п»ї 直虎、ふたりいた!? 『知的財産:この財産価値不明な代物』第9回 | ニュース屋台村

直虎、ふたりいた!?
『知的財産:この財産価値不明な代物』第9回

2月 08日 2017年 経済

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森下賢樹(もりした・さかき)

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プライムワークス国際特許事務所代表弁理士。パナソニック勤務の後、シンクタンクで情報科学の世界的な学者の発明を産業化。弁理士業の傍ら、100%植物由来の樹脂ベンチャー、ラストメッセージ配信のITベンチャーなどを並行して推進。「地球と人にやさしさを」が仕事のテーマ。

◆おんな? おとこ?

今年のNHKの大河ドラマは「おんな城主 直虎」です。舞台は静岡県浜松市。地元では、「直虎」の商標を土産物につけて売上アップを図りたいところ。当然ですよね。大河ドラマはいままでも、舞台となった地方の経済活性化に一役買ってきました。浜松市は経済効果を179億円と見積もっています。

ところが、直虎なる人物は、浜松だけでなく長野県須坂市にもいました。浜松の直虎は女性で、井伊直虎。須坂の直虎は男性の藩主で、堀直虎。しかも、長野県の糀屋本藤醸造舗(こうじやほんどうじょうぞうほ)が「直虎」の商標登録を受けていました。平成29年(2017年)に堀直虎の没後150年イベントが開かれるとのことで、そのために平成27年12月に出願し、登録された、とのことです。浜松市と地元の商工会議所は「一つの地域が独占すべきではない」と特許庁に異議を申し立てている、と報道されています。

◆問題の登録商標

私も特許庁のデータを検索してみました。問題になっているのは、登録商標第5846295号のようです。「直虎」の文字で、指定商品は「みそ、調味料、香辛料、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、穀物の加工品、酒かす、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類」となっています。指定商品とは、この会社がこの商標を何に使うか、という意思表示です。

特許庁は、出願人に商品(またはサービス)を指定させ、その指定の範囲で登録を許すため、他人は指定商品とは全く関係ない商品になら、同じ商標を利用することができます(原則ですよ)。そうしないと、ひとりが商標を全商品について独占してしまい、限りある魅力的な商標の奪い合いになるためです。産業の健全な発達を目指すのが知的財産政策の根本ですから、商標法もその精神の上にできています。

ただ、指定商品だけが登録商標で守られるか、というと、もう少し広い範囲、「指定商品とその類似範囲」が守られます。今回の場合、類似範囲まで考えると、土産物の食品も一部(意外と多く?)含まれそうですね。これは浜松が憤慨するのも一理あります。

◆公序良俗?

とはいえ、特許庁も審査をして登録しています。浜松の気持ちはわかりますが、さて、登録は間違いだったのでしょうか。

商標法には、現存する人以外の人物名の商標登録を排除するための明文規定はありません。歴史上の人物名については、商標法第4条第1項第7号「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は登録しないよ、という規定で対応します。商標自体がそうでなくとも、商標の使用が社会公共の利益に反し、または社会の一般的道徳観念に反するような場合は登録しない、という趣旨です。

裁判例もあります。

「被告Xによる本件商標の取得は、仮に自ら使用する意思をもってその出願に及んだものであるとしても、原告Yによる町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、その施策の中心に位置づけられる『母衣旗(ほろはた)』の名称による利益の独占を図る意図でしたものといわざるを得ない。従って、本件商標は公正な競業秩序を害するものであって、公序良俗に反するものと言うべきである……」

として、商標の登録を有効とした特許庁審判部の判断を覆しています。(平成11年11月29日 東京高裁平成10年(行ケ)第18号 「母衣旗」事件)。

◆登録の正当性の判断

浜松市と浜松商工会議所が今回の登録に対して異議申立をしています。どういう内容で申し立てているか、詳細はわかりませんが、実務的には、三つの申立理由が考えられます。

1.公序良俗
これは上述のとおりです。

2.周知商標
「直虎はすでに浜松市の周知商標(広く知られた商標)だから、他人の登録は認めないでください」というものです(商標法第4条第1項第10号)。

3.不正目的
「浜松市の周知商標を不正の目的(不正な利益)のために登録するのは認めないでください」というものです(商標法第4条第1項第19号)。

まず1の公序良俗については、問題の出願が、先の判決文に見える「(浜松市の)町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益的な施策に便乗して」云々に当たるかがポイントです。この出願がなされたのは、NHKがこの大河ドラマの発表(平成27年8月)をした後だったので、この疑問の余地があります。

ただ、元は浜松市ではなくNHKの番組であって、その時点では浜松市の努力とは言えないでしょう。しかし、放映発表をきっかけとして浜松市や商工会議所(それらは公益的な機関)が「直虎」に関連するイベントの開催や「直虎」をシンボルとした観光案内を行っているとか、振興策の下で「直虎」を使用する事業者が多数存在するとか、そうした事情があれば、特許庁で考慮されると思われます(なお、異議申立は、特許庁の中で審理されます。異議申立に対する特許庁の決定に不服があれば、はじめて裁判所へ行きます)。

次に、2の周知商標。放映の発表から出願までの4カ月間に「直虎」が浜松市の商標として広く知られるに至ったかが問われます。ただ、この規定は有名な「商標」を保護する趣旨であり、歴史上の人物名がこの規定の適用を受けるのは簡単ではありません。浜松市が「直虎」を自身の「商標」として使用していたと言えるか、という点もあります。

最後に、3の不正目的。これも2と同じで、商標の周知性が必要なため、浜松側の主張は、簡単ではありません。また、須坂市の会社からすれば、「直虎」といえば須坂の直虎だ、と言えるでしょうから、不正目的の立証も難しそうですね。

◆丁か半か

今回の登録が維持されるか、取り消されるか、特許庁は春に結論を出すようです。維持されれば、浜松市はライセンス交渉をするかもしれません。ただ、浜松市自身も実は「直虎ゆかりの地 浜松」という登録商標をもっていて(登録商標第5895798号)、これは「直虎」とは非類似の可能性も高く(つまり相手の商標権が及ばない可能性も高く)、多少長いですが、これを使っていくのかも知れません。

一方、今回の登録が取り消されれば、浜松の業者も「直虎」を商標として利用できそうに思えますが、一件落着ではありません。実は、「直虎」関連の商標はほかにも10件以上登録されています。例えば、お菓子は登録商標第5846107号、酒は登録商標第5718766号です。審査待ちも10件以上あります。それらとの関係も慎重に検討していく必要があります。

商標といえば、中国企業が「青森」など問題になる登録をしてきたことは有名ですが、今回は国内の事件です。しばらくは、ややこしいことが続くかもしれません。ウォッチしていきたいと思います。

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