п»ї 白熱するジャカルタ特別州知事選挙・インドネシア 『東南アジアの座標軸』第22回 | ニュース屋台村

白熱するジャカルタ特別州知事選挙・インドネシア
『東南アジアの座標軸』第22回

11月 04日 2016年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

インドネシアのコンサルタント会社アマルガメーテッド・トライコール顧問。関西大学大学院で社会人向け「実践応用教育プログラム」の講師、政策研究大学院大学で「地域産業海外展開論プログラム」の特別講師を務める。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

来年2月15日に統一地方首長選の一環で実施されるジャカルタ特別州知事選は、ジャカルタ市民に人気の高い現職のアホック州知事の再選が確実視されていました。しかし、立候補の締め切り直前になり、ユドヨノ前大統領が率いる民主党はユドヨノ氏の長男アグス氏を擁立しました。アグス氏は国軍士官学校を首席で卒業、米ハーバード大学で修士号を取得しているエリートです。また、2014年の前回大統領選でジョコ・ウィドド氏に敗れた元軍幹部プラボウォ氏が率いる野党グリンドラ党は、ジョコ政権発足時に教育文化相だったアニス氏を担いだため、知事選は三つどもえの戦いになります。

◆アホック氏再選なら将来の大統領候補の芽

副知事候補とのペアでアホック陣営を支えるのは闘争民主党、ハヌラ党、ゴルカル党、ナスデム党の4党で、ジャカルタ州議会の議席数(定数106)のうち52議席を占めています。他方、アグス陣営は民主党、開発統一党、民族覚醒党、国民信託党4党の支援を受けており、28議席。アニス氏を擁立したグリンドラ党と福祉正義党は26議席です。一見、アホック陣営が圧倒的に優勢のように見えますが、民間調査機関LSIの世論調査では、アホック氏の支持率は3月に59.3%あったものの、9月下旬には31.1%まで落ち込み、対抗馬のアニス氏が21.2%、アグス氏が19.3%と先行するアホック氏に迫っています。

華人でキリスト教徒のアホック氏はジョコ大統領がジャカルタ州知事時代に副知事を務め、ジョコ氏の大統領選出馬に伴い、後任の知事に選ばれました。就任後の2015年に州予算案を巡り、州議会ーが策定した予算案が不透明だと問題視し、独自の州予算案を内務省に提出したことで州議会と激しく対立する姿が大きくマスコミにも報道されました。

アホック氏は、過去の州予算にも問題があったとして汚職撲滅委員会に通報しています。まるで豊洲移転を巡る東京都と都議会の対立の構図のようです。また、雨期の洪水対策として、氾濫(はんらん)する川沿いに不法に住み着いた人たちの強制退去を始めたほか、市内で無法地帯になっていた歓楽街を撤去させるなど、その剛腕ぶりは有名です。さらに、スハルト大統領時代に決めた北ジャカルタ湾の埋め立て工事では、大手不動産会社に埋め立て工事に関わる諸問題を不動産会社の負担と責任で解決することを前提に工事許可を出したことも州議会を無視したものだと問題視されています。

アホック氏はまた、2017年州予算が審議中であることや都市問題に多くの課題がありながら、地方首長選挙法による現職が再出馬する場合の3カ月半に及ぶ休職規定にも不服を示し憲法裁判所に規定廃止を訴えていますが、判決は下されていません。

まともな政策も実施せずに汚職にまみれてきた過去の州知事に嫌悪しているジャカルタ市民は、アホック氏の清貧さや強引ながらもその政策実行力を高く評価。アホック氏としてはレガシーを残して再選に向けて弾みをつけたいところで、これまで人気にも陰りはありませんでした。

しかし、最近の対抗馬の追い上げにより、特別州知事選は混迷の様相を呈しています。もしアホック氏が来年の知事選で再選を果たし、ジャカルタが抱える都市問題の解決に一層精力的に動けば、次のステップとして将来の大統領候補として浮上してきます。民主化により国民が大統領を選ぶ直接選挙制度では大統領候補を擁立する政党支持率も確かに大切ですが、ジョコ大統領のように国民からの信頼勝ち得て人気の高い候補が選挙に勝つ構図がこの国には生まれています。

◆「国民協議会」復権に向けた改憲の動き

イスラム教徒が圧倒的多数の国で華人のアホック氏が知事に君臨して将来の大統領を目指す可能性や、国民的人気の高いジョコ大統領のような人物が勝利する公算が強まっている現在の大統領制を苦々しく思っている既得権益層がいるなか、自らが所属する闘争民主党の方針になかなか従わないジョコ大統領にも業を煮やしているのか、同党の党首メガワティ氏の提案で、国会では「国民協議会」を復権させるための憲法改正を指向する動きが進み始めました。

国民協議会は元々、インドネシアの立法府に当たるもので、一院制の国会に相当する国民議会(下院)と地方代表などによる地方代表議会(上院)で構成され、スカルノ、スハルト政権時代は国家の最高意思決定機関として位置付けられていました。5年ごとに正副大統領を選出し、憲法制定権や国策大綱の決定権限を持ち、大統領が国民協議会の定めた国策に沿った政策を実行しているかも監視し、不十分な場合には大統領を罷免する権限も有していました。

しかし、スハルト独裁体制崩壊後の1999年からの4回にわたる憲法改正を経て、国民協議会は国権の最高機関としての絶対的地位を奪われ、両院の合同機関という位置づけになりました。これにより、立法権は国会に移され、現在の大統領の直接選挙制度が確立したのです。

インドネシアでは大統領の任期は2期10年と定められています。このため、新たな大統領が誕生するたびに国策方針が変わる可能性は否定できませんし、ポピュリズムに走り独裁体制を許すことにつながる危険性はあります。メガワティ氏の提案には、国民協議会を再び国権の最高機関として復権させ、国策大綱の権限を取り戻して国策に沿った政策を大統領に執行させようとする狙いがあります。

現在、政党間で協議されている改正案では、国民協議会が大統領に対して政策大綱の遂行への説明責任を求めることや、罰として大統領の予算案を国会で否決すること、あるいは大統領が従わない場合には再選できないようにするなどが素案と伝えられています。

現在の国会の会派10政党のうち、国民協議会の復権に反対しているのは民主党のみです。仮に憲法改正に向けて本格的な審議が始まると、その勢力図から改正の動きは止まらない可能性もあります。ちなみに、2014年に直接選挙を支持する世論に反して国会では地方首長選挙法を改正して、首長の選出権限を地方議会に戻した経緯もありました。

国民協議会が復権すると、政権の上に位置する絶大な権限を取り戻して政権を完全にコントロールすることになります。スハルト独裁時代を嫌う国民の間に大統領を直接選挙で選出する現在の制度は浸透しており、民主化の象徴にもなっています。政治家による数多くの不正発覚で国民の政治不信は深刻です。勢いを失いつつある各政党が再び威信を取り戻そうと画策する憲法改正の動きは明らかに民主化に逆行するもので、国民から強い反発が予想されます。

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