п»ї 日産前会長の役員報酬開示に関する虚偽記載容疑を考える 『国際派会計士の独り言』第32回 | ニュース屋台村

日産前会長の役員報酬開示に関する虚偽記載容疑を考える
『国際派会計士の独り言』第32回

12月 17日 2018年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

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オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

先月、前触れもなく届いた日産会長だったカルロス・ゴーン容疑者の逮捕報道は、日本だけでなく世界のビジネス界を震撼(しんかん)させました。主要株主であるルノー社の15%の株式を保有するフランス政府も巻き込んで、日産は日本の基幹産業である自動車産業の重要な一角を占めており、日産と提携関係がある三菱自動車も絡んで今後の展開など予測もつきません。

今回の逮捕理由が「金融商品取引法」に関する「有価証券報告書上の役員報酬の虚偽記載」とあったため、さらに驚きました。金融商品取引法虚偽記載容疑だけの逮捕ではなく、日産トップによる不正の詳細や是非については、当事者でもなく、また法律専門家でもないので見解は差し控えますが、筆者として様々な疑問が湧いてきたため、会計士の視点から今回の役員報酬の開示に関する虚偽記載という不正についてコメントしてみたいと思います。

◆どのようにしてこの事件は発覚したのか?

報道によれば、日産経営陣複数からの「内部通報」によってこの問題が明るみに出ていると伝えています。「公益通報者保護法」が2006年に導入されてから徐々に増えて、最近では多くの大企業で同制度が会社内部の統制上の仕組みとしてあると理解します。ある会計事務所の最近の調査では、発覚した企業不正の47%が内部通報によるものという統計もある通り、内部統制の一部として不正発見の手段としてうまく機能しているということだと思います。

当該経営陣の複数の役員による内部通報に当たっては、今年の春から制度化された「司法取引」を行って、証拠の提出や情報提供などを捜査協力として行うことで検察からの起訴や刑事責任を免れることを保証してもらったと報道されています。

◆報告書の提出義務者はそもそも誰か?

「有価証券報告書」の提出義務は一義的には会社が無過失の責任をもって行うのが普通で、それぞれの役員個人は担当する責任の範囲内で“相当な注意”を尽くすことになるのだと思われます。このことから、役員の中でも報告書提出を適切に行う義務のある役員は、一般的には経営活動に関して最終的な意思決定権限を有する最高経営責任者(CEO)と報告書の準備・作成を担当する最高財務責任者(CFO)またはそれに準じた職責の役員と言えると思います。

ただし、日産については、ゴーン前会長の権限が社内で絶大だったと報道されていて、前会長の責任の範囲内でこの作成・提出がなされていたのかも知れません。

◆役員の範囲は?

会社法上の規定では、役員は取締役、会計参与、監査役ですが、これだけでなく、場合によっては、執行役、理事、監事なども含めています。

◆有価証券報告書の役員報酬の開示とは何か?

金融商品取引法において、有価証券の市場で一般投資家の投資判断に十分に資する情報提供を行わせることを目的として、有価証券報告書の提出が義務付けられています。提出された有価証券報告書は一般閲覧が可能となることから、公平かつ適時に開示することで投資家保護が可能となります。有価証券報告書の提出義務者には、証券取引所に上場している有価証券や店頭登録されている有価証券などを発行している会社などがあります。この報告書の提出は財務局・金融庁を通じて、内閣総理大臣と金融商品(証券)取引所に、原則として毎年決算日から3カ月以内に行われることとなります。

報告書の内容は、企業の概況、事業の状況、設備の状況、提出会社の状況、財務諸表を含めての経理の状況、監査報告書などとなります。役員報酬の開示は、提出 会社の状況中のコーポレートガバナンスの状況に記載されます。

役員の報酬などの開示ルールは、2010年3月期から開示が義務付けられたもので、役員の区分別報酬種類別の総額、連結報酬が1億円以上の役員の個別報酬、その決定方針があります。コーポレートガバナンス情報の拡充のため、報酬の固定部分と連動部分の内訳や業績連動部分と経営指標達成との関連性、報酬決定プロセスなどの開示も来年3月期以降に終了する事業年度から義務付けられることとなります。

◆なぜ役員報酬の開示が必要か?

