п»ї 加速する「タイプラスワン」戦略(その3)『ASEANのいまを読み解く』第11回 | ニュース屋台村

加速する「タイプラスワン」戦略(その3)
『ASEANのいまを読み解く』第11回

7月 11日 2014年 国際

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助川成也(すけがわ・せいや)

中央大学経済研究所客員研究員。専門は ASEAN経済統合、自由貿易協定(FTA)。2013年10月までタイ駐在。同年12月に『ASEAN経済共同体と日本』(文眞堂)を出版した。

◆局地的な「タイプラスワン」拠点

これまで2回にわたって「タイプラスワン」戦略の動きを報告した。しかし、カンボジアやラオスはその候補ではあるが、それら両国の国土全体がその対象とは言えない。例えば、カンボジアには現在までに32カ所の経済特区(SEZ)がある。うち稼働しているのは8つ。しかし、製造業を担うに足るある程度十分なインフラが整備された環境を備えるSEZは決して多くはない。

具体的には、日本の政府開発援助(ODA)で支援したシアヌークビル港SEZやプノンペンSEZなどごく一部。多くのSEZは、賃料自体は安価なものの、上下水処理設備の敷設がなかったり、バックアップ用電源がなく停電リスクは入居企業自ら負わねばならなかったりするなどリスクがある。その結果、自ら製造に専念出来る環境にまで整備する必要がある。

シアヌークビル港SEZは、日本政府のODA事業で開発されたこともあり、国際水準のインフラが整ったSEZである。更に、2013年11月には企業が初期投資コストを抑えられるようレンタル工場を設置した。現在までに、王子製紙、大阪のタイキ(化粧品・化粧用具製造)が工場を設置したほか、レンタル工場への入居を決めた企業もある。

タイのレムチャバン工業団地同様、国際深海港に隣接しているため、原材料や部材の輸入や製品輸出面でリードタイムと物流コスト面で優位性を持つ。現在はその立地条件に魅力を感じる企業の投資が多いが、タイ工場とのつながりをベースに事業を展開する「タイプラスワン」拠点になる可能性も秘めている。

タイ国境コッコンからシアヌークビル港までは距離にして約240キロ強。現在は、山あいの道が続くことから普通車でノンストップでも約5時間を要するが、所々で拡幅工事が行われており、今後、走行時間の短縮が期待出来る。

一方、カンボジア最大の「タイプラスワン」拠点であるプノンペンSEZは、タイ国境から450キロ弱、普通車でノンストップでも6時間強を要する。日本で不動産業を営むゼファーが出資し開発したプノンペンSEZには、14年6月現在で72社が入居しており、うち日系企業は41社。この中には、デンソー、ミネベア、住友電装など機械分野の企業が数多く名を連ねる。発電施設や上下水設備などインフラが十分に整備されている中で、プノンペン市内からの近接性も人気が高い理由である。

◆メコンを「単一の市場と生産基地」に

近年、投資先のみならず市場としても注目されはじめているメコン地域であるが、メコン地域が「タイプラスワン」のみならず、メコン地域自体が企業にとって魅力的な「単一の市場と生産基地」になるためには、国境をまたぐ障壁の削減が不可欠である。

メコン地域の多くの国々の所得水準は低く、また必ずしも企業の事業展開を支えるソフト・ハード両面での環境が整っているとは言い難い。これら東南アジア諸国連合(ASEAN)後発加盟国特有のリスクを抑えながら、メコン地域を「面」で活用する鍵が「越境交通協定」(CBTA)の発効である。

CBTAは越境交通実現に向けソフトインフラの整備を目指すものであり、①シングルストップ/シングルウィンドウの税関手続き②交通機関に従事する労働者の越境移動③検疫などの各種検査の免除要件④越境車両の条件⑤国際通過貨物(トランジット)輸送⑥道路や橋の設計基準⑦道路標識や信号に関する事項―などについて規定するものである。

CBTAは協定本体と17の付属文書、3つの議定書から成る。現在までにラオス、ベトナム、カンボジア、中国はすべての文書で批准が終了しているが、タイは13年11月時点で6つの付属文書、ミャンマーは2つの付属文書と1つの議定書が、それぞれ批准待ちである。

CBTAの完全発効は、タイプラスワン戦略の加速化のみならず、メコンの魅力をより一層高め、メコン全体の投資誘致につながることは疑いない。メコン地域が企業にとって魅力的な「単一の市場と生産基地」になるかどうかは、タイ・ミャンマー両国の双肩にかかっている。

ASEANは宗教や文化も多様な地域であり、その主体性を尊重する必要がある。しかし、CBTAなどに見られるように発効の先行きが見通せないことは投資家にとって致命的である。CBTAには中国が含まれており、厳密に言うとASEANで完結する協定ではない。しかし、一部の遅延国に足並みを乱されないよう、遅延する一部の国の後からの参加を容認する「ASEAN-(マイナス)X」フォーミュラや、少なくとも2国間で準備が整えば先に進む「2+(プラス)X」フォーミュラをより多くの協定で適用する必要があろう。

◆カンボジアに広がる賃上げリスク

カンボジアやラオスなどはリスクを内包しながらようやく工業化に向けて足を踏み出した。そのリスクが時々顔を出すことがある。13年末にベトナム国境付近のバベット地区のSEZで、賃上げを求め労働争議が発生した。その争議は救国党の反政府デモ(※1)と合流、首都プノンペンにまで拡大した。近年、カンボジアでは、労働者の賃上げ要求や暴力行為に発展しかねない労働争議、そして労働争議の利用を狙う政治勢力の存在など政情の流動化がリスク要因として持ち上がっている。

これらの争議を受け労働諮問委員会は、一旦は最低賃金80ドルを毎年引き上げ、今後5年かけて18年には13年比2倍の160ドルにすることを発表した。しかし、この水準は工業化で先を行くベトナムを大きく上回ることから、仮に実行されれば、ようやくカンボジアに目を向けつつあった投資に冷や水を浴びせるのは確実であった。

発表から1週間後、労働大臣は先の決定を取り消し、最低賃金を14年2月から100ドルへ引き上げることのみを決めた。企業からは政府の判断を評価する声があがっているものの、要求を満たすことができなかった外部労働組合や労働者側は不満を募らせており、火種はくすぶっている。

日本企業は、これら様々なリスクと向き合いながらも、メコン地域を製造拠点として位置付けられるようになれば、おのずとメコン地域は高成長が期待できる「新興市場」の仲間入りを果たすことが出来る。そのため今、メコン地域を「面」として活用する「タイプラスワン」の成否と共に、メコン地域全体を活用した戦略設計が問われている。

(※1)2013年7月の国民議会選挙で与党人民党は議席数を90から68に減らす一方、サム・ランシー率いる野党救国党が55議席と躍進した。しかし、救国党は投票で多数の不正があったとして、現在も議会をボイコットしている。

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