北見 創(きたみ・そう)
日本貿易振興機構(ジェトロ)カラチ事務所に勤務。ジェトロに入構後、海外調査部アジア大洋州課、大阪本部ビジネス情報サービス課を経て、2015年1月からパキスタン駐在。
3月21日、パキスタンの新しい自動車開発政策(ADP:Automotive Development Policy)が、経済調整委員会(ECC、議長:シャリフ首相)から正式に承認された。日系企業はパキスタンの自動車市場でシェアが高く、日本人の間では自動車政策に関する話題も多い。今回はADPの改訂のポイントを簡単に紹介する。
◆4年間の政策「不在」
前回のパキスタン自動車政策である「自動車産業開発プログラム(AIDP)」は、2007年7月からの5年間で、パキスタンの自動車産業をどう育成していくかの方針を示した政策であった。12年6月に期限が切れた後、新しい政策の策定が急がれたが、利害関係者の意見調整がつかなかった。自動車政策が無い状態が4年間も続いた。
自動車政策の利害関係は複雑だ。①政策を策定する工業開発庁(EDB)②税収を増やしたい連邦歳入庁(FBR)③日系自動車メーカー④地場自動車部品メーカー⑤現在は生産を停止している自動車メーカー⑥新規参入を検討する中国・欧米の自動車メーカー⑦パキスタン財界の実力者や政治家――など、様々な思惑が入り乱れた。
パキスタン政府は、外資企業の誘致、製造業の育成が重要とは認識しているが、国際通貨基金(IMF)から徴税強化と財政再建を求められる中、優遇税制を拡充したり、関税を引き下げたりするのは、容易なことではない。今回、新しい自動車開発政策(以下、新ADP)がようやく発表された後も、各関係者の間で議論が交わされている。
◆5年後の乗用車生産35万台を目指す
新ADPでは、目標期間を16年7月から21年6月までの5年間に設定している。具体的な目標は表の通りだ。
乗用車、バン、ジープ、軽商用車の生産台数は、14/15年度(パキスタンの年度は7月~翌年6月)で18.5万台だった。20/21年度までの目標として、乗用車、バン、ジープの生産台数は35万台、軽商用車は7.9万台を目指す。
あくまで政府の目標であり、複数の自動車関係者は、それよりも低めに見積もっている。乗用車、バン、ジープ、軽商用車の合計で「5年後に30万台前後」と見る向きが大勢だ。
トラックについては、5年後の生産台数を約3倍に引き上げることを目標とする。トラック業界では組立・製造メーカーが10社あり、年間生産能力の合計は2.9万台に上る。しかし、現状の生産台数は5000台弱に留まっている。
バスでは、中東・アフリカ向け輸出の増加に意欲を燃やす。新ADPでは、日野パック・モーター社が、パキスタン製のバスを数台、アラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアに輸出した実績について言及している。
バイク分野については、現状では年間生産台数170万台のうち、約8割が70ccとなっている。新ADPでは「新モデルの投入が必要」と強調されている。パキスタンのバイク市場では、アトラス・ホンダ社の「CD70」が以前から人気がある。2000年代後半から、複数の会社がCD70にそっくりな「UD70」「TR70」などといった中国製バイクを発売。コピー品のシェアが過半を占めるようになった。よって、街中で見かける8割のバイクは、ほぼ同じデザインである。今後はホンダ、ヤマハが発売する100cc、125ccの新モデルに期待がかかっている。
また、政府内でも安全、環境に対する関心が高まっており、国連欧州経済委員会の下部組織である「国連自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」への参加という目標も掲げられた。安全・環境基準の向上は、日系メーカーにとって追い風となる可能性がある。
◆新たなメーカーの誘致を目指す
中期目標の達成のため、税制上の優遇措置がいくつか設けられた。新ADPでは、国内で生産販売されるブランド/モデルを増やすことが、市場の拡大と生産台数の増加につながると考えられている。
新規進出メーカー(カテゴリーA)、工場を再稼動するメーカー(カテゴリーB)に対して、今年7月から下記の優遇措置が付与される見通しだ。
カテゴリーA「グリーンフィールド投資」は、これまでパキスタンで自動車の組み立て・製造をしたことがない企業が、新たに、独立した組立・製造設備を国内に設置した場合に適用される。
カテゴリーB「ブラウンフィールド投資」は、13年7月1日以前に生産を停止していた自動車の組立・製造設備が対象。メーカーが組み立て・製造を再開する場合や、合弁会社や外国会社が、停止設備を買収して組み立て・製造を再開する場合、と定義されている。
一方、既に進出している自動車メーカーには恩恵がないことから、日系自動車メーカーにとっては残念な内容だったと言える。ただし、組み立て部品に対する関税率は2.5%~5%下がっており(表3)、この点は既存メーカーにとっても好材料になりそうだ。
また、中古車輸入の規制緩和は行われなかった。引き続き、原則禁止されている。個人貨物、転居、贈与制度を利用して輸入する場合でも、車齢3年未満の中古車に限定されている。11年から12年にかけて、車齢規制が3年未満から5年未満へ緩和され、同期間中、大量の中古車が流入し、進出自動車メーカーが大きな打撃を受けたことがあった。
新ADPの内容から解釈するに、パキスタン政府は今後とも国内生産にこだわり、地場自動車産業を育成する姿勢であると言えるだろう。
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