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清原容疑者の覚せい剤問題で浮かび上がる精神病院への偏見
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第68回

2月 12日 2016年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆「精神病院」への偏見

覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された清原和博容疑者に関する報道が伝えているのは、「スーパースターの凋落(ちょうらく)ぶり」であり、それは精神的な破滅と処理されているものがほとんどのような印象がある。この報道に付随もしくは通底してくるのは送り手(メディア側)が持つ精神科の病院や精神疾患者への偏見である。メディア側がそんなつもりはなくても、それは編集に関わる者の矜持(きょうじ)として問われる心根にある歪(ひず)みであり、そこに私は恐ろしさを感じている。

例えば週刊新潮1月28日号は、昨年5月に覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、9月に執行猶予付き判決が下された人気歌手、ASKAさんの入院について報じている。その病院について同誌は「入院先は、JR高尾駅から車を走らせた場所にある。日中も静寂に包まれるこの施設は、閉鎖病棟を備えた『精神科病院』」と記す。何気ない説明だが、隔離された場所にある事実を伝える背景に「私たちとは別の世界」という感覚がちらつく。さらに記事では、ASKAさんの幻覚症状を受けて精神科医のコメントとして「覚醒剤依存症からさらに進んだ、覚醒剤精神病の状態だと言えます。その特徴は止めどない猜疑心の拡大で、まさにASKAさんの症状そのものです」と説明し、これを受けて同誌は「芸能界復帰は、絶望的か。」と結んだ。

◆失望が人格否定に変異

覚せい剤の後遺症による幻聴や幻覚はあるだろう。それが統合失調症の症状となっているケースもあるかもしれない。しかし真相は分からない。

この記事は、国民的人気のあった者の凋落を「精神的な病気」になったことで落ち着かせようという雰囲気が漂う。精神的な病気の世界は、自分らとつながっていないというよそ者的な視点でとらえている。精神疾患は誰にでも発症の可能性があるし、心の「状態」の可能性のあるものだという視点はそこにはない。だから、記事は精神的な病を抱える者への蔑視につながる危険がある。

案の定、この記事に対するネット上のコメントは、「きちがいになったか」「狂人」「廃人」(不適切な表現ですが真実を伝えるためにあえて掲載いたします)と差別的な言葉が連なる。現在、報道が過熱中の清原容疑者も何もかもが否定的な報道で、伝えられる関係者やファンの失望の声は人格の否定にも似た響きがある。

メディアは薬物の恐ろしさを伝える啓蒙活動と言うかもしれないが、かつて慕ったスターの、その立場とのギャップを利用している情報はセンセーショナリズムそのものであり、その報道が「啓蒙の思想」を伴っているとは言い難い。むしろ啓蒙が人格否定に変質しているのだ。

◆「ケア」の視点

かつて精神的に弱い時に、ASKAさんの歌に心を癒やされた人、清原容疑者のホームランに勇気づけられた人も少なくないはずである。その感謝が失望に変わるのは、理解できるが、そこから私たちは「非難」ではなく、「同情」した上でのケアの領域に心を投じられないか考えてみる。

「ケア」の概念を広めたミルトン・メイヤロフ博士の有名な言葉がある。

「1人の人格をケアするとは、最も深い意味でその人が成長すること、自己実現をたすけることである」(ケアの本質)。

この視点で体系化されたメディアがない、のは現在の社会にとって不幸である。ジャーナリズムとしてファクトとおさえつつ、人を信じ、見守る姿勢を基本として「ケア」領域をメディアの中に位置づけることが急務であり、私自身はその取り組みを加速させたい。

そして、清原容疑者に心休まる日が一日でも早く訪れてほしいと思う。

※『ジャーナリスティックなやさしい未来』での過去の関連記事は以下です。

法定雇用率に社会は追いついていない
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