п»ї 朋ありパリより来たる また楽しからずや『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第48回 | ニュース屋台村

朋ありパリより来たる また楽しからずや
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第48回

6月 19日 2015年 経済

LINEで送る
Pocket

小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住17年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

中学・高校時代の同級生で、「ニュース屋台村」の執筆陣となってくれている玉木林太郎君が仕事でタイに来た。時間をとってくれて夕食を共にした。玉木君のプロフィルは「屋台村」のホームページに掲載されている通りだが、パリ在住でパリに本拠を置く経済協力開発機構(OECD)のナンバー2として世界各地をかけまわっている。このため、彼のタイ訪問時や私の日本出張時などに、彼に時間を合わせてもらって年に2、3回は痛飲している。

玉木君とは中学、高校時代の同級生であると書いたが、正直、その時には彼との付きあいは全くなかった。私たちは男子校で6年間、一貫教育を行うA学園で育ったが、自由かっ達な校風の中で、皆自由気ままな学園生活を送った。

◆玉木君との出会い

我々の世代は2度の学園闘争を行い、学園側のロックアウトにより都合1年以上も授業を受けなかったという特殊な経緯がある。そんなA学園の劣等生であった私は、優等生組であった玉木君とは住む世界が違っていたのである。

もっとも玉木君に言わせると(決して私の言ではない)「自分も決して優等生ではなかったし、多くのクラスメートに劣等感を持ち続けていた」と言う。自由気ままな環境であり、かつ多感な十代であったから、人間の価値を学校の成績だけに求めることはせず、皆うめき苦しんでいたのであろう。この劣等感こそが今でも私の生きるバネとなっているような気がする。

私が玉木君と話をするようになったのは、この10年ぐらいのことである。私は既にバンコック銀行に転職していたが、外国企業に勤めるがゆえに日本社会につながる部分が希薄であった。このため、個人として日本の社会とのつながりをつくるしかない。
そんな中で、官僚機構の中枢にいた玉木君に当時色々な事を教えてもらった。特に2008年のリーマン・ショックの際には、玉木君はタイにいる日系企業の動向を非常に心配し、たびたび私に直接電話をかけてきた。

世界中で日系企業の資金調達がひっ迫していたため、直接私に金融支援を要請してきた。こんな仕事上の直接のつながりも彼と私の距離感を詰めたのである。

夕食当日はバンコクにある日本食レストランのすしカウンターに午後6時に待ちあわせをした。午前中にバンコク入りした玉木君は、その日は特に予定がなかったとのことで、バンコク市内の様子を視察したあと、約束の時間より前にレストランに来ていた。

あいさつもそこそこに日本酒で乾杯。何事にも深いこだわりを持つ玉木君のために大吟醸の日本酒を持ち込みで用意した。彼はワインを含めて醸造酒を好んで飲む。しかし、彼の名誉のために言っておくと、彼は自分に対してはそのこだわりを持っているが、決して他人に強要することはない。また時としては、ウイスキーなどの蒸留酒も「おいしい」といって飲んでいる。こだわりを持ちながらも、何でも許容出来る「器の大きさ」を持っている。

「今日は何かおいしいものが入っている?」。私が板前さんに聞くと、「水なすの新鮮なものが入っているので、まずこれを刺身にしましょう。今日は厨房(ちゅうぼう)が作った前菜を出しましょう。水なすは塩がかかっていますから、そのままお召し上がり下さい」

それからひとしきり板前さんも交えて3人ですし談義。60歳も過ぎるこの年になると、物質欲も消え失せてくる。食べ物にしても量を沢山食べられない。本当においしいものを適量食べたいというぜいたくな欲だけが残っている。過去に食べたおいしいものを紹介し合うだけでも十分時間は持つ。

◆円安、CO2排出量問題を談義

酒が少しまわってきたところで、本題のビジネス談義に移ってきた。そもそも円高支持者である玉木君も私も、最近の円安については心配しきりである。海外に住む我々にとって円安は、直接の収入減となる。日本の国力の著しい低下がなせるわざなのである。