役員報酬の開示は会社法で規定されていて、主にコーポレートガバナンスの根幹の一つである「企業価値を高める」という役員の責任に関する遂行能力、経営努力とその結果、そしてそれに対する見返りの適正性を評価する手段としてあるのではないかと思います。

また、株主を含めて会社のステークホールダーが外部から会社経営陣に対して株主総会で意見が言えることで、監視と制御ができ得る数少ない有効な手段を与えると言えます。これによって経営陣の暴走などを阻止できるのではないかと思います。また、開示することで比較などが可能になることで、同業他社などの業績に比して報酬の多寡などが評価できるのではないかと思われます。

◆日本の役員報酬水準は欧米に比べてみて低いのか?

国際的なコンサルティング会社タワーズワトソン(本社・米ニューヨーク)の2017年の調査報告によれば、日米欧各国の1兆円売り上げ以上の大企業のCEOの総報酬平均は、米国が14億円(このうち基本報酬が1億4100万円で10%、年次インセンティブが19%、長期インセンティブが71%となっています)、フランスが5億3千万円で内訳比率28%、38%、34%であるのに対して日本は1億5千万円で内訳は基本報酬7千300万円で48%、短期インセンティブが31%、長期インセンティブは21%となっています。英国やドイツもそれぞれ総額で6億円、7億2千万円となっています。

日本の役員報酬も庶民感覚で言えば高く報酬となっていますが、国際比較で言うと、大会社を背負う責任とそれに対する見返りから考えれば少ないのかも知れません。ただし、日本のCEOは内部昇格が一般的であり、国際的にみて時価総額や収益性で見劣りしがちな日本の大企業では、傾斜配分で考えればこの水準が適当なのかも知れません。

◆欧米のインセンティブ部分とは何か?

筆者が長く生活していたオーストラリアもそうですが、欧米の大会社では業績連動の報酬が一般的に役員報酬のかなりの部分を占めていると思います。これにストックインセンティブ(自社株式を一定の行使価格で買い取れる権利)などの長期の慰労金が加わってくると思います。

「業績連動報酬」とは、業績など特定の指標に応じて役員報酬の支給額が決定され、基本報酬とは別に支給されるものと考えられます。コーポレートガバナンスとして役員が戦略的にリスクを取りながら中長期的な企業価値向上のために努力するインセンティブとして役員報酬があるのだと思います。

また、最近の米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、アップル社がCEOのティム・クック氏に公私問わずプライベートジェット機の使用を義務付けましたが、私的部分については追加報酬として扱うこととなるとしています。このように、役員に提供される手当や私的経費負担についても欧米では役員報酬の一部と見なされることが多いようです。詳細は分かりませんが、日産の場合でいうと、ゴーン前会長に提供された海外の住宅数件の家賃相当分がこれに該当するのかと思います。

◆役員報酬開示は監査対象か?

会計監査の対象は有価証券報告書に含まれる連結財務諸表やその注記などであり、有価証券報告書の一部として含まれる連結財務諸表以外の項目については基本的に監査対象外となっています。役員報酬の開示について、その根拠となる損益処理された場合は、役員報酬は財務諸表監査の中で監査対象とも言えますが、有価証券報告書の一部となる場合でも、開示される役員報酬は監査の対象ではないと思います。

ただし、今回の事件をきっかけに大きくクローズアップされたこともあり、今後は監査人が監査対象の部分だけでなく、有価証券報告書などに記載されている定性的な部分についても一定の範囲内で妥当性を検討することにならざる得ないとも思われます。

以上、いくつかの疑問についてコメントしてみましたが、あくまで断片的な背景と情報が様々な形で報道される中での憶測の部分もあり、今後の展開を注視していきたいと思います。

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