手数料(典型例の概要)

(出典)同行のHPから筆者作成

多額の固定費を口座ごとに一律に割り振れば、残高が少額の口座ほど費用割高と計算される。銀行にしてみれば、大口預金を集める方が効率的だ。残高少額の口座に手数料を課すのは、これが理由である。

2017年の米連邦預金保険公社(FDIC)の調査によれば、米国では6.5%の家計が銀行に預金口座をもたない(“unbanked”)。また、このほかに18.7%の家計が、預金口座はもつものの、十分に利用できていない(“underbanked”)。口座維持手数料の存在が、理由の一つだろう。

一方、日本では、家計のほとんどは銀行口座を有し、利用している。総口座数(協同組織金融機関を含む)は11億台にのぼるとみられ、国民1人当たり平均9口座程度を保有している計算になる。この口座数の多さが、銀行の口座維持費用を膨らませる原因ともなっている。

銀行も民間企業である以上、どこかで口座維持手数料の導入に踏み切らざるをえないだろう。社会的厚生の観点から「残高少額の口座に手数料を賦課すべきでない」とするのであれば、公的な補助金で解決すべき問題とみられる。

◆口座維持手数料――マイナスの預金金利の代替として

以上は、金利情勢にかかわらず、不可避の問題である。しかし、事態はここにとどまらない。最近では、銀行は、日本銀行の金融緩和政策によって、限界的な預金の増加分にペナルティー(マイナス金利)がかかる状態にあるからだ。

日銀は、現在、銀行から預かる当座預金を3層に分け、金額の最も大きい層にマイナス金利を適用している(参考2参照)。これが量的緩和の継続とあいまって市場金利を押し下げ、銀行の利ざやを大幅に悪化させている。

(参考2)日本銀行による銀行当座預金へのマイナス金利適用の仕組み

(出典)2016年1月29日 日本銀行「本日の決定のポイント」より抜粋

銀行の対応としては、理屈上、貸出金利の引き上げなどの策が考えられるが、預金へのマイナス金利適用は合理的な選択肢となる。なぜなら、預金金利の低下は、もともと日銀が金融緩和の波及経路の一つとして想定しているはずのものだからだ。預金金利が低下すれば、預金者は資金を消費や投資に振り向け、これが実体経済を喚起する経路である。

一方、既存の約款のもとでは、預金にマイナス金利を付すことは難しいとされる。口座維持手数料はその代替策といえる。口座維持手数料の導入とマイナス預金金利の適用は、同等の経済効果をもつ。

ちなみに、この場合の合理的な手数料体系は、前述の一般的な体系とは異なる。①残高多額の口座に高めの手数料を課すこと、あるいは②口座全般にあまねく手数料を課すこと――が、合理的となる。預金の積み上がりを抑止するには、大口から手数料を課すのが効率的となるからだ。

◆導入のハードルは高い

以上のように、口座維持手数料には、①関連費用の負担を預金サイドに求める側面と②金融緩和政策の効果を預金者にパススルー(pass-through)する側面――の二つがある。

しかし、導入への預金者の反発は強い。

もちろん、銀行が経費の削減や他の収益源の拡大により、コストの増加分の吸収に努力するのは当然だ。しかし、銀行はすでに人件費、物件費を大きく圧縮させてきた。経費の削減や他の収益源にすべてを求めるのは、無理だ。

本来ならば、日銀が、「口座維持手数料(あるいはマイナスの預金金利)の導入は異次元緩和と整合的であり、日銀として期待しているもの」というメッセージを国民に発信するのが、理屈にかなう。

そうした発信を行わないのは、金融システムに一方的に負担を課すことを意味する。異次元緩和の継続にはやはり無理があるということだろう。

実際、現状は、預金者からの反発を銀行が一手に引き受ける構図にある。銀行が手探りでしか手数料の導入を進められないのは、ここに理由がある。銀行の苦悩は深い。

※ 『山本謙三の金融経済イニシアティブ』過去の関連記事は以下の通り

第15回「口座維持手数料の導入論議で語られぬこと―マイナスの預金金利と日銀の説明責任」(2019年10月7日付)

http://www.newsyataimura.com/yamamoto-8/#more-9591

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