それだけではない。日本の通貨別国際収支を見ても2000年半ばからはドル建ての貿易収支は輸出よりも輸入の方が多かったのである。つまり、円安は日本の国際収支を著しく悪化させたのである。

輸出業者と日本株保有者はもうかる構造となっているが、輸入品の最終需要者である国民や輸入品の値上がりを価格転嫁できない中小企業などは苦しい状況になっている。「世界を見回してみても、自国通貨が安くなって喜んでいるのは日本国民だけだね。自分が貧乏になっていくのに喜んでいるのは理解できないよ」。世界各地を転戦している玉木君だからこそ説得力がある。

玉木君が危惧(きぐ)するもう一つの点が、二酸化炭素(CO2)の排出量の問題である。「CO2を主とする温室効果ガスの排出により地球の温暖化が進行している」という理論は一部の人により異論がとなえられているものの、ほとんど世界的には「通念」になろうとしている。特にヨーロッパはロシアからの天然ガスの輸入に生存権を預託しているような状況になっており、この点からも真剣に課題に取り組んでいるようである。

09年のCO2排出量の国別シェアを見ると、中国23.7%、アメリカ17.9%に対し日本は3.8%。一方ヨーロッパ諸国は、ドイツ2.1%、イギリス1.6%、フランス1.2%などとなっている。一見すると中国の比率が高いように見えるが、1人あたりの排出量は世界各国の中でも下位に位置する。更に数年前から中国政府は真剣にCO2排出量の削減に動いている。

強権発動が出来る中国政府だからこそ、急速に事態が改善すると玉木君は読んでいる。このままいくと、この問題で遅れている米国と日本は、中国・欧州連合(EU)によって新興国を取りこまれ、世界で孤立するリスクさえある。

第1次世界大戦後、世界の覇権が英国から米国に移った。今世界の覇権が米国から中国に移行する時期である可能性もある。こんな時に将来世界中から糾弾される可能性がある石炭石油発電所のインフラ輸出に日本政府は血眼になっている。

本当にこれが正しい施策なのであろうか? ちなみに発電施設で最もCO2の排出量が多いのが石炭で、太陽光の25倍、次に石油、天然ガスと続く。しかし、日本のマスコミ報道を見ていると「すでにクリーンな石炭発電所が開発され、CO2問題は解決された」ような錯覚に陥る。実はそんなことはないのである。

有名人である玉木君は、日本出張時などに日本のマスコミから取材を受ける。その時にはこの円高問題とCO2排出問題について彼は私見を述べるようだが、ほとんど記事にされないそうである。一般受けしない議論やスポンサーである財界などに影響の出る意見はどうも取り上げられないのではないかと、私は危惧している。

そうこうするうちに2人で日本酒を6合も飲んでしまった。続きは私のアパートでやろうということで場所を移して、私のアパートにあったブルネ・ロ・デ・モンタルチーノ(イタリア・トスカーナ州の赤ワイン)を開ける。酒も進むうちに、話はクラシック音楽、日本文学、世界の歴史へと飛んでいく。ありとあらゆるジャンルに知識を持つ玉木君の教養にはあきれるばかりである。

地道な勉強と努力がなければ、こんなにはならないはずである。気がつくとワインが1本空き、時間は夜の11時になっていた。「また近いうちにパリか日本で会おうな」。酒の強い玉木君は足どりも乱れず、私のアパートからタクシーをつかまえ、夜のやみに消えていった。

◆創造力と新たな意欲を与えてくれる友

友人と呼べる人たちには様々な類型がある。「学生時代の友人」「仕事の仲間」「趣味同好の志」「人生の目的を同じにする者」――。よき思い出に浸るのも良い。ワインや音楽の話も楽しい。技術を高め合うのもうれしい。日本の将来を憂うのも必要なことだ。
幸いにも私にはこうした友人が何人もいる。こうした友人たちとくみ交わす酒と会話は、私に創造力と新たな意欲を与えてくれる。「また楽しからずや」である。

コメント

コメントを残す