北見 創(きたみ・そう)
ジェトロ大阪本部に勤務。関西企業の海外進出をサポートしている。横浜生まれで、ヘンな関西弁を得意とする。『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(ともにジェトロ)などに執筆。
日本製への高い信頼はその部品精度によるところが大きく、技術力のある中小の金属加工企業が下支えしている。大阪はそうした企業の集積地だ。消費市場がアジアにシフトするなか、中小の金属加工業者はどう海外事業に取り組めばよいのか。近年、韓国やベトナムへの委託生産を始めた太田鐵工所の専務取締役である太田晴啓氏に2014年12月24日、経験談を聞いた。
◆袋麺の包装機械需要が高まる
太田専務は大手鉄鋼メーカーに20年間勤めていたが、10年7月から太田鐵工所に転職し、海外事業に着手した。同社は従業員数16人の中小企業で、旋盤、フライス盤、マシンニングを用いて、金属加工を総合的に行っている。 同社の主な納入先は包装機械、食品、自動車部品のメーカーなどだ。包装機械メーカーは日本に200社以上ある。近年、アジアでは袋麺市場が拡大しており、中国、台湾、韓国、香港、シンガポールが世界市場の上位を占めている。袋麺メーカーは消費地での生産を拡大させており、包装需要が増大している。包装機械メーカーは増産しており、結果的に部品を作る太田鐵工所への注文も増えている。 日本の食品会社は海外に袋麺工場を建設する際、故障の少ない日本製の機械を導入することが多い。韓国や中国の大手食品会社の一部も日本製を導入している。他国製を使ったところ、故障して生産が止まったケースもある、という。 袋麺は1食あたり銭単位でのコストが問われる世界であるため、操業時の故障は利益面で大きなマイナスとなる。また、安全面で考えると、製品に例えば金属粉が混入すれば大問題になるため、食品に関わる機械において、日本製の信頼度は非常に高い。太田専務によれば、日本の包装機械メーカーの出荷先のおよそ8割は海外工場だという。
◆海外進出は必ずしも正解でない
中小企業が海外事業に取り組むにあたっては、自社の現状分析が欠かせない。人材、資金面で制約があるからだ。「現状、当社にとって海外工場の設立は得策でない」と太田専務はいう。同社の強みは多品種少ロットの金属部品を、短納期で国内メーカーに納められることだからだ。図面1枚に1個のオーダーになることもあり、海外生産をしてもメリットが出ない。 「もし大手メーカーのような組み立て、販売事業であったり、自動車メーカーの2次下請けのような製品を大量に購入してもらえる事業であれば海外進出してもよいが、現状は国内販路をメインに、メリットのある部品だけ海外調達することにしている」と太田専務は語る。 太田専務がまず目をつけたのは、包装機械部品のシーラー軸だ。ロットは年間に100本程度で、納期もある程度とれることから、海外に委託生産した方がコスト的によいと考えた。 同社製品の材料は機械構造用炭素鋼鋼材(S45C)や一般構造用圧延鋼材(SS400)などが多く、韓国や中国では検査書付きの原材料を自国で調達できることが強みだ。どこの国でもほぼ同じ規格品を使うため、製品の価格差は人件費と輸送コストの違いになる。しかし、労務費の低い途上国に、はじめから切削加工を依頼するのは難しく、技術の習得にはワーカーを最低でも2~3年かけて育成しなければならない。ある程度の発展度合いのある国でなくては生産委託を任せることはできない。
◆商談会から委託先を発掘
太田専務は生産委託先を見つけるため、11年10月に大阪商工会議所が主催した商談会に参加した。同商談会では韓国を訪問し、実際に現地の企業と商談をすることができる。そこで出会った見込みのある韓国企業を再訪問し、工場を見学した。技術的、品質的にも問題がなかったため、金属加工を委託した。 韓国国内でも釜山の人件費はソウルに比べまだ低く、釜山の地方部の人件費は仁川よりかなり低い。大阪からも近いので、輸送コストも低く抑えられる。
写真:韓国で委託生産している金属部品
しかし、昨今の円安や人件費のアップから、韓国での委託生産もコストアップしつつある。日本での販売価格を100とすると、当初は67で発注できていたが、現在は80の契約になっており、直近の価格要求で94を要求されている。これではメリットが出にくい。
◆さらに大ロットはベトナムへ
次に目をつけたのは東南アジアだ。太田専務はジェトロと大阪商工会議所のミッションに参加し、13年2月にカンボジア、タイ、同年10月にベトナム、ラオス、カンボジアを視察した。
太田専務は「タイはすで付け入るすきがなく、ラオス、カンボジアは明らかに成長途上であったが、ベトナムには可能性を感じた。ベトナムは鋼材を現地調達できないデメリットはあるが、商社経由でいい委託加工先があると聞いていた。また、電力面でも問題がないと感じた」と話す。
ベトナム視察後、商社のツテを頼りに日系の工場とコンタクトをとり、いくつか試作品を依頼した。ベトナムに生産委託してメリットがでるのは、さらにロットの多い製品や加工点数の多い大きな製品だ。数回修正を依頼した上で、14年秋に1000個単位での契約を決めた。
写真:ベトナムに委託生産している金属部品
中小企業においても、海外事業への取り組みを求められる機運がある中で、自社にとっての最適な取り組み形態は必ずしも一様でない。「金属加工の場合、発注ロットによって委託加工先を分けて使うべきだ」と太田専務は話す。自社事業の分析を入念に行った上で、海外生産のメリットをうまく生かしたいところだ。
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