п»ї 「読まず嫌い」はもったいない『読まずに死ねるかこの1冊』第13回 | ニュース屋台村

「読まず嫌い」はもったいない
『読まずに死ねるかこの1冊』第13回

4月 24日 2015年 文化

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記者M

新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。年間150冊を目標に「精選読書」を実行中。座右の銘は「壮志凌雲」。目下の趣味は食べ歩きウオーキング

読書の楽しみのひとつは、それまで知らなかった意外な事実を知ることだが、毎月一定のペースでページをめくりさらに読書熱が高じてくると、次に読むべき本への読書欲がどんどんわいてきて休日のたびに書店めぐりをし、自分で作った「読書予約リスト」に基づいて買いあさるようになる。

司馬遼太郎の主だった作品群が僕の「読書予約リスト」に入ったのも、まったくジャンルの違うあるノンフィクションがきっかけだった。佐野眞一の『あんぽん 孫正義伝』(2014年、小学館)である。

いまをときめくソフトバンクの創業者である孫正義の出自や来歴を本人のインタビューも交えて詳細につづったこの1冊が2014年秋に文庫本になったのですぐに買い求めた。

◆ソフトバンク創業者の愛読書

佐野は、週刊朝日で12年10月に連載を始めた橋下徹(はしもと・とおる)大阪市長に関する記事「ハシシタ・奴の本性」の中で不適切な表現があると指摘され、連載を中止してから本格的なノンフィクションは発表していない。それでも、佐野が過去に発表した数々のノンフィクションの作品群は輝きを失っておらず、「孫正義」をとことん調べ上げて書ききったこの1冊も、間違いなく佐野の代表作のひとつといえる。

僕はこの本の中で、孫正義の愛読書が、司馬の『竜馬がゆく』(1998年、文藝春秋新装版文庫全8巻)だと知った。10代の半ばに単行本全5巻を手に取って以来3回読んだという。孫自身、まことに波乱に富んだ人生を送ってきた人物である。その彼が喜々として胸をときめかせながら読みふけった「僕の人生にいちばん影響を与えた書物」だと指摘している。この本がきっかけで、孫は竜馬の脱藩に憧れ、渡米を決意したという。

司馬の作品は、ビデオ化された『街道をゆく』シリーズの解説本の改訂版づくりに仕事で携わったことがあるくらいで、それまで読んだことがなかった。歴史物、長編、そしてテレビや映画で何度も描かれてきた竜馬。『あんぽん』をきっかけに、なんとなく敬遠してきた司馬本の代表作を読み進めていくと、「読まず嫌い」だったことにたちまち気づいた。

内容に関して、いまさらとやかく言及することはないだろう。ストーリーは極めてテンポ良く進む。竜馬の実姉を含めて周りの女性たちの存在が、竜馬の人間像を投影するのに効果的な役割を果たしている。

『竜馬』を読み終えると、竜馬が生きた時代とその前後を物語にした『燃えよ剣』(1998年、文藝春秋)、『新選組血風録』(2003年、角川書店)、『世に棲む日日』(2003年、文藝春秋)、『幕末』(2001年、文藝春秋)、『十一番目の志士』(2009年、文藝春秋)へと手が伸びるはずだ。重厚で読了後に十分な余韻を残すこれらの作品に比べ、これらを題材にしたNHKの大河ドラマ「花燃ゆ」がいかにも皮相的に見えてくる。

◆ラーゲリに消えたサムライ

竜馬が暗殺されてから半世紀ほどのちに、近衞文隆(このえ・ふみたか)が生まれた。戦前、3度にわたり首相をつとめた近衛文麿(このえ・ふみまろ)の長男である。戦後、A級戦犯として極東国際軍事裁判で裁かれることが決定し巣鴨拘置所(東京)に出頭する当日未明に服毒自殺した父親や、甥(おい)の元首相・細川護煕(ほそかわ・もりひろ)に比べると、その名前はほとんど知られていない。

文隆は戦後、シベリアに抑留されラーゲリ(収容所)で謎の死を遂げるが、彼の激動の生涯を描いた西木正明(にしき・まさあき)の『夢顔(ゆめがお)さんによろしく―最後の貴公子・近衛文隆の生涯』(2002年、文藝春秋)を読み終えたとき、あの『竜馬がゆく』の大長編を読了したときと同じような、ある種の爽快感が残り、「いまこの時代に彼のような人物がいたら……」と思わずにはいられなかった。

享年は、坂本竜馬が31歳。近衛文隆が41歳。2人が太く短く生きたそれぞれの時代こそ違うが、ともに激動の時をまさに「快男児」と呼ぶにふさわしい生き様を貫いた。彼らを描いたそれぞれの作品は、読む人の心を躍動させるに違いない。「読まず嫌い」を改めさせてくれる好著といってよいだろう。

